21話「毒と呪い」
ワグネリア親方と電撃和解が成立した。
彼女はこの街の鍛冶業界だけじゃなく商業界全体を牛耳るボス。
いわばドン・ワグネリアーネだ。
敵対しているうちは脅威だったけど、そのぶん味方にしたら心強かった。
和解から1週間。
今や街で生産されるほとんどのE武具がわたしのところへ集まるシステムが急速に完成しつつある。
「生産量の把握」「輸送の手配」「支払い管理」などなど……。
ワグネリアはたった1週間で、これらの面倒な手続きをシステム化してしまったのだ。
うーん、有能だ。
さすが我が師。
素材の問題が解決したおかげで、Dランク防具を大量生産する計画は着実に進みはじめた。
ただ、新たな問題がいくつか発生した。
まず保管スペースの問題。
なにしろ、街中からわたしのところにEランク武具が運ばれてくるものだから、せいぜいコンビニ程度の広さしかない工房があっという間に武具で溢れかえってしまったのだ。
しかたがないので近場に倉庫を借りた。
それでも保管スペースの問題が完全に解決したとは言いがたい。
それから収支赤字の問題。
Eランク武具の買い取り費用の負担がおおきくて、工房の収支表は真っ赤に燃えている。
「『あの』ワグネリア親方がバックについてるんですよ?」
と、強調していろんなところから借金をして、なんとかしのいでいる。
……弟子なんだから嘘ではない。
けど、借金を借金でカバーしているだけなので、このままだと数週間も持たずに破産してしまう。
でもまあ、金銭面に関しては、じつはそこまで心配していない。
冒険者ギルドにわたしが作るDランク防具を正式採用してもらえば解決したも同然だから。
なんでも王都のギルド本部にお伺いを立てているらしくて、なかなか正式採用まで話が進まないのが気がかりだけど。
まったく。
市場価格よりも安く卸す、って条件でオファーを出してるんだから飛びつけばいいのに。
冒険者の安全性が大幅に増して、しかもお値段は良心的。
なにを迷う必要があるんだか?
つーかはやくしてくれないと破産しちゃうよー!
―――
そんな借金にまみれた日々のある早朝。
外が明るくなったので、わたしはリフレッシュするために店の外に出た。
あまりにも忙しくなったので、昼夜問わず工房に入り浸って作業しているのだ。
「うーん、まぶしすぎるぞ太陽!」
徹夜明けの身には、朝日の刺激が強すぎて目が痛い。
薄目になりながら、軽くストレッチして体をほぐしていると、通りの向こうから常連の若い冒険者が歩いてきた。
「防具アネキ、おはよう! 今日も早いね!」
「おはようさーん。お互いさまにね」
冒険者は挨拶をして通り過ぎていった。
これからギルドに依頼をチェックしに行くのだろう。
依頼の受注は早い者勝ちの場合が多いから、意欲的な冒険者は朝が早い。
防具アネキ、とは最近定着しつつあるわたしのあだ名である。
こんなあだ名がつけられたのは、わたしが武器よりも防具を優先させるからだ。
ケラのときとちがって、自分でもけっこう気に入っている。
武器なんて後回しでいい。
武器が弱くて魔物の鱗や表皮に刃が通らないなら、逃げればいいのだ。
だけど防具が弱ければ、逃げる暇もなく死ぬ。
だから、わたしは防具を優先して強化する。
それでつけられたあだ名なら、むしろ光栄というもの。
なんなら自称してもいいと思ってる。
まだ早朝の朝もやが煙っている。
完全に日が昇ったら忙しくなるだろう。
そのまえに仮眠をとっておこうかな?
