26話「魔女のレッテル」
はじまりは怪文書騒ぎだった。
朝、店を開けると、工房の外壁いっぱいに無数の怪文書が貼られていた。
しかもオール赤文字。
かなり不気味だ……。
ぺりっと剝がして文面を確かめる。
『魔物と結託した魔女め! 妖術をやめて店を閉めろ! さもなくば神罰が下ろう!』
魔女認定きたー!
これでわたしはグネヴィアと魔女仲間だ。
しかしこれだけ魔術師がうろついてる世界で魔女って名詞がレッテルになるとは。
にしてもこんな文面じゃ、だれの犯行か一目瞭然じゃないか。
さっそく、わたしは神殿に怒鳴りこんだ。
「責任者を呼べい!」
礼拝堂にいた人々が「なにごと!?」とざわつく。
狙い通りだ。
そのためにわざわざ人が多い日中を見計らってやってきたのだから。
これだけ人の目があれば無視することはできまい。
案の定、すぐに責任者と思しき神官がすっ飛んできた。
……セヌアス・カイシン。
その顔、忘れもしない。
数か月前、右も左もわからず感染症に苦しんでいたわたしから銀貨10枚を巻き上げたクソ神官である。
「なにを騒いでおるのです!」
「これ! あんたの仕業でしょ!」
と、怪文書を突きつけてやる。
カイシンはそれを見て余裕の笑みを浮かべた。
「はて、拙僧にはなんのことやら」
「とぼけんじゃない! このふざけたワードチョイス、あんたら以外ありえないでしょ!」
「これは心外な。みだりに神罰を語るなど、聖職者のすることではありませぬ」
すっとぼけやがって……。
「あんたらじゃないならだれがこんなことするんだよ!?」
「さあ、拙僧はなんとも。ですが、やましいことがあるから心ある者に糾弾されたのでは?」
「やましいことなんてない!」
「さようで? 拙僧の耳にも、貴女がなにやら魔物の毒を集めていると届いておりますが……」
カイシンは「毒」という部分をことさらに強調した。
周囲のひとが「毒?」「毒だって?」「こわーい」とざわついた。
まずったか……。
わたしが毒を集めているのは事実だ。
「ここは神の家。静謐と平穏がふさわしいのです。お引き取りを」
カッとなってつい勢いで乗りこんでしまったけど、今はカイシンの分厚い面の皮を剥がすのはムリそうだ。
それにここには神官や信徒がたくさんいる。
いわば、やつのホームグラウンド。
ここで争うのは得策じゃない。
わたしはおとなしく退散した。
―――
感情任せじゃ太刀打ちできない。
逆転するために手段が必要だ。
なにかいい手を考えるとして、もう1つ気になるのは動機だ。
どうして神殿はわたしに目をつけたのだろう?
いや、それは考えるまでもないか。
毒だ。
カイシンはわたしを追い返すための攻撃に毒を利用したけど、おかげでこっちもやつが毒に関心を持っていると知ることができた。
魔女認定、毒。
思いかえせば、グネヴィアを魔女認定して迫害したのも、彼女がエロいから、では当然なく、薬師だからだ。
彼女は毒の治療薬を作れる。
わたしもサンプルとしていくつかもらったけど、素材さえあればわりと安価に作れるらしい。
解毒薬は神殿勢力にとって都合が悪いシロモノだ。
なにしろなんでもかんでも呪いのせいにして法外な治癒料を取っているのだから、安価な解毒薬で治療可能と人々が知れば、大事な収入源を失うことになる。
だから、グネヴィアを迫害して街から追い出した。
そして、同じ動機で、毒耐性防具を普及させようとしているわたしへの迫害をはじめたというわけだ。
考えれば考えるほど、すっきりしてくる。
これは要するに、毒ビジネスを独占するための妨害工作なのだ。
現代風に置きかえると、ある企業が別の企業の評判を落とすためにしかけたネガティブキャンペーンなのだ。
ミスを犯したな、カイシン。
ひたすらすっとぼけておけばよかったものを。
わたしをやりこめようとして余計なことを口走ったな。
毒で苦しむ被害者を金儲けに利用しようなどと、許されることじゃない。
神罰を受けるのはてめえのほうだ、クソ神官め!
―――
大神官ガルディオは、神殿の執務室でゆったりと椅子に腰かけていた。
朝の黙祷を済ませたばかりだ。
本来なら礼拝堂の信徒たちの前で、正式な儀式として祈祷するべきである。
だが、ガルディオは「大神官」というミルトン神殿の長たる職責にありながら、聖務には興味がなく、神殿の実務はセヌアス・カイシン神官長に任せきりだ。
今は、近く行われる「3部会」を乗り切ることに集中したかった。
王国にありながら自由都市としての身分を認められているミルトンには領主が存在しない。
王国から派遣された「総督」、「神殿組織」、そして住民代表の「商工会議」、この3者による合議制で街の重要な方針が決められる。
そこで主導権を握ることができれば、王都の大神殿へ帰還することができるかもしれない。
ガルディオは出世と栄転にしか興味がない、聖職者らしからぬ、根っからの政治屋なのだ。
つまりは、大事な時期なのである。
そんな時期なのに。
大事な時期だというのに。
早朝からなにやら外が騒がしい。
どうも神殿のすぐそば、中央広場で大勢が騒いでいるようだ。
ガルディオはカイシン神官長を呼びつけた。
「今日は、祭りの予定でもあったかな?」
「いえ、そのような予定はございませぬ」
カイシンは畏まって答えた。
「ふむ」
とガルディオはつまらなそうにうなずいた。
そのような答えを期待していたわけではない。
ガルディオとてこの地を与る大神官だから、祭りの予定など当然把握している。
祭りなどない。
騒ぎの原因はなんなのか質問したのだが、カイシンの頭にはしょうしょう迂遠すぎる質問だったらしい。
とはいえ、カイシンが騒ぎの原因を把握していないことはわかった。
カイシンは自分の答えが上役の好奇心を満足させられなかったことだけは理解できているらしく、目に見えて動揺している。
ガルディオは話を変えることにした。
「この間の騒ぎ、あれはもうよいのだな?」
「はっ……! つつがなく処理いたしました。問題ありません!」
「くれぐれもよしなに頼むぞ。万が一は許されぬ」
「ははっ!! この身にかえましても!!!」
恐縮しすぎるほど恐縮したカイシンが執務室から出て行った。
先日、若い鍛冶師が神殿に乗りこんできて、ひと騒ぎ演じたらしいのだ。
そのときはカイシンがうまく事を収めたと聞いているのだが、ガルディオは本質的にあの男を信用していない。
カイシンは治癒術師としては悪くない腕をもっているし、神殿への忠誠心が高く聖務にも熱心だ。
だからこそ神殿雑務の一切を任せている。
しかし、考え方が偏狭で、視野も狭く、感情的になってすこしやりすぎるところがある。
そのためにわざわざ呼びつけて念を押したのだ。
大事な時期に足場が揺らぐようなことがあってはならない。
それにしてもこの騒ぎはなんなのだ?
なにか悪いことが起きねばよいのだが……。
ガルディオの胸に一抹の不安が宿った。




