19話「VS師匠」
ワグネリア工房はあいかわらず活気にあふれている。
鍛冶炉の熱と肉体労働で汗だくになった何十人もの弟子たちがはなつ、もわっとした体臭が鼻をつく。
そこかしこで金属音が響いているけど、怒鳴り声はわたしの記憶よりずっと少ないようだ。
怒鳴り声生産量90%のシェアを誇ったコーマックがもういないからね。
ここの弟子たちには感謝してもらいたいもんだよ。
わたしは顔見知りの兄弟子をつかまえてワグネリア親方への面会を求めようとした。
しかし。
「親方は不在だ。言えるのはそれだけさ」
「どうしても、しなきゃいけない話があるんです」
「親方は不在だ。言えるのはそれだけさ」
「……うんこ漏らしちゃった」
「親方は不在だ。言えるのはそれだけさ」
うんこ漏らしたに反応しないなんて、なんという固い意志だ……。
やるなワグネリア、弟子の躾が行き届いている。
というかあんた、今さっきそこの伝声管で親方と話してただろ。
なるほど。
交渉するつもりはない、ってことね。
じゃあ勝手に会わせてもらうとしよう。
こっちはもう覚悟の準備をしてるんだから。
気分はすでにワザップジョルノなのだ。
わたしはワグネリア親方の事務室へ勝手に向かった。
ドアをノックすると、案の定「なんだ!」と声が返ってきた。
部屋に入ってきたわたしを見ても、ワグネリアは驚かなかった。
さっき伝声管で、弟子から報告を受けていたからだろう。
ということは、すでに論破の準備がばっちり整ってるってことだね……。
交渉は難航しそうだ。
ワグネリアは、無言のまま椅子を指さした。
わたしもやはり無言のまま座った。
「ギルド令を取り消すつもりは、ねえ」
開口一番、ワグネリアは先制パンチを放ってきた。
「どうしてですか?」
「そりゃ、ギルドの掟だからだ。わかったら帰んな」
はじめて会ったときのように、ワグネリアは断固とした口調で戸口を指さした。
しかし、はいそうですかと引くわけにはいかない。
こちらには二度とキャルのような犬死をださないという使命があるのだ。
「ムリを承知で頼みます。ギルド令を取り消してください」
「ムリだとわかってんじゃねえか」
「わかって、頼んでるんです! このとおり、お願いします!」
わたしは頭を下げた。
「勘違いすんなよ。おいらとしちゃ、おまえ個人に含むところはねえ。だが、これはケジメだ。おまえの勝手を野放しにしたら、ギルド員たちに示しがつかねえ」
そうくると思ってた。
みんなのためってやつね。
「そのケジメとか示しって、人の命より大事なんですか?」
「命? はっ、そりゃまた大げさな」
「大げさじゃありません。こっちは大まじめに言ってるんです」
実際に人の命が失われたから、わたしはここに来たのだ。
大げさでもなんでもない。
「この街は安全です。それは冒険者や守備兵が周辺地域の魔物や野盗を討伐してくれるおかげです」
「だな。わかりきったことを」
「わたしたちが安全に暮らせるのは彼らが危険を承知で戦ってくれるからです。わたしたち鍛冶師には彼らの命を守る義務がある」
わたしはエリンに命を助けられた。
もしあのときエリンがいなければ、転生して3分でまた死んでただろう。
エリンだけじゃない。
多くの冒険者がたいした見返りもなく、命を賭して戦っている。
そして、ゴミみたいな初期装備のせいで大ケガしたり、死んだりしていく。
彼らの装備が更新されないのは、鍛冶師のせいだ。
つまり、ここにいる2人とも責任がある。
「はっきり言おう。おまえは、徒弟制を脅かした」
「徒弟制を……?」
「ああ。徒弟制は鍛冶師の要だ。親方がいい鍛冶師を育て、弟子がさらにその弟子へ技術を継承する。先人たちがそうやって質を守ってきた。けど、だれの弟子でもないおまえが好き勝手やったらどうなる? 徒弟制はおしまいだ。すぐ粗悪な武具があふれかえっちまう。それこそ、人の命にかかわるってモンだ」
