24話「森の魔女」
森の魔女グネヴィア。
わたしがこれから会おうとしている薬師の名前だ。
ゴンドから話を聞いた翌朝、わたしはミルトンを出た。
街道の分かれ道で小道に入ってすぐ、森に隣接した村についた。
ミルトンからほんの30分ほどだ。
ゴンドの情報では「グネヴィアがこの森に住んでいる」ことまでしかわからなかった。
なので近くの村で家の詳しい場所を聞こうとしたんだけど、第一村人は最初わたしのことを警戒して教えてくれなかった。
どうやら神殿関係者ではないか、と疑っていたようだ。
でも、そのうちにわたしが神殿とは無関係だとわかると態度ががらっと変わって、快く家を教えてくれたばかりか、なぜか果物までくれた。
なんでもグネヴィアの好物だそうだ。
これはいい兆候だ。
森の魔女は隣人に好かれている。
もしマッドな実験を繰り返すヤバいやつなら、村人は彼女を守ろうとしなかっただろう。
言われた通りに森の中を進むと、ほどなく家が見えてきた。
木造のしっかりした家は緑色のつる草に装飾され、ちらほら咲いた花がアクセントとして色づいている。
家屋の煙突から、もくもくと怪しげな色の煙が立ちのぼっている。
うーん。
じつに魔女っぽい家だ。
それほど森の奥深いところではなく、村にも近い。
森の中に住むのが目的というよりは、どちらかといえば人目をさけるのが目的という感じだろう。
わたしの訪問を、薬師グネヴィアは歓迎しなかった。
森の中で人目をさけるように隠遁生活している人物が、見知らぬ人間をハイテンションでウェルカムしてくれたらそれはそれでヘンなので、この反応は予測していた。
戸口に出てきたグネヴィアはウェーブのかかった長い髪をしていて、色はきれいな緑色だ。
眠たげなたれ目も髪と同じ緑色。
シーツみたいな薄布を着ていて、豊満な体の線がきれいに浮き立っている。
このエロい体で人目をさけているとは、なんともったいない……。
いや、むしろ、だからこそか?
「あなた、知らない、ひと?」
なんだか気だるそうな話し方までエロい。
声にもフェロモンが含まれていそうだ。
「なんか、目が、エロい?」
バレた!?
こいつ魔女だぞ!
火あぶりにしなきゃ!
「神殿の、ひと、じゃないよね?」
やはり警戒されている。
村人と話したときにも感じたけど、どうやら神殿となにかトラブルがあったようだ。
異端審問的なやつかな?
魔女だし。
ま、そりゃそうか。
なんでもかんでも呪いということにしたい神官どもからしたら、薬師は目障りな存在だろう。
ファンタジー世界だからこそ薬師なんて呼ばれているけど、植物などを集めてあれこれ調合して薬を作り出す存在は文明世界だったら科学者と呼ばれているだろう。
科学者先生に「魔女」などという非科学的なレッテルを張ったのもどうせ神官どもにちがいない。
まったくろくでもない連中だよ……。
協力してもらうために、まずはグネヴィアの信頼を得なければ。
「あっしはヨシノってえチンケなもんです。ミルトンで鍛冶師やってます。神殿のクソ神官どもとはいずれケリつけてドブ水を啜らせてやるつもりなんで、あなたの敵ではありやせん」
「あなた、とっても、口が悪い?」
なんでぜんぶ疑問形?
いちいちエロいんだが。
疑問形を多用すればエロいい女になれるんなら、今度やってみようかな?
わたしがやると本物のバカみたいになりそうだけど。
わたしは村人からもらった果物を贈り物としてグネヴィアに差し出した。
そのおかげで、信頼とまではいかないけど、警戒心はかなり薄れたように思える。
しかし、それでもグネヴィアは果物とわたしを見比べて、まだ迷っているようだった。
もう一押ししてみるか。
「だいじょうぶですよ。毒なんて入ってませんから」
「毒を入れる人は、みんな、そう言う?」
しまった、余計なこと言った!
