17話「E防具が蔓延する街」
ミルトンに住みついてから2か月。
わたしの鍛冶師ライフはあいかわらず順調だった。
順調すぎるといってもいい。
開業からまだ2か月足らずなのに、すでに「スズキ工房」は「ワグネリア工房」に次ぐミルトンナンバー2の武具工房として名を馳せるようになっているのだから。
工房の人員数や規模が違うから、売り上げ額や顧客の数という点ではもっと上の工房はたくさんあるけれど、存在感という意味では2番手を自負している。
なにしろこの街でCランク武具を扱える鍛冶師はたったの2人。
1人は言うまでもなく鍛冶ギルドマスター、ワグネリア親方。
そして、もう1人がこのわたし。
つまり。
天下無双まであと1人!!!
いや、天下を取る気など毛頭ありませんが……。
ミルトンにもだいぶ慣れて、街にも詳しくなってきた。
城塞都市ミルトンはカルバニア王国という国の西方にある。
王国の領内にあるけど、王国領ではなく自由都市だ。
自由都市というのは、一言でいうと「税金を上納するので、街のことは好きにやらせてね!」という身分だ。
デメリットも当然あるんだろうけど、今のところわたし自身は感じていない。
王国領の他の街では、鍛冶師ごときが好き勝手やるなんて許されないらしいし。
王さまとか領主さまにああせいこうせいと命じられた物を淡々と作り続ける、というなかなかにしんどそうな生活を送ることになるようだし、なによりも、あまり儲からないらしい。
え、マジで……?
命令するならカネくらいはずんでくれよ?
封建社会、ムリ。
わたしは他の街では生きていけそうにないなー。
少なくともこの王国では。
もしミルトンが王国に吸収されたらすぐフリーエージェントしようっと。
そんな自由都市だけど、地理的にはあまり自由じゃない場所にある。
西のルタドール共和国との国境に近い辺境地にあり、つねに隣国との紛争や危険な魔物の脅威にさらされている。
しかし、危険が多いということは、冒険者の出番が増えるわけだ。
仕事が多くあるため、自然と各地から多くの冒険者たちが集まり、武具を必要とする彼らを支えるための鍛冶産業も栄える。
そんなわけで、ミルトンは決して大都市とはいえないのに、鍛冶産業を基幹として経済的に栄えているのだ。
この世界では、そういうシステムを「冒険者経済」というらしい。
いろいろと溜まった用事を片付けるために今日は店を休みにして朝から外出した。
今は午後遅い時間。
用事をいくつか片付けて、冒険者ギルドに向かっている最中だ。
これからギルドで人と会う予定がある。
冒険者ギルドの支部長と会って、とある件について交渉を持ちかけるつもりなのだ。
そういえばエリンはいるかな?
せっかくだし、帰りにエリンとどこかで食事でもしていこうかな。
2か月のあいだに目ぼしい商店や施設をだいたい把握し、ふだん使う道も覚えた。
よさそうな飲食店を探しながら街路を歩くうちに、冒険者ギルドについた。
冒険者ギルドは鍛冶ギルドとちがって大きくて立派な建物を構えている。
依頼を張りだす掲示板や事務処理を行う受け付けがある賑やかなメインフロア。
昼夜問わず冒険者たちがたむろする酒場フロア。
部外者が立ち入れるのはそこまでだけど、上階にはかんたんな宿泊施設や幹部の執務室、応接室や倉庫なんかもあるらしい。
掘っ立て小屋みたいな鍛冶ギルドとは大違いだ。
ギルドに入ると、ちょうど依頼報告のピークタイムなのか、冒険者たちでごった返していた。
さっそくエリンの姿を探した。
いない。
今日は早く終わりそうと言っていたけど、まだ帰ってきていないようだ。
ちょうどいい。
今のうちに用事を済ませてしまおう。
わたしは受け付けで自分の名前を伝えて、支部長との面会の約束があると言った。
―――
上階の応接室で支部長との面会を済ませて、1階に戻ってきた。
エリンはまだ帰っていないようだ。
酒場で時間を潰すか?
ギルドの酒場には冒険者パンチという名物カクテルがあるらしい。
なんでも一口飲むと度胸がついて誰でも勇敢になれる代物だという。
ただアルコール度数が高いだけじゃないの?