わたしは、クソ長ったらしい建前を黙って聞いた。
ほんとうならこんな無意味な建前、聞くだけ時間のムダなんだけど、それでも我慢した。
最後まで言わせることが必要だったから。
わたしは笑った。
「なに笑ってやがる?」
「だって、おかしいから」
「だからなにがだ!?」
「今言ったこと、違いますよね? ほんとはわたしのせいで売り上げが下がった、もしくは売り上げが下がることを恐れている、そういうダメな弟子たちのためにわたしを締め出そうとしてるんじゃないですか?」
「ちっ、なにを言いやがる!」
ワグネリアが声を荒げ、ドン! と机を叩いた。
いい反応だ。
感情的になったのは、図星だからだ。
「衛兵から聞きましたよ。ク、じゃなくてコーマック兄弟子のこと」
危うくクソ野郎と口を滑らせそうになった。
「あいつが、どうしたってんだ?」
「それがですねえ。あのひと、わたしを暗殺しようとしたのは『弟子のためだった』って供述してるらしいんですよ」
「弟子のため……だと?」
「はい。なんでもそのお弟子さんは若手冒険者を主な顧客に商売してたらしいんです。だけど、最近近くにできた新しい工房に、ああ闇業者でしたっけ? その顧客がぜんぶ取られちゃって、泣きつかれたらしいんですよ」
信じられないことだけど、これはわたしのでっち上げではない。
マジのマジで衛兵から聞いた話だ。
袖の下をつかませて得た情報だから信憑性は高い。
コーマックはああ見えて、街一番の鍛冶師にしてギルドマスターワグネリアの一番弟子だ。
当然、自身も弟子を何人も抱えていた。
そのうちの1人がたまたまスズキ工房の近所に工房を構えていた。
スズキ工房がうなぎのぼりに売り上げを伸ばすと、それに反比例して、客層がかぶっているその弟子の工房は売り上げが下がっていった。
弟子想いのコーマックは、廃業寸前に追い込まれた弟子を見るに見かねて凶行に及んだ。
コーマックは衛兵にそう供述したらしい。
「さんざん殴りながら尋問したから嘘は言ってないだろうよ」
と衛兵は言っていた。
それは尋問ではなく拷問と言うのでは……?
殴るやつばっかだなこの街……。
「コーマック言ってたらしいですよ、徒弟制を守るためにやった、って。立派ですよねえ」
ワグネリアの額に脂汗が浮いている。
「だが、それとこれとは」
「同じ問題の解決方法ですよね。わたしを締め出すのも――殺すのも」
「……!」
なにしろ、暴漢に襲われたとき、わたしはまずワグネリアの差し金を疑ったくらいだ。
結果的には違ったけど、動機は同じだったわけだ。
「それに親方もほんとはわかってるんじゃないですか? 質なんて守られてないってことを」
「それは……」
反論しようとして、けれどワグネリアの口はぱくぱくと空転する。
ここだ!
畳みかける!
「先日、キャルという名前の冒険者が死にました。まだ15歳でした」
「けっ。泣き落としかよ」
ワグネリアが軽蔑したように吐き捨てた。
「泣き落としだろうがなんだろうが聞いてもらいますよ。キャルはEランク防具を装備していました。そのせいでゴブリンに殺されたんです」
「それはおまえ、ゴブリンどもは、弱くないし……」
「本気で言ってるんですかそれ? じゃあ聞きますけど、あなたが鍛えた防具を装備していたとしたら、キャルはゴブリンに殺されましたか?」
「……」
「だんまりしてないで答えてください。かんたんな質問ですよ。あんたの防具はゴブリンごときが人を殺すのを止められないのか、って聞いてるんですよ!!!」
ワグネリアは即答しなかった。
口を開きかけてはやめ、視線があちこちに泳いでいる。
どうやらさまざまな感情や思いがワグネリアのなかでせめぎ合っているようだ。
だけど、最終的には職人としての矜持が勝った。
「止められる……絶対に」