もういいや。
もともとわたしに説得力なんてないんだし、用件を話せば、わたしが神殿関係者とは程遠いことは理解してもらえるだろう。
そういうわけで、持参した大サソリの毒腺を見せた。
「これの不純物を除去して毒を抽出したいんです」
眠たげだったグネヴィアが目を見開いた。
お、ちょっとテンションあがった?
薬師魂にイグニッションオンしちゃった?
「あなた、だれを、毒殺したいの?」
ずこー。
「いえいえ、逆です! 命を救いたいんです!」
まあ誤解するよね……。
わたしは事情と訪問の目的をかいつまんで説明した。
防具に毒耐性をつけるために、不純物を除去したいのだと。
「そんなこと、頼みにきたひと、はじめて?」
いや知らんがな……。
「なんとかできませんか?」
「それは、すぐに、できる?」
だからどっちだよ!
すぐにできる、ってことなんだろうけど……。
たぶん有能な薬師なんだろうけど、なんか会話してると疲れるな……。
「でも、防具だけで、いいの?」
「え?」
「武器に、毒、つけないの?」
「あ~。それは話がややこしくなりそうなんで、とりあえずやめとこうかな、と」
毒属性武器はあれば便利なんだろうけど、便利すぎて悪用もかんたんにできてしまう。
なにしろ精錬できるのはわたしだけではない。
人類の所業を振り返ると、あっという間に軍事転用されてしまう未来が見える。
「うん、じゃあ、わかった?」
よし、話がまとまった。
―――
どうやらわたしを信用してくれたようで、グネヴィアは家に招き入れてくれた。
蜥蜴の標本や怪しげな毒草など、さぞ異端審問にかけたくなるような素材が溢れかえっているものだと想像していたけど、通されたのは普通の客間だった。
日光を取り入れる大きめの窓があり、簡素な丸テーブルと数脚の椅子。
うん、ふつうだな。
ちょっと拍子抜け。
グネヴィアは落ちつく香りのハーブティを出してくれた。
さすが薬師、複雑で奥深い、美味なお茶である。
わたしは今回の抽出の対価としてそれなりの金額を支払うことを提示した。
それに加えて、今後も継続的に取引してくれるなら、その都度料金をきちんと支払うことも。
はっきりいってかなりの提示額だと思う。
けど。
「お金は、いらない?」
「え?」
「お友だちに、なって、くれる?」
「そんなことでいいんですか?」
「わたしには、そんなこと、じゃない?」
不意に胸がつまる思いがした。
こんな森の中に隠れ住みたい人はそう多くない。
薬師の知識や技能を生かして人々のために薬を作ったのに、神殿から魔女などとレッテルを張られ、迫害され、しかたなく移り住んだのだろう。
あからさまに警戒していた第一村人が、わたしが神殿関係者じゃないとわかると打って変わって親切にしてくれたのも、きっとグネヴィアを訪ねてくる普通の人がほとんどいないからだろう。
今思いかえせば「敬愛する薬師さんにお友だちが来た!」みたいなテンションの上がり方だったような気もする。
あんまり友だちがいない子の家に遊びに行ったときのお母さんみたいなテンション……。
……おのれ。
クソ神官ども。
どこまで人を踏みつけにすれば気が済むというのか!
必ず報いを受けさせてやるぞ……!
必ずな!
まあ、なんでわたしと友だちになりたいのかはさっぱりわからないけど、わたしはグネヴィアにできるかぎりの笑顔をむけた。
「がってん承知! カモンマイフレンド!」
「あなた、ヘンな、ひとね?」
あんたに言われたくねーよ!
「じゃあ、お友だち、記念に?」
と、グネヴィアは手を差し出してきた。
握手した。
そんなわけで、わたしには有能で、エロくて、そしてヘンな友だちができたのであった。