と思ったけど、こういう世界のことだから。
もしかしたら酒以外に頭がぶっ飛ぶマジカルな原料が入っているのかもしれないから、前々からちょっと試してみたかったのだ。
メインフロアから酒場のほうに行きかけたとき、周囲がにわかに騒がしくなった。
「そこ、あけてくれッ!!!」
緊迫した声。
どたどたと何人もの人が床板を踏む荒々しい足音。
騒ぎの中心を見れば、何人かの冒険者がだれかを運んでいるようだった。
運ばれている人は意識がなく、ケガをしているようだ。
冒険者たちは搬送したケガ人をテーブルの上に寝かせる。
「水と布! あと神官を呼んできてくれ! 大至急! 重傷だ!」
と、運んできた冒険者が怒鳴ると、誰かが慌てて出ていった。
あの人たちはパーティメンバーなのかな……。
テーブルを囲む人垣の間から覗いてみた。
ケガ人に見覚えがある。
キャルという若い男の子だ。
たしかまだ15歳くらいだった。
キャルはエリンと顔見知りの新米冒険者で、わたしも何度か仕事を手伝ってもらったことがある。
素直でハキハキしていて、きびきび働く。
なんの意味があるんだかわからない地味な調査仕事も文句1つ言わずにやってくれる、パシリ適性高めな気のいい少年だ。
キャルのケガは見るからにひどい。
全身いたるところに打撲痕があり、腕が半分もげかけている。
なににやられたらあんなひどいケガを負うんだろう……。
もし、あれがエリンだったら……と想像すると怖くなる。
冒険者は仕事の性質上、街の外で活動することが多い。
その利便性を考慮しているのか、冒険者ギルドは街の城門に近い場所に建っている。
いっぽう、住民たちから金を巻き上げるためだけに存在する神殿は、街の中心部に鎮座して、ブラックホールのように周辺から金を吸い取っている。
つまり……遠い。
―――
結局、神官は間に合わなかった。
助けを呼びに伝令がでていってから間もなくキャルは息を引き取った。
あれでは神殿が隣に建っていたとしても間に合わなかっただろう。
最近では冒険で命を落とす新人冒険者が減ったとはいえ、ゼロになったわけじゃない。
こういうとき、冒険者たちは同業者の死を悼んで献杯するようだ。
「キャルに」
と1人が音頭をとり、立ち会った冒険者たちが杯をかかげた。
どの顔もふだんとちがって神妙だ。
明日は我が身、とでも思っているのだろうか?
「蘇生とかできないの?」
わたしはいたたまれなくなって、傍らのエリンに聞いた。
今さっきギルドに戻ってきたばかりだ。
「むり……」
エリンが震え声で言った。
大きな目から今にも大粒の涙がこぼれそうだ。
わたしはあらためてキャルの亡骸を見つめた。
ズタボロなのを不憫に思った誰かが、みっともなくないように姿勢や衣服を整えて傷をうまく隠している。
おかげで、寝ているように見えなくもない。
だけど死んでる。
もうわたしのパシリをしてくれることはない。
「……家族は?」
とたずねると、エリンは無言で首を横にふった。
冒険者は天涯孤独の身の上が多い。
献杯の儀式はせめてもの葬儀なのかもしれない。
15歳なんて元の世界ならSNSでくだらないレスバに明け暮れている年頃だ。
ボロ切れみたいに死ぬべき年齢じゃない。
キャルを殺ったのはゴブリンらしい。
今朝方、近くの村から「巣穴を見つけた」と、通報と討伐依頼があり、キャルのパーティはその巣穴を潰しに向かったのだ。
巣穴は小規模と思われた。
駆け出しでもこなせる簡単な任務のはずだった。
だけど、情報に誤りがあった。
ゴブリンの群れは予測より大きく、そして、危険な上位種もいたのだ。
「ギルドの調査不足だろ……新人にこなせる依頼じゃなかったんだ!」
そう言ってギルドを責める声もあったし、同意する声もあった。
だけど、わたしの意見はちがう。
たしかに危険を増大させたのはギルドの怠慢が原因かもしれない。
もっと念入りに調査していれば、上位種の存在を確認していれば、Eランクの駆け出しの手に負える仕事じゃないとわかったかもしれない。
だけど、それは直接の死因じゃない。
「ゴブリンごときに殺されて……」
憤りのあまり、わたしは思わず声にだしていた。
「……駆逐してやる」
エリンがぎょっとしたように視線を向けてくる。
さっき『鑑定』したからわかっている。
キャルが装備しているのはEランク防具だ。
これだ。
死因はこれだ。
Eランク防具がキャルを殺したのだ。
ギルドのせいでも、なんならゴブリンのせいでもない。
こんなゴミ防具を装備していたから、キャルは今ここでこうして無残な死体を晒すハメになったのだ。
許せん。
ここのところ順調だからと、いい気になっていた。
調子に乗って。
なにかを成し遂げた気になって。
目の前にたしかに存在している邪悪を見もしないで。
許せん。
キャルはわたしの前でもEランク防具を装備していたはずなのだ。
なのに、見過ごした。
そうしてキャルの死に手を貸した。
自分が許せない。
まだこの街にはEランク防具がひしめている。
この邪悪をこれ以上野放しにはするものか。
駆逐してやる……。
この世から一個残らず。
Eランク防具を駆逐してやる……!




