16話「暗殺の夜」
この暴漢たちを仕向けたのはワグネリア親方?
ありえない。
親方と直接接した感じでは、悪人には見えなかった。
わたしに人を見る目がないんだとしても、彼女には動機がない。
ワグネリアには何十人も弟子がいて、街一番のデカい工房を経営している。
多くの貴族や名士をクライアントとして抱えて、街でも権力をふるう大物鍛冶師にしてギルドマスターだ。
いくらスズキ工房が最近ちょっと繁盛しているといっても、親方の権勢に比べれば豆粒みたいなもの。
親方からすれば、わたしなんかきつい修行に耐えかねて脱走した、あまたいるザコ弟子の1人にすぎない。
嫉妬の対象になるわけがない。
常識的に考えたら、ワグネリアには動機がない。
でも……。
中には一般的とは言えない歪んだ信念とか、過去のトラウマによる地雷とか、そういう他人には理解できないトリガーを抱える人もいる。
……脱走?
まさか、脱走が動機?
売れてるとか売れてないとか、商売敵として目障りとか、そういうのじゃなく、脱走そのものが彼女にとって万死に値する裏切り行為だとしたら?
抜け忍死すべし、ってやつ?
血の掟ってやつ?
などとわたしが疑心暗鬼に陥っている隙を、輩どもは見逃さなかった。
ついに暴漢の1人がダッと走りだしたのだ。
だれの差し金か考えるのは後回しだ!
『鑑定』!
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・ダガーナイフ : 攻撃力18(Dランク)
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暴漢のナイフはDランク。
強化されていないプレーンな状態なのが幸いだった。
だけど、場当たり的な強盗をやるチンケな暴漢ふぜいが持てるような安物の粗悪品じゃない。
ちゃんと、殺傷力がある武器だ。
つまり、敵は明確な目的がある暴漢だ。
だいたい「身ぐるみ置いてけ!」とか要求してこないし。
目的――暗殺。
命を狙われているという事実を突きつけられて、わたしは心臓を握られたような気がした。
逃げた。
敵に背を向けて、一目散にダッシュした。
自慢じゃないけど、足には自信がある。
小学生のときは「ほら、なんだっけ……あの子。ほら、あの足が速い女の子」で通っていた。
まあ、それしか特徴がなかったわけだけど……。
それくらいわたしの足は速い。
元の世界標準では。
なのに。
わたしの足は速いはずなのに。
ヒュッ、と風が頬をなでた。
ほんの一瞬前まで背後にいたはずの暴漢の姿が目の前にあった。
たったの一足でわたしを追い越して回りこんだのだ。
驚いて足を止めたわたしを見て、フードから覗く口の端がニヤリと吊りあがった。
ありえない……。
ありえない身のこなし。
ありえない瞬発力。
ありえない脚力。
風のような疾さ、とはよく言うけど、風そのものとしか思えない素早さだ。
やつに比べたら陸上の世界チャンピオンも鈍足に見えてしまうだろう。
やっぱりただの暴漢じゃない。
れっきとした実力者だ。
――だけど、遊んだな?
こいつの実力なら追い越すまでもなくわたしを刺せたはずだ。
なのに、自分の優位性を獲物に見せつけて優越感に浸るために、わざとそうしなかった。
つまり、遊んだ。
プロの仕事に徹しきれなかった。
その遊びが命取りだ。
「隙ありーっ!!!」
背後からの斬撃。
その不意打ちを、暴漢は俊敏に身をよじって避けた。
いや、ばっちり声をだしたんだから不意打ちではないか。
予告したら不意打ちにならないよ、エリン……。
エリンに汚れ仕事は任せられないな。
肝に銘じておこう。
完全武装のエリンを見て、暴漢は舌打ちした。
フードのせいで顔は見えないけど、きっと苦々しい表情をしていることだろう。
そうだよ、おまえはしくじったんだ。
というか、最初からしくじっていたんだ。
ゴンドに忠告されていたおかげで、数日前から行動確認されていることには気づいていた。
だから、こうしてわざと夜道で1人になって、襲撃の機会を与えてやったのだ。
だいたい、エリンとは同じ家に住んでるのに、別れて帰るわけがないじゃないか。
すべてわたしの作戦どおりだ。
暴漢は動かない。
エリンの実力を測りかねていて、へたに動けないのかもしれない。
時間はこっちの味方だ。
もうすぐ街の守備兵を呼びに行ったエリンの仲間も駆けつけてくるだろう。
詰みだよ、暴漢くん。
だが、囮作戦がうまくハマったおかげで、わたしはすっかり失念していた。
暴漢は他にも2人いるということを。
エリンと向き合った暴漢はようやくプロ意識を取り戻したのか、
「ケラをやれ!」
と、その2人に鋭く命じた。
暗殺のターゲットを最優先するいいプロ意識だ。
だけど。
おかげで犯人わかっちゃいました!
わたしの名前はケラじゃねえっての。
背中の火傷はもう癒やしてもらったのかい?
命じられた2人が弾かれたようにこっちへ迫ってくる。
月明かりを照り返した白刃が死のカーブを描く。
研ぎ澄まされた刃がわたしの胸を切り裂き、わたしは死――
なないんだな、これが。
刃はわたしの服の布を切り裂いただけで、肉には届かなかった。
それどころか皮膚すら傷つけられなかった。
完全にノーダメージ。
ギジギジと金属がこすれる耳障りな音が響く。
驚いてバックステップした暴漢にわたしは「てってれー!」と服をめくって種明かししてやった。
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・鎖かたびら : 防御力200(Cランク)
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見よ、鉄壁の防御を!
格が違うんだよ、格が(武具ランク)。
そのプレーンDランクのダガーナイフ(攻撃力18)じゃ、傷ひとつつけられないよ。
むしろ刃こぼれしたんじゃないかな?
それほど武具のランク差というのは大きい。
念のためにCランク防具を『合成』しておいた甲斐がある。
そのとき、遠くから騒がしい音が響いてきた。
大勢が近づいてくる足音。
守備兵だろう。
時間切れだ。
―――
守備兵に逮捕された暴漢たちは黒幕の名をあっさりゲロった。
黙秘の意思すら見せなかった。
なんでだろうね?
報酬をケチったせいで雇い主への忠誠心がゼロだったのかな?
それともクソみたいなあだ名つけて暴漢の機嫌を損ねちゃったかな?
人の名前をちゃんと覚えないからこうなるんだよ、コーマック。
この暗殺の一件でスズキ工房の声望はまた一段あがった。
街に来た当初はどうなることかと不安でしかたなかったけど、どうやらしっかり根付くことができたようだ。
暗殺されかけたりもしたけれど、私はげんきです。




