20話「条件交渉」
「その言葉を聞けてよかったです」
わたしは安堵の息をついた。
もしワグネリアが職人としての顔よりもギルドマスターとしての顔を優先させたら、話はそこで終わっていた。
交渉は終わり。
計画もすべておじゃん。
ワグネリアが真の職人でよかった。
「けどな、ギルド員の生活を守るのもギルドマスターの務めだ……」
ワグネリアは急にしょぼくれて見えた。
ドワーフ族のたくましい肉体から覇気が失せ、ただのちっちゃな女の子にしか見えなくなっていた。
「その点について、妥協案があります」
「妥協案?」
「はい。スズキ工房がすべてのE武具を引き取ります」
「すべてのいーぶぐをひきとる?」
理解できないとばかりにワグネリアはオウム返しにした。
「はい。あなたの弟子のも、他の親方の弟子のも、この街の職人が作るすべてのE武具を、わたしがまとめて買い取ります」
今回のギルド令は、たぶんワグネリアが主導したものじゃない。
そうわたしは踏んでいる。
コーマックの弟子と同じく、廃業の危機にさらされたギルド員からなんらかの苦情申し立てがあったのではないか? と。
わたしは以前からE武具を買い取っていたけど、その買い取り先は限られていた。
そこから外れた職人にとってみれば、売り上げが下がるだけでなんの実入りもなかったわけで、わたしは邪魔者でしかない。
だけど、すべてのE武具が等しく売れるとなったら状況は変わる。
もともと、へたすりゃ捨てられていたような粗悪品が安定的な収益源になるのだ。
ギルド員、とくに腕のないダメ職人にとっては悪い話じゃないはずだ。
わたしはワグネリアの目を見つめ、じっと返答を待った。
ワグネリアはしばらく迷っていた。
が、やがて。
「負けた。そいつで手を打とう」
「ほ、ほんとですかっ?」
「ああ。マスターとして約束する。おいらもコーマックの件じゃ悪いと思ってた。罪滅ぼしってやつだ」
交渉成立!
わたしは思わずガッツポーズしてしまった。
売却や輸送についての細かいことを詰めるのはまた後日ということになった。
何百人もいる職人連中すべてから武具を買い取るとなると、今2人ですべてを決めるのは不可能だったからだ。
それと、わたしは「脱走した元弟子の闇業者」ではなく、正式に「ワグネリア親方の弟子」という身分になった。
こうしておけば、ギルドのメンツも徒弟制も形としては守ることができる。
形としては。
帰り際。
「んで、おまえ、これで冒険者を守れるようになんのか?」
「やるかやらないかの話ですから」
じゃっかん答えになってなかった気もするけど、ワグネリアは「そうか」とつぶやいた。
「まあ、せいぜいがんばれ」
「はい師匠!」
「親方でいい、つっただろ」
ワグネリアがすこし笑った。
気のせいかな。
―――
「すごーいヨシノさん!」
エリンが目を輝かせて尊敬の眼差しを向けてくる。
「あの有名なワグにゃん親方に勝ったなんてー!」
「いやいやエリンさん、勝ったなんてそんなおおげさな~。お互いに熱い意見をぶつけあって、わかってもらっただけだよ~。なんていうかな~職人同士魂が響き合ったっていうか~」
「それがすごいんだって! すごいすごい!」
「でへへ、それほどでも」
あるけど。
だってわたし、成し遂げたんだし。
長いあいだ旧態依然として放置されてきた悪しき風習や既得権益を、颯爽と現れ、ぶち壊し、革新していく。
ひとはそういう存在をヒーローと呼ぶ。
ふ~っきもちい~。
エリンのすごい、めっちゃきもちいい。
ワグネリアとの交渉で疲れ切った精神が癒されるわ~。
正直もっと褒めて欲しい。
ご飯何杯でもいけるー。
などと、わたしが勝利の余韻に浸りきっていると、ゴンドが工房に入ってきた。
「話がある」
と、険しい顔で言った。
それでピンときた。
これは、よくない話だ。
「これを見――」
「ちょっと待ってちょっと待って! 今いいところだから! あと5分だけドヤメンタルでいたい!」
「いいからこれを見るんだ」
ゴンドは無視して一枚の紙を押しつけるように渡してきた。
有無を言わせぬ感じだ。
しょうがないから嫌々受け取って、嫌々見てみた。
うおっ目が潰れる!?
一目見ただけで、精神ダメージを受けそうな気がして思わず目を背けてしまった。
紙面いっぱいに禍々しいオーラを放つ数字が並んでいたのだ。
「なんれすかーこの数字ー? わかんなーい」
すっとぼけてみた。
「収支予想だ」
はいドヤメンタルタイム終了。
この紙に記された数字の意味。
それは街で生産されるすべてのE武具を引き取った場合に予想される「スズキ工房」の収支表だった。
真っ赤。
どこかの赤いきつねも裸足で逃げだしそうなくらいの大赤字だった。
これほど絶望的な数字の羅列をわたしははじめて見た。
「破産するぞ、ヨシノ」
ゴンドの無慈悲な宣告。
そばで聞いていたエリンが反応する。
「なになに、ヨシノさん破産しちゃうの~? あたし、けっこう貯金あるから貸してあげるよ!」
「ありがたい申し出だけど、エリンのお小遣いではちょっとむりかな……」
なにしろミルトンは周辺地域でもっとも鍛冶産業が発展している、いわば鍛冶の街だ。
そこで鍛冶を営む何百もの職人が生産するゴミをすべて引き取るのだから、金額は膨大なものになる。
わたしだってただのバカじゃない。
バカはバカだけど、考えるバカだ。
事前にこうなることをある程度は見越していた。
もしワグネリアとの交渉がうまくいけば、Dランク防具を安定的かつ大量に生産できるようになる。
そうなったとき、駆け出し冒険者に支給する初期装備として、うちの工房のものを採用してくれるように冒険者ギルドと交渉中だ。
元々そういう方向でギルドと話し合いはしていたんだけど、キャルの件でいよいよ本腰を入れて交渉を始めたのだ。
この話がうまくまとまればスズキ工房の経営はぶっ壊れずにすむし、なにより、駆け出し冒険者が今よりずっと安全に冒険者稼業をスタートできるようになる。
問題は山積みだけど、今は前進あるのみだ。
それが亡くなったキャルへのせめてもの手向けになる、そう願って。




