23話「大サソリ討伐」
大サソリの生息地は山の中腹にあった。
草木はほとんどなく、岩だらけの不毛な谷間だ。
わたしはいい感じの岩に片足を乗せてポーズをとった。
「長い旅であった。これが魔王の本拠地、死の谷か……」
と万感の思いをこめて言った。
「いえ、大サソリの巣です……」
「ちょっとルイーズ。今はいいからー」
「え、で、でも?」
「たまにあるんだよー、ヨシノさんああなることが」
「ふぇ? どういう?」
「いいからいこー」
と、エリンがルイーズを引っ張っていった。
……なんかすまん、ちょっとやってみたくなったんだ。
なんだかんだいって旅行気分で浮かれているのかもしれない。
とくに探し回ることもなく、大サソリはあっさり見つかった。
毒々しい紫色の巨体。
硬そうな外殻に覆われた姿は、まるで甲冑が蠢いているかのようだ。
「デカい……」
名前に大、とついているから、どれくらいかと思えば、ほんとうに大きい。
体長が軽自動車くらいあり、ハサミは人間の腕をかんたんに切断できそうなほどのサイズだ。
「あれと戦うってマジ……?」
「あはは、ヨシノさんは見てるだけでいいよー!」
「いやいやいや。エリンたちもやめたほうがいいって。もう帰ろ?」
「依頼をだしたのヨシノさんでしょーが」
と言うや否や、エリンは剣を抜き猛然と突進していった。
テルマとルイーズも弓や杖をかまえ、戦闘態勢をとる。
申し訳ないけど、わたしは岩の陰に隠れて、戦いを見守らせてもらうことにした。
討伐が始まった。
エリンのパーティは連携が取れている。
前衛のエリンがスピードを生かして敵を翻弄しつつヘイトを取り、後衛の2人が遠距離から弓矢と魔術で大サソリを削っていく。
リスクを最小限に抑えたセーフティな戦い方だ。
ふだんのほんわかしたエリンからは想像できない機敏な戦いぶりに、わたしは感心してしまった。
エリンの剣技は絶品だ。
まるで洗練された舞踊のように流麗であり、もはや剣舞と言ってもいい。
戦っているところを見るのはひさしぶりだけど、素人目にもかなり腕を上げているように見える。
さすがDランカーだな。
そんなふうに見とれていたせいで、気づかなかった。
ふとなにかの気配を感じたので、横を見ると……いた。
2匹目の大サソリが。
こんなデカいやつの接近に気づかないなんてマヌケにもほどがある。
やつはこっちを向いていないので、気づいているのかいないのかわからない。
気づかれていないほうに賭けて、そーっと後ずさりする。
バキッ!!!!!!!
うわーありがちー。
木の枝を踏んでしまった……。
この辺りにはろくに樹なんて生えてないのに、よりによってなんでこんなところに木の枝が落ちてるんだよ!
大サソリが脚をしゃかしゃかと気持ち悪く動かして体の向きを変えた。
「やべっ……」
足がすくむ。
登山用の杖がわりに持っていた槍を構えてはみるものの、扱い方すらわからない。
刺せばいいのか?
突けばいいのか?
……いやムリでしょ!
わたしが持ってきたのはいわゆる短槍で、明らかにサソリのハサミのほうがリーチがある。
槍をへっぴり腰で突き出して届かず、カウンターでハサミを食らって終了という未来しか見えない。
まあ、リーチが足りてたからってどうなるものでもないけど。
大サソリが左右のハサミを高々とあげて、威嚇してきた。
やばい。
あんなのにハサまれたら、絶対死ぬ。
鎖かたびらを脱ぐんじゃなかった……。
その瞬間。
大サソリの目を矢が貫いた。
凄まじい速度で眼球から侵入した矢はそのまま頭部を貫通して地面に突き刺さった。
それと同時に火球が頭に着弾し、炎上した。
たちまちサソリの頭が焼け焦げていく。
そして、岩を蹴り、高く飛翔した影が落下のエネルギーをそのまま首に叩きつけた。
あっという間に大サソリの死体ができあがった。
これが、冒険者の力……。
わたしは返り血に濡れたエリンの顔を、尊敬とも畏れともつかない気持ちで見つめた。
他の2人もすごいけど、とくにエリン。
エリンの斬撃を受けた大サソリの首は切断どころではなく、衝撃で消滅してしまっている。
というか、今10メートルくらいジャンプしてたように見えたんだけど……?
