15話「不審者」
城塞都市ミルトン市街地。
夜の帳が下りた路地裏。
隠れていた雲間から月が姿を現した。
抜き身の刃物が月明かりを照り返してきらめく。
ナイフ。
刀身の長さ的にダガーナイフか。
暗色のフードを目深にかぶって顔を隠した暴漢は、こちらを警戒する様子もなく近づいてくる。
そんな暴漢が他にも2人。
わたしは今、刃物を抜いた暴漢3人に囲まれて、殺されようとしていた。
―――
『スズキ工房』がミルトンで評判の新興鍛冶屋になってからしばらく経つ。
営業は順調そのもの。
朝店を開けてから夕方閉めるまで、お客さんがひっきりなしに訪れる。
接客、事務処理、資材の仕入れ、そして鍛冶作業。
すべての仕事を1人でこなしているため、客を選ばなきゃいけないくらい忙しい。
忙しすぎて昼食を食べる暇がない日もしょっちゅうだけど、少し前まで閑古鳥が鳴いていたことを考えるとありがたいことだ。
順調なのはわたしだけじゃない。
エリンたちも最近の活躍が冒険者ギルドに認められ、無事Dランクに昇格することができた。
これで駆け出しを卒業して晴れて一人前の冒険者になれたわけだ。
せっかくだし、なにかお祝いをしよう、とエリンに提案したんだけど……。
「いいよいいよ、そんなおおげさにしなくてー」
「遠慮することないって」
「あたしたちが遅すぎただけで、大したことじゃないんだから。むしろようやく? って感じだよー」
と、断られてしまった。
テルマとルイーズも差はあれど、似たような反応だった。
Dランク昇格は大したことだと思うんだけどなぁ……。
ちなみに冒険者ギルドが発表しているランクごとの分布内訳は以下。
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Sランク:不明
Aランク:ごく少数
Bランク:1%未満
Cランク:約5%
Dランク:約50%
Eランク:約40%
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このデータだけ見ると、DランクのほうがEランクより多いから、たしかに簡単に昇格できそうに思える。
エリンたちがそう思いこんでしまうのもしかたがない。
だけど、これは数字のマジックだ。
あまり知られてないことだけど、Eランク冒険者は毎月の更新日に、大量に登録解除されているのだ。
Eランク冒険者は「死亡・再起不能・失踪」など、さまざまな理由で活動を停止する人、つまり引退者の人数がDランク以上に比べてはるかに多い。
ゲームに例えると、『ユーザー数』に対して『非アクティブプレイヤー数』がとても多いのだ。
ゲームの運営者なら引退者のアカウントをいちいち削除したりせず放置するけど、冒険者ギルドとしてはそういうわけにはいかない。
ギルドが受注する依頼には、人の生命や財産に関わる重要な案件が多いからだ。
管理を徹底して冒険者の質を保たないと、ギルドの信用に悪影響を及ぼしかねない。
だから、Eランク冒険者は1か月に最低1度は活動実績がないと、引退者とみなされて登録解除されてしまう。
もちろん、死亡者は即登録解除。
新規登録者が多いから数が保たれているけど、水面下には、元Eランク冒険者の屍が相当な数眠っているはずだ。
ギルド側が積極的にEランクを解除して、人数を抑制しているのは明らかだ。
Dランク以上になると更新頻度が3か月に1度と緩くなるのだから。
わたしは以前、新人冒険者の受傷率や定着率を調べたことがあるからこのカラクリを知っているけど、なにも知らない人が見たら「Dランクなんてチョロいっしょ~!」と思えてしまうかも。
……むしろわざとか?
新規冒険者を獲得したいギルド側が、わざと簡単に昇格できそうに見せているのかも。
新規ホイホイだな。
実際には昇格する人より、引退の末路を迎える人のほうが多いのに……。
そういうわけでDランク昇格は大したものだし、エリンが一人前の冒険者なのは間違いない。
商売繁盛!
順風満帆!
がはははは!
仕事で成功するってかんたんやなー!!!(1敗)
―――
そんなふうに浮かれ散らかしていたときのことだ。
ゴンドが怪しい連中を見かけたと忠告してきたのは。
「怪しい連中?」
「ああ。店の外をうろついていた。目立たないようにしていたが、それがますます怪しい」
「カリスマ鍛冶師の威光に尻ごみしたシャイなフォロワーという線は?」
「……たまにおまえさんの言葉が呪文に聞こえるよ」
「すみません」
「まあ、気をつけるんだな。商売敵の嫉妬ってのは怖いものだ」
そんなふうに忠告されたものの、わたしはさして気にしなかった。
このところ店に出入りする人が急に増えたのだから、なかには怪しい人物も混じっているだろう。
だいたい、わたしからすれば冒険者なんてみんな怪しい輩に見える。
お客さんには申し訳ないけど。
荒くれ冒険者を相手に商売をするんだから、不審者の1人や2人ごときで騒いでいられない。
それに、ぱっと見は怖そうだけど、付き合ってみれば気のいい連中さ!
お金を落としてくれるしね!
そんなわけで、気にせずにいつもどおり暮らしていた。
表面上は。
それから、数日後の夜。
近所の酒場でエリンたちとの夕食を楽しんだ帰り道。
人気がなく薄暗い通りを歩いているとき、なにか違和感を感じた。
……つけられてる?
背後から気持ち悪い気配を感じる気がする。
尾行……?
気のせいかもしれない。
暗い夜道で不安になってるだけかも。
確かめてみるか、アレを。
秘技、CIA式かく乱術!
わたしはわざとめちゃくちゃに街路を曲がりまくった。
四角い区画で右折を4回繰り返したり(元の通りに戻る)、
突然立ち止まって元来た道を戻ったり、
とにかく無軌道に手あたり次第曲がりまくった。
スパイ映画で学んだ高等かく乱術だ。
この術を受けた対象は尾行阻害効果による『かく乱』状態に陥る。
ふふん、金かけたリアルな映像をじゃぶじゃぶ浴びて育った元文明人の知恵なめんなよ?
……。
たしかにかく乱することはできた。
ただし、かく乱したのは自分だったけど。
気がつくと、わたしはまったく見覚えがない通りにいた。
街はずれまで来てしまったのか、辺りには松明の明かりもほとんどなく、真っ暗闇に近い。
思いっきり道に迷った!
獲物が勝手に追い込まれてくれたからか、尾行者たちはもはや姿を隠そうともしなかった。
ぬるっ、と夜闇から姿を現した3人の暴漢が刃物を抜き放ち、そして今に至る。
『商売敵の嫉妬ってのは怖いものだ』
というゴンドの忠告が耳によみがえる。
嘘でしょ?
ちょっと売れただけで、命を狙われるわけ?
落ちつけ……。
落ちつくんだ……。
わたしの命を狙うとしたら、差し向ける可能性があるのはだれだ?
『なかには大っぴらには言えない仕事を喜んで引き受ける危ない連中もいるという話だ』
ふたたびゴンドの言葉がよみがえった。
まさか。
……ワグネリア親方が?




