31話「剣聖1」
「鍛冶屋、そなたの責を問いに来た」
エルフは目を閉じている。
なのに、射貫かれたようなプレッシャーを感じる。
ちびりそう……。
話が少し見えてきた。
どうやらこのエルフはエリンの剣の師匠で、そしてエリンが弱くなった責任がわたしにある、とそう主張しているらしい。
それはご迷惑をおかけして大変申し訳ありません陳謝いたしま……
って、なるかーい!!!
意味がわからないし、ムカついた。
まず前提が最初から間違ってる。
エリンは弱くなんてなってないし、だから、わたしが負わなきゃいけない責任なんてものはそもそも存在しないのだ。
このひとは、強くなるためにエリンがどれほど努力しているのか知っていてそんなことを言っているのだろうか?
エリンは……!
エリンは…………?
エリンは……………………。
なにを努力してるんだろう???
よ、夜な夜な素振りとかしてるはず、たぶん!
わたしは見たことないけど、やってるはず!
そうに違いない!
そのとき。
ガシャーンとなにか物が壊れる音が響いた。
表のほうを見ると、お使いから戻ってきたベスが荷物を落としていた。
「け、剣聖さま……どうして……」
小さな口をぽかんと開けて、顔を青ざめている。
なるほど有名人ってわけね。
剣聖と言われれば納得の迫力だ。
べつに驚きはしなかった。
ベスのおかげで冷静になれた。
わたしは1つ深呼吸をした。
「エリンは、強くなって」
「弱くなった」
「この前だって、大サソリを」
「弱くなった」
「10メートルくらいジャンプして」
「弱くなった」
「弱く……」
「弱くなった」
ダ、ダメだ。
会話をしようとしない。
聞く耳を持ってない!
あんなに耳が長いのに!
屁理屈と揚げ足取りだけで『黒の魔女』と異名をとるまでになったわたしだが、会話をさせてもらえなきゃ煙に巻くことすらできない。
エルフはすっ、と木剣の切っ先をわたしに向ける。
「防具を恃みにする、愚鈍者になった」
「なるほどー」
なにがなるほどーだ……!
おもねりおって、自分で情けなくなる。
でも、だいたいあっちの主張はわかった。
防御力の高い防具でかっちかちに固めて、回避をおろそかにしているとでも言いたいのだろう。
いかにもスピードが信条の剣士が言いそうなことだ。
それなら反論のしようがある。
いつものように屁理屈を言ってやろうと、わたしが口を開こうとしたとき。
「硬い防具が命を守る。それは誤りだ。防具は壊れる」
論破された。
まだなにも言ってないのに……。
せめてなんか言わせてよ……。
「鍛冶屋は納得しない。自信がある。ならば――試してみよう」
とエルフが木剣を引いて構えをつくった。
おいおいマジですか……?
こんなよくわからない流れで振っていいものなんですか、剣聖の剣ってのは?
剣聖って言ったら「我が剣は宇宙とともにある……」とか思わせぶりにもったいつけて結局剣を振らないってのが定番じゃん!
そんなに安売りしちゃダメでしょ!
急にエルフがすっと身を引いた。
「隙ありーっ!!!」
と、予告不意打ちしたエリンの剣が空を斬った。
なに今の?
今の避けかたはいったいなんだ?
エリンの不意打ちは予告つきだったから避けられたという結果は当然として。
けど、それ以前の話で、そもそもエルフはエリンが叫ぶ前にもう避けていた。
あの避けかた、スピードとかそういう次元の話じゃないぞ。
まるでエリンが攻撃してくることがわかっていた、みたいな動きだった。
「ヨシノ、さん、先生と、なに話してたの?」
走ってきたのか、エリンの息は荒い。
わたしたちがなんの話をしていたのかわかってないのに、師匠に不意打ちしたのか……。
「えーと、わたしの防具のせいでエリンが弱くなったと先生は苦情を申されておりまして……」
「ふむふむ! それはちがうよっ、先生! ヨシノさんの防具のおかげで、あたしケガしなくなったんだし!」
「防具は壊れる。そなたは死ぬ」
エルフの手が動いた……はずだ。
木剣の軌道がまったく見えなかった。
気がついたときにはエルフの動作は斬撃の終点にあり、吹っ飛ばされたエリンが路上に転がっていた。
マジかよこいつ、いきなり教え子をぶっ飛ばしやがった……。
とっさに『鑑定』した。
エリンのステータスは「スタン」状態だったけど、命に別状はなさそうだ。
問題は、鎧だった。
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・形見の革鎧 : 防御力0(ブレイク)
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防御力0?
ブレイク?