そんなことを考えながらあくびをかみ殺したとき。
「ヨシ姉っ!!!」
テルマが息を切らせながら工房に駆けこんできた。
テルマは軽装の女性弓使いで、エリンのパーティ仲間だ。
長身で引き締まった肢体の持ち主。
冷静沈着なクールビューティだ。
かつてわたしを救ってくれた恩人の1人でもある。
いつもは感情を露わにしないタイプなのに、血相を変えている。
これはただ事じゃない。
「どうしたの?」
「エリンが、神殿送りになったんだ!!」
徹夜明けの眠気が吹っ飛んだ。
神殿送り。
それは病院送りと同じ意味である。
つまり、ケガかなにかで担ぎ込まれたということだ。
「なにがあったの!?」
「呪われたんだ」
「呪い……?」
「そう。すごい熱が出て、息苦しそうで、汗もすごくてさ……」
ケガ、というより病気の症状に思える。
詳しいことは移動しながら話すことにして、わたしたちはさっそく神殿へ出発した。
エリンたちはしばらく前に冒険者ランクがDに昇格した。
Dランク冒険者ともなると、受注範囲が広くなるため、ミルトン近辺以外の依頼も増える。
今回エリンたちが受けた依頼も、街から徒歩で1日ほどかかる少し遠い地域での魔物討伐だった。
それで数日がかりの遠征に出ていたのだ。
予定では帰りは明日のはずだったけど、問題が起こったらしい。
エリンが討伐対象の大サソリに刺されたのだ。
サソリに刺されたなら、毒だ。
サソリ毒には致死性のものもあると聞いたことがある。
心配だ……。
―――
神殿の礼拝堂についた。
早朝だからか、まだあまり人がいない。
祭壇の近くに早番の治癒術師がいて、その前に数人が列を作っている。
わたしとテルマの姿に気づいて、長椅子に座っていた人物が立ち上がり、遠慮がちに手を振ってきた。
ルイーズだった。
ルイーズはローブ姿の魔術師で、エリンのもう1人のパーティメンバーだ。
ローブに覆われてわかりづらいけど、たわわんと破壊力抜群のおっぱいを隠し持っている。
「容態は? エリンはどこ?」
「お、おちついてください……」
落ちついてなどいられるか!
わたしは祭壇のほうに向かい、エリンの姿を探した。
しかし、治癒待ちの列にエリンはいない。
たしかここには重傷者を収容するための病室があったはず。
もしそこにいるんだとしたら、エリンは治癒術でもすぐに癒せないほどの重体ということだ。
嫌な想像が頭をよぎる。
キャルの亡骸が脳裏によみがえる。
勘弁してくれよ……。
「ヨシノさーん」
振り向くと、エリンがいた。
「お見舞いに来てくれたのー? えへへなんか恥ずかしいなー」
エリンは気まずそうな笑みを浮かべた。
ぱっと見た感じ、異常はなさそうだ。
「だ、だいじょうぶ!?」
「このとおり、絶好調!」
とエリンはその場でくるりと一回転してみせた。
キレのある動きだ。
「あたしはへーき。どこも悪くないよ! ほらっ!」
エリンはさらにその場でバク転をし始めた。
空中で5回転くらい。
早朝の静けさに満たされた礼拝堂でくるくると高速回転しまくる少女。
「よかった……」
時と場所をわきまえない、いつものエリンだ。
「よくありません! 神殿ではお静かに!」
神殿の人に怒られた。
怒られてうれしいのは初めてだ。
いちおう、念のために『鑑定』しておくか。
幸い、エリンのステータスは「毒」状態ではなく「正常」だった。
『鑑定』を繰り返した結果、わたしは『鑑定』アビリティをさらに使いこなすことができるようになっていた。
今では武具の性能だけでなく、人間のステータスを見ることができる。
「大サソリに刺されちゃってさー。ふがいない!」
エリンは悔しそうに言った。
「防具のおかげで傷はほとんどつかなかったんだけどね、瘴気が貫通してきちゃって、呪われたんだー」
やはり大サソリの毒にやられたらしい。
呪いではない。
サソリに刺されて状態異常を引き起こしたら、わたしなら毒だと即座に断定する。
他の可能性はまず考えないだろう。
毒じゃなかったときに、あらためて考えることだから。
だが。
この世界の人間は違う考え方をする。
なにか状態異常があったら、まず呪いの影響を疑う。
エリンもテルマもそうだ。
もし毒だと正しい判断ができていれば、その場で適切な処置ができたかもしれない。
たとえば毒液を吸いだしたり、毒が自然治癒されるまで安静にしたり。
だけど、呪いだと思いこんでいるうちは、なにも手を打たない。
「呪いは神官の治癒術でしか解けない」
そう思いこんでいるから、エリンは毒が全身に回る危険を冒して急いで神殿まで移動したのだ。
神官どもの歪んだ英才教育が行き届いているせいだ。
……おのれ邪悪な生臭坊主ども!
お布施をぼったくるだけじゃ飽き足りず、わたしのエリンを危険に晒しやがったな。
今回は大事にならなかったからよかったものの、このままでは済まさんぞ。
いつか必ずぶっ潰してやる!
エリンは大事をとって神殿の病室に泊まっていくことになった。
「呪いの残渣が影響するかもしれない」
と神官に忠告されたからだ。
呪いの残渣なんてものはなんの心配もないけれど、毒の後遺症の心配はあったから、泊まっていくことにはわたしも賛成した。
なにか起こっても神殿ならすぐに治癒術を受けられるから安心だ。
生臭どもに任せるのは悔しいけど。




