11話「思い出の鎧」
わたしは倉庫の持ち主ゴンドと話をすることにした。
用件は2つ。
まず、泊めてもらったお礼を言うこと。
そして、倉庫をわたしの鍛冶場として貸してほしいと頼むこと。
商店のバックヤード。
わたしの話を黙って聞いたゴンドは、ヒゲ面を撫でた。
「エリンの友だちなら泊めるのはかまわないが……」
やはり、倉庫を鍛冶場として借りる件には難色を示した。
『ゴンドのよろずや』は父の代には武具屋兼鍛冶屋だったらしい。
鍛冶には興味のなかったゴンドは、父親から店を引き継ぐと鍛冶場を閉めて、現在のようなよろず屋に業態を鞍替えしたのだという。
でも、鍛冶師だった父親が鍛冶ギルドに所属していたから、闇営業がギルドからどれだけ敵視されているかよく知っている。
鍛冶屋を閉めたとはいえ、同じ商人であることにはかわりはない。
この街で商売をやっていくならギルドとのトラブルはできるかぎり避けたい、というのがゴンドの心情なのだろう。
まあそうだよね。
もともとかんたんにOKがもらえるとは思っていなかった。
「やっぱり、難しいですよね……」
「まあな……」
ゴンドはため息をついた。
「鍛冶師ってのはこの街じゃ特別なんだ。とりわけ、ワグネリア親方のような腕っこきなら、な」
「特別ですか」
「おまえさんも鍛冶師なら、腕のいい鍛冶師の鍛えた武具がどれほど強いかわかっているだろう。逸品ともなれば、使い手の力を何倍にもしてしまう」
EランクとDランクの武具に大きな差があるのは、わたしもわかっている。
それがCランク、そしてもっと上位ランクの武具なら……。
「だもんでワグネリア親方の信奉者は多い。貴族、騎士、守備兵、神殿関係者、それに腕利きの冒険者。彼らはみな親方の味方だ。ギルドがどうこう言うんじゃない。このミルトンで親方と揉めるのは利口じゃないってことだ」
「そんなに、ですか」
「ああ。なかには大っぴらには言えない仕事を喜んで引き受ける危ない連中もいるという話だ」
参ったな。
あのちびっこ親方、そこまで有力者だったんだ……。
たしかにやたらと工房がデカいから只者じゃないとは思っていたけど。
わたしもいちおう粘ってはみた。
テナントの賃料だけでなく売り上げの一部を支払う、というのを説得材料にしてみたけど、ゴンドは首を縦に振ってくれなかった。
「エリンの友だちなら力になってやりたいが、これだけは承服できない。すまんな」
これ以上説得しても、ゴンドを困らせるだけだ。
なにか他の手段を考えないと。
……。
……。
つーか、今の話シャレにならなくね?
街を牛耳るドンみたいな親方の一番弟子にヤキ入れて逃げたとか、よく考えたらわたしの立場かなりヤバいんじゃね?
ゴンドじゃなくても、わたしに協力したがる人なんてこの街にいないんじゃないか?
……謝罪するべきだろうか?
ワグネリアとコーマックに。
焼き土下座1発くらいでなんとか許してもらえないだろうか?
そのとき、エリンが帰ってきた。
「駆け出し冒険者エリン、ただいま帰還しました~!」
「おおエリンおかえり! ケガは!? どこをどうケガしたんだ!?」
ケガしてる前提か……!