見た目には壊れていないから完全破損とは違うみたいだけど、実際に防御力は0になってる。
わけがわからない。
「我の教え子はますます弱くなった。鍛冶屋、そなたの責だ」
エルフは仕切り直し、とばかりに木剣を構えた。
わたしはとっさに自分の体に触れた。
鎧は着てる。
ちゃんと着てる。
コーマックに暗殺されかけた事件以来、わたしはつねに鎖かたびら(防御力400)を服の下に着こむようにしている。
この街ではいつ命を狙われてもおかしくない立場にあるからだ。
そのおかげでふだんはなんの心配もせずに生活できるんだけど……。
でも。
今は防具に頼るな、と直感が告げていた。
エリンの鎧をダメにしたあの一撃。
あれにはなにか秘密がある。
危険な秘密が。
わたしは手近にあったものを投げつけてからエリンに駆け寄った。
「逃げるよエリン!」
「ん~むにむに……」
「しっかりして!」
スタン状態のエリンに肩を貸して、工房を飛びだした。
追跡しづらいように、地元民じゃないと知らないような裏道を選ぶ。
走っているうちに意識がはっきりとしてきたエリンも自分の足で走った。
走りながら、わたしは頭をフル回転させる。
あの攻撃はなんだ?
木剣の攻撃力はたったの1。
エルフの力は10だったから足しても11。
防御力40を誇るエリンの鎧が一撃でダメになるなんて、常識的な計算では成り立たない結果だ。
なら。
やっぱり技――スキルだ。
チートみたいなスキルだ。
あのスキルの謎を解かないと、わたしたちに勝ち目はない。
なんで勝たなきゃいけないのかわかんないけど!
裏通りの薄暗い路地。
わたしとエリンはその物陰で足を止めて一息ついた。
身を潜めて気配を窺う。
エルフが追ってくる気配はしないけど、念のため、しばらく隠れていることにした。
「あいつなんなの?」
「あたしの剣術の先生! フェリシア先生だよー」
「知ってる。ベスが剣聖って呼んでた。それ以外に情報は?」
エリンはまだスタンの影響があるのか、目をぱちぱちと開け閉めする。
「二突きのフェリシア。元Bランク冒険者、だったかなー?」
「二突きって?」
「うん。現役時代、屈強な鎧戦士も巨大な魔物も二突きで必ず倒したから、二突きって呼ばれてたみたい」
ついにネームドキャラが出てきてしまった。
出会うやつとだいたい揉め事になってきたわたしだけど、今度の相手は格が違いすぎる。
エリンは元Bランク冒険者と言ったけど、あのエルフの装備力はAランクだった。
つまり、実質的にはAランク冒険者並みの実力があると思ったほうがいい。
Aランクは、冒険者ギルドによると大陸でも指折りの実力者だ。
国家レベルも超えている。
ふと、エリンが不思議そうに小首をかしげた。
「先生なにしに来たんだろうー? ふだんは山奥に住んでるのに」
エルフなのに森じゃないのかよ!
「この前ヨシノさんの話をしたら『おもしろい』って言ってたから、会いに来たのかなー?」
いつも宣伝ありがとうございます……。
今はありがたくないけど!
この場を切り抜けるための情報がもっと必要だ。
「あの技はなに? 一撃で鎧がダメになった。剣士のスキル?」
「ん? 先生は剣士じゃないよー」
「剣士じゃないの? だって剣聖なんでしょ?」
「そう呼ばれてるけど、先生は魔術師だよ。勘違いしてるひと多いんだよね、あははー」
笑っとる場合か!
冗談でしょ……あのインチキ臭い剣技に加えて、魔術まで使えるのか……。
状況が悪化した。
「クソっ、魔術師なのになんで剣を……」
「あたし先生とあんまり会ったことなくて、詳しいことはよく知らないんだけど、剣がいちばん苦手だったから選んだって言ってたよー」
もうどこからつっこめばいいのかわからん。
長生きしてると退屈すぎて頭がどうかしてしまうんだろうか?
わたしの中のエルフのイメージが……。
知的で理性的、争いを好まず、ツンデレで美少女な森の妖精というエルフのイメージが壊れていく……。
ん?
あんまり会ったことがない?
「あまり会ったことないって、先生なんでしょ? ふだんの稽古はどうしてるの?」
「先生の念話術でやりとりして、って感じ? だから、実際に会うのは2回目だったり。はは」
いや通信教育か!
ダメだ。
エリンのせいじゃないけど、変人エピソードばかりで、使える情報がさっぱり出てこない。
使えそうな情報は異名。
二突き、という異名だ。
きっと、さっき使ったスキルが関係してるはず。
たぶん、あのスキルは相手の防御力をゼロにする技だろう。
想像するに、初撃で防御力をゼロにして、二撃目でトドメを刺す。
二突き、という異名もそれなら納得がいく。
二手で必ず相手を倒してしまうからだ。
逆に考えると、二手必要、ということだ。
エリンもそうだった。
一撃でスタンさせられて鎧がブレイク状態になったけど、本体が深刻なダメージを受けた様子はない。
つまり、エリンを倒すためにはもう一撃必要だったのだ。
一撃で殺されるわけじゃないなら、つけこむ余地はある。