なんてこと……。
3人とも出会った時とは別人みたいだ。
わたしが知る人類の成長速度からはまったくかけ離れている。
この世界の人類と元の世界の人類を同じ種と思わないほうがよさそうだ。
さっきまで「成長したねエリン!」などと気軽に労おうと思っていたんだけど、自分が恥ずかしくなった。
すでに彼女たちは手練れの冒険者。
わたしみたいな素人が実力を推しはかれるレベルにはない。
ともかく。
目的のブツは死にたてホヤホヤでそこに転がっている。
『鑑定』すると、大サソリの尾に毒の発生器官――毒腺があることがわかった。
わたしたちは1人もケガすることなく、首尾よく毒腺をゲットした。
もっとも、大サソリの死体を解体するとき、臭さとグロさとキモさのあまり吐いてしまった情けないやつが約1名いたのだが。
まあ、彼女は冒険者じゃないから、大目に見てやってほしい。
―――
3日間の旅程を終えて無事ミルトンに帰ってきた。
全身が筋肉痛でバキバキになっていたし、疲れ切っていたけど、まだ休むわけにはいかない。
今回わたしはまだなにもしてない。
行って帰ってきただけ。
出番はここからだ。
わたしたちは冒険者ギルドに行った。
エリンたちは依頼完了の手続きと報酬の受け取りに。
わたしは別件の用があって。
メインフロアの掲示板コーナーには、4種類の掲示板がある。
1つめは、討伐依頼用。
2つめは、討伐以外の単発依頼用――調査、人探し、護衛、採集など。
3つめは、常設依頼用。
4つめは、緊急依頼用。
わたしが用があるのは3つめの常設依頼用の掲示板だ。
常設依頼には、とくに期限を設けていないものが多い。
冒険者が採取してきたものを、冒険者ギルドを通じて依頼主が引き取ることになる。
冒険者と依頼主が直接やりとりをしなくて済むから手軽だし、採取物の品質はギルドが保証することになるため、トラブルにもなりにくい。
受け付けで常設コンテンツの申請を受理してもらってから、大サソリの毒腺の部位を記した文書を、採取依頼として張りださせてもらった。
大サソリを倒した冒険者が毒腺をかんたんに採取できるようにガイドとして活用してもらうためだ。
常設依頼掲示板には、すでにいくつもの常設依頼が張りだされていた。
特定の魔物の肉や毛皮、骨など、わりと大きめの部位が多い。
こういう知識が必要ないわかりやすい部位はすでに採取コンテンツとして定着しているけど、毒腺のように小さくて特殊な器官を、冒険者が気にかけてくれるどうかはわからない。
まだ毒耐性の有用性をだれも知らないから、たぶんしばらくは無視されるだろう。
実際、冒険者ギルドの受け付けのひとも「こんなものがなんの役に?」と首をかしげていたし。
まあ、ものは試しってやつだ。
いずれ素材集めの役に立ってくれるようになったらラッキーくらいの気分で依頼を出しておいた。
仕事はまだ終わらなかった。
毒腺をそのまま精錬に使うことができないとわかったからだ。
工房に帰ってから毒腺をウサギに見せたんだけど……。
「あーこりゃダメじゃな。不純物が多すぎる。加工せんと精錬には使えないのじゃ」
「加工って、どうやって?」
「それは……アレじゃ。ほら、アレじゃよ。アレ」
「アレじゃわかんないんだけど」
「たまには自分で探求するのじゃ! なんでもかんでもわしに甘えるでない!」
ウサギはそう言い放って毛布に潜りこんでしまった。
隠れたとも言う。
知らないんだね……。
加工……魔物の臓器から不純物を除去して加工する……。
うん、さっぱりわからん。
こういうときに頼りになるのは経験豊富な大人だ。
物知りのゴンドに聞いてみることにした。
ところがゴンドに聞いても「わからない」という答えが返ってきた。
まあそりゃそうか。
こんな毒物の扱いなんて、よろず屋の店主の専門外だもんね。
……知っていたら、裏稼業を営んでいることになるわけだし。
「ただ……そうだな。この近くの森に腕のいい薬師が住んでいると聞いたことがある。その人物ならなにかいい知恵をもっているかもしれん」
「へー。たしかに薬師ならいいアドバイスをくれそうですね」
「気になることがあるといえばあるんだがな……」
「なんですか?」
「その薬師なんだが、よくない噂があるんだ。だからミルトンの住民にはこう呼ぶやつもいる。『森の魔女』ってな……」
魔女と来ましたか。
うーむ。
3対7かな?
3割おっかなさ、7割期待。
魔術師がうろうろしている世界で魔女とまであだ名されるくらいなんだから、きっと腕のいい薬師に違いないと期待する反面、本当にヤバイやつだったらどうしようという不安もなくはない。
とはいっても、このままでは作業が進まないのが実情。
そんなわけで魔女に会いに行くことにした。