さっきまで渋い表情だったゴンドの顔が一気に崩れた。
娘への溺愛がダダ漏れだ。
「あたし、無傷!」
「む、無傷だと……うそ、だろ……?」
ゴンドが信じられないと、飛びださんばかりに目をひんむいた。
いや驚きすぎでしょ。
ふだんエリンはどれだけ手負いで帰ってくるんだよ。
エリンは自慢げに自分の鎧を指さした。
「へへーん。ヨシノさんに鍛えてもらった鎧ほんっとにすごい! 腐肉狼の牙、まったく通さないから! おもしろいからわざと噛みつかせてみたけど、無敵!」
「そこは避けようよ、危ないから……」
まあお役に立てたならうれしいけど。
「お父さん! ヨシノさん神鍛冶師なんだから、よろしく頼むよっ!」
エリンはすぐに出て行った。
冒険者ギルドで依頼達成の清算があるそうだけど、その前にまずわたしに鎧のお礼を言いたかったらしい。
あ~鍛冶師冥利に尽きるってもんよ~。
エリンの姿が消えた戸口をしばらく見つめていたゴンドが振り返った。
なんだか妙に神妙な面持ちだ。
「何か月かまえ、エリンは冒険者になると言った。俺は反対したが、あの子はきかなかった。あまり反対すると、家出しかねない勢いだったから、しかたなく同意したよ」
「それは複雑ですね」
「冒険者は抜け目なく立ちまわれないとダメだ。ただ、あの子はしょうじき……なんというか、抜けてるところがあるだろ?」
「あるかもしれませんね……」
同意していいのかどうか、迷った。
自分から身内のディスを振っておきながら、他人がそれに同意すると不機嫌になる人がいるからだ。
まあ、つい最近年収分ぼったくられたクソザコカモの分際で他人を抜けてる扱いするのはどうかと思ったのもあるけど。
「案の定、エリンは冒険にでると必ずケガをして帰ってくる。毎回だ。言わんこっちゃないと思ったよ」
それは帰りを待つ家族としてはきついかもしれない。
しかも、これだけ溺愛している親ならなおさらのこと。
「あの子はいい子だ。そうだろう?」
「はい。とても!」
それについては文句なしに同意できる。
「じつはあの子の母親も冒険者でな。若いときは街でも評判の冒険者だった」
「じゃあ、エリンはお母さんの後を継いだんですね」
「……そうとも言えるな」
ゴンドは遠い目をした。
ん……そうとも?
この遠い目、そしてしんみりした雰囲気……もしかして……。
「現役時代の彼女は父親が鍛えた武具に身を包んで、赤い髪を颯爽となびかせて、そりゃあ輝いてたもんさ。困っている人を見かけたら助けずにいられない性格でね。いい人だったんだ。鍛冶の修行中だった俺はすぐに好きになった」
「エリンはお母さんに似たんですね。いい人だし、とても勇敢です。見ず知らずのわたしを助けてくれました」
「そうだな。あの子は母親似だ」
しみじみと、ゴンドは言った。
「あの子の母親は冒険の最中に亡くなった。そのあと、親方、つまり彼女の父親は鍛冶師を引退した。俺も辞めたよ。まだエリンは幼かった」
エリンのお母さんが亡くなっている……?
ということはまさか……。
「母親のあとを追ってほしくない。だからせめて防具はいいものをと思ってるんだが、あの子は頑なでね。あの鎧しか着たがらない」
「もしかして……」
「ああ。あれは俺が鍛えて、母親に贈ったものだ」
形見だったーーー!!!
さっきから薄々そうじゃないかなと感じてたけど、やっぱりーーーー!
なんてことだ……。
やってしまったぞ。
なんの変哲もないDランクの鎧にそんな由来があるとはつゆ知らず……。
どうりで新人冒険者の防具なのに使いこまれているわけだよ。
しかもこの話の流れ、プロポーズだよね……あの鎧はプロポーズの関係者だよね。
エリンにとってはお母さんの、ゴンドにとっては最愛の奥さんの形見の鎧を、勝手に精錬しちゃったわけだ、わたしは。
しかもドヤ気味で。
やっべー、ものすごいわき汗かいてきた。
思い出の品を、ぽっと出の赤の他人にいじくられたら、ふつうは不快になる。
わたしだってそうだ。
どうやってお詫びしよう?
……やっぱ焼き土下座か?
ゴンドが真剣な面持ちでわたしを見る。
「おまえさんが現れ、あの子がはじめて無傷で帰ってきた」
「それはいいこと、ですよね……」
「貸そう」
え?
いま、なんて?
貸すって言ったの?
「か、貸してくれるんですか? 鍛冶場を?」
「そうだ。貸す」
「でも、なんで?」
「そりゃあ、あれだよ。愛するエリンちゃんに頼まれたら、断れないだろう? パパとしてはよ、でへ、ぐへへへへ」
ただ娘にでれでれしてるおっさんだった!
さっきまですごくいい話を語る、これぞ大人って感じだったのに……。
なにはともあれ、わたしはついに鍛冶師としての活動場所を手に入れたのだった。




