27話「VS神官長カイシン」
考えなしに神殿に乗りこんでから一週間後の早朝。
わたしは再び、神殿がある中央広場を訪れた。
中央広場には祭りでもないのに多くの屋台が並び、食べ物をふるまい、それを求める人々で活況を呈していた。
朝っぱらだというのに酒もでているようで、すでに顔を赤くしてできあがっている輩もちらほらいる。
まあ、ほぼ全部仕込みなんだけど。
わたしは屋台や群衆をすり抜けるように進み、礼拝堂へとつづく大階段に陣取った。
あいかわらず、うんざりするほど長い階段だ。
この階段の長さにはたぶん意味がある。
長い階段を上るあいだ、参拝者は威容を誇る礼拝堂を見上げつづけることになる。
それによって畏敬の念を抱かせ、精神的に委縮させ、上につく頃には敬虔な信者ができあがっているというわけだ。
完全にそれを狙ってるとしか思えない。
病人やケガ人にこんな階段を上らせるなんて、つくづくナメた組織だ。
やっぱり思い知らせてやらなきゃだめだ。
決意を新たにしたわたしは、治癒術を受けるために訪れたと思われる参拝者を片っ端から『鑑定』していった。
それでステータスが「毒状態」と判別できた患者に、グネヴィアお手製の解毒薬を渡していく。
毒になっているのは、やはりだいたい冒険者だ。
最初はうさん臭がって薬を飲んでくれない冒険者もいた。
しかし、わたしの名前を聞くと態度が変わった。
今やわたしの身分は、この鍛冶の街で2番目に有力な鍛冶師にして、ギルドマスターワグネリア親方の一番弟子にして、冒険者ギルド御用達の、『あの』スズキ親方なのだ。
まあ、その高名なスズキ親方は無等級のランク外なんですけどね……。
薬を飲んだ冒険者はたちまち元気になった。
さっきまで息も絶え絶えで辛そうだったのに、飛び跳ねるように屋台へ直行して酒をゲットした。
またべつの毒を呷るのか……。
こうなることは実証済みだ。
効果を試すために、事前に自分の体で毒実験をしたからわかるけど、グネヴィアの解毒薬の効果は劇的だ。
毒のせいで起こった強烈な吐き気、呼吸困難、全身の痺れ、内臓の激痛があっという間に治ってしまったのだ。
あれは本物の天才薬師だ。
あんな天才を森に追いやるなんて、人々の利益に反する、犯罪に等しい愚行だ。
ある程度こちらに関心が集まってきたところで、わたしは群衆に向けて声を張り上げた。
「みなさん! これは薬で治る毒です! 呪いではありません! もしご家族やご友人に似たような症状があったら言ってください! 無料で薬をお譲りします!」
「うおおおお親方!」
「なんというお慈悲!」
「神の御光来じゃあ!」
群衆が派手に沸き立つ。
当然だけど、事前に人をたくさん雇ってサクラとして群衆のなかに紛れ込ませてある。
ついでに、街の飲食店に金をバラまいて広場に屋台をだしてもらい、無料の酒と食事で釣る、という集客対策もしてある。
こんな仕込みでもなければ、神官たちのお膝元でケンカを売れるほどわたしは豪傑ではない。
そんなふうに冒険者の患者をパクリ続けること数時間。
グネヴィアに大量の解毒薬を作ってもらうための素材料や輸送費、それからサクラ費用などの工作費でバカにならない金額が飛んでいったけど、それだけの価値はあった。
ついにセヌアス・カイシンが自分の城――礼拝堂から姿を現したのだ。
「今すぐ神の冒涜行為をおやめなさい!」
こんどは開幕から顔が真っ赤だ。
いいぞ。
なにがあったのか知らんけどそうとう頭に血が上ってるらしい。
「神官さま、言いがかりはよしてくださいよ」
「言いがかりではござらぬ! この罰当たりめ!」
「だってわたしは毒に冒された冒険者を救ってるんですよ。しかも、自費を投じて。誉めてくださいよ」
神官が信徒の健康と平和を願っているなら褒められていいはずだ。
しかし、カイシンはそうではないらしい。
「下賤な鍛冶師ごときが神の御業を代行するなど、冒涜以外のなにものでもない!」
おっと!
さっそくですか……。
言ったな。
言いやがったな。
「いま、神の御業の代行って言いましたよね?」
「それがどうした!」
「つまり、毒なんですよね、呪いじゃなくて」
「……! ななな、なんのことやら」
「もう遅いですよ。毒だって認めたじゃないですか。呪いなら解毒薬では治りませんし。ここにいる全員が証人です」
そうだそうだ! と囃し立てる声がそこかしこで上がる。
賛同してくれてるのはほとんどサクラだ。
一部、お調子者が経緯もわからずに騒いでるけど。
酒と食事目当てで集まった人々にとって、呪いだろうが毒だろうがどうでもいいことだ。
しかし、カイシンの目にはまるで群衆みんなが自分を敵視しているかのように映っていることだろう。
「でも困りましたねぇ。わたしに解毒薬を配ることを禁じるなら、神官さまがすべての患者を引き受けてくれるんですよね。もちろん無料で」
「ば、ばかな! 無料で治癒術が施せるものか!!!」
もはや外聞など知ったことかとばかりにカイシンは叫んだ。
めちゃくちゃツバが飛んできた。
完全にぶちギレちまってる。
「でも冒険者が――」
「知らぬ! 冒険者など、毒になるのが仕事だ! ケガするのが仕事だ! 死ぬのが仕事だ! お布施を貢ぐのがやつらの仕事なのだ!!!」
しーん。
騒ぎがピタッとおさまった。
静寂が辺りに重い空気を漂わせる。
今ここに集っている者の多くが冒険者だ。
その冒険者たちの前で、おまえらの命なんてどうでもいいし、金ヅルとしか見ていない、と宣言したのだ。
おまけに毒の存在もばっちり認めてくれた。
しばしの静寂の後、広場には冒険者たちの怒号が響き渡った。
―――
あとで調査してみてわかったことだけど、神殿組織はもともとわたしに目をつけていたようだ。
質のいい防具が普及したことで冒険者が死傷することが減り、あまり治癒術に頼らなくなった。
そのせいで、神殿の収入が目減りしていた。
そこに今度は毒耐性の普及を目論んでいるときたものだから、看過できず、一気にわたしを潰しにきたらしい。
おかげで一泡ふかせることができた。
まあ、毒の存在を認めさせたからといって、なにかが劇的に変わるわけじゃない。
セヌアス・カイシンという一悪徳神官には多少の打撃を与えることができたかもしれないけど、神殿組織がどれくらいダメージを受けたかというと怪しいものだ。
でも、あれ以来、神殿のものと思われる妨害行為はなくなった。
それだけでも収穫としては十分だった。
一つ心残りがあるとすれば、グネヴィアの処遇を改善できなかったことだ。
グネヴィアに貼られた魔女のレッテルはどうすることもできなかった。
神殿組織が公式的に認定したものであれば、名誉回復を求めて訴訟を起こすこともできたけど、残念ながら非公式的に流された悪評だったからだ。
それは、わたしも同じことなんだけど。
そんなわけでもうしばらくわたしとグネヴィアは魔女仲間なのだ。




