第7話 願いの果てに④
「――待たせたね、二人とも。後は僕に任せるといい」
ロゼはネロとカレンの前まで歩み寄ることはない。
ロゼとしてはジェインの狙いをこちらに変えて少しでも二人に安全な状況を作りたかったのだ。
「無事かい、君たち」
と声をかける。
「はは、遅すぎですよ」
「でも、来てくれてありがとうございます」
話したいことは互いに他にも沢山あった。
だが、ここは戦場だ。まずは目の前の敵を打破することを優先するべきだ。
「ここからは三人で――」
とネロが言いかけた時、それを遮る形でロゼは言った。
「ここは僕に任せてほしい」
「それはどういう……」
「ひとりでジェインの相手をする、という意味さ。ジェインもそれを望んでいるだろうからね。何せ、彼の最終的な目的は僕にあるのだろうから。だから君たちは今のうちに体力の回復を図ってくれ」
それを聞いた目前の魔術師は目を見開く。そして笑いを堪えることができないくらい高揚した。
「――は、はははっ! 驚いたよ、ロゼ。君は致命傷だったはずだが。まさかそれを治癒させ、再び私の前に姿を現すとは思わなかった。だが、それは嬉しくもある」
ジェインの右腕が上げられる。一直線に肩の位置まで到達したところで、その掌に眩い光が唸りをあげる。
その中心がゆらりと歪み、鎌のようなシルエットを映し出す。そして完全な形が形成されたところで、その光は次第に弱まっていく。
中から現れたのはまるで死神が持つような禍々しい空気を漂わせた『大鎌』だった。それを目前へ振り、すうっと空気を切る。
「今再び、こうして貴様をいたぶることができるのだから!」
端から見ていたネロとカレンにはその意味が分からなかった。
しかし、対峙するロゼには見えていた。
一歩も動くことなく、たじろぐこともなく、ただ一言、ある魔術を紡ぐ。
その瞬間、ロゼの立つ空間が炸裂音を響かせ弾け飛んだ。
しゅー、と煙が上がりロゼの周りを包み込む。
「――ロゼさん!」
ネロとカレンはロゼの安否に不安を感じる。だが、それが一抹の不安だということをすぐに理解させられる。
巻き上げられた砂塵が薄まる。その中心から現れた人影はロゼという魔術師の原型を一切崩さない。
ロゼの目前には、魔獣を貫いた茨と同じそれが隙間のない渦状の簡易的な盾となり展開されていた。
「挨拶のつもりかい? なかなかに刺激的な行為だね、ジェイン」
ただ一言のやり取り。
「それはどうも。気持ちよかったかい、ロゼ」
それだけで十分だった。
今、それを合図にふたりの疾走が始まった。
◇
静寂な夜の大地に、二人の魔術師が矛を交える。
邪魔をする者は誰もいない。いるはずがない。
二人の死闘は常軌を逸している。
そして、二人の因縁に割って入れるはずもない。
ネロ、カレンは一歩も動けずにいた。
ジェインは大鎌でロゼに猛攻を加える。
ロゼは両腕に纏わせた茨を刃としジェインに対抗する。
「ロゼ・フェイズという男は天才的な科学者でありながらおよそ正反対に位置する魔術をも極めた。これにより、世界の真理に近づいたことで『魔導の三賢者』の称号を与えられたという。
つまりは魔術世界を管理する最高位の機関から認められたということだ。しかし、それと魔術師としての強さが必ずしも比例するわけではない」
「何が言いたい」
ジェインは不敵な笑みを浮かべる。
「単純な強さのみを追求した場合において、今の私は貴様に劣りはしないということさ」
ジェインの大鎌が一薙ぎに大地を抉る。
ロゼは悠々かわし反撃に出る。
「なあ、ロゼ。十四年前の地獄を覚えているか?」
「ジェイン。おまえ、何故それを」
そこで初めて見せるロゼの戸惑いの表情。
それをまるで今か今かと待っていたように、ジェインはふふ、と不吉な笑みをこぼす。
「何故ってそれは、この私が――
――その地獄を作り上げた張本人だからさ!」
高らかに宣言するジェイン。
隠されていたレイベルの真実が今、明かされた。
「おまえは魔導十二至宝をも研究対象としていた。それならわかるはずだ」
「――おまえ、まさかレイベルの地で禁を犯したのか」
ジェインは両腕を広げ、堰を切ったように大きな声で笑う。
「その通り。私はね、その至宝を人工的に精製する研究をしていたのさ。すべてはロゼという天才を超えるために。そして、それを証明するために。レイベルの住人には少しばかり犠牲になってもらったがね」
十四年前の地獄。
それを引き起こすためにジェインは精神的に擦り減ったカレンを利用した。
レイベルに住む家族を、友人を、もろとも破滅の波で飲み込んだ。
「……そうか。そういうことだったのか」
ロゼは静かに囁く。
だがその内面は今まで見たことも感じたこともない憤り、憎しみの炎が燃え上がる。
それを見て、ネロは改めてロゼという男を再認識した。彼はどうしようもなくレイベルの人々を愛していたのだと。
この上ないほどの明らかなる殺意をその目に宿すも、それを自制しようとする。彼はあまりにも優しすぎたのだと。
平静を保とうとしつつ、魔術師ロゼはジェインに対峙する。
彼らの剣戟は未だに止まることはない。
刃の打ち合う衝撃の一つ一つが、今もまだネロとカレンに届いてくる。
「ジェイン。あんたは誰からも認められる優秀な科学者だったはず。この先、人類の発展に大きな影響を与えるほど。それがどうして、このような愚かな行為にでた!」
ジェインは笑う。
限りなく溢れる高揚と嫉妬にまみれて。
「おまえは本当に馬鹿だよな。世間は、この世界は知っていた。私が遠く及ばないほど、ロゼ・フェイズは科学者として天才であったことを。どれだけ研究成果を世に出そうとも、ロゼはいつもその上をいく。
世界中が私を嘲笑う姿が目に見えるんだ。だから私はいつも、おまえが憎くて仕方がなかったのさ。私はいつか見返したかった。私はロゼという天才を追い越したのだと!」
だから、ジェインはレイベルで行ったのだ。
人工的な至宝の創製を。
「そんな、そんな下らない理由で奪ったのか。レイベルを。僕たちの故郷を。ネロやカレンの未来を!」
創製に必要なのは大量の血と肉、そして魂。
人工的な至宝はただの汚れた死宝だ。
至宝と違い、贋作であるそれは、ただの膨大な魔力を秘めた兵器にしかなりえない。
ロゼは間一髪ネロとカレンを救いはしたものの、それ以外の人間を誰も救うことができなかった。
「そうさ、愉しかったね。貴様の苦しんでいる姿、そして絶望に打ちひしがれるその顔を見た時は。もう二度と味わえないと思わせるほどの血の滾り。
あの時、初めて私はロゼに勝ったのだと実感したのさ! だが、それは最初の一歩でしかない。今ここで、魔術師としておまえを打ち倒すことで、私は――」
そこでロゼの一突きがジェインを弾き飛ばす。
だがジェインは止まらない。着地と同時に地を蹴り再びロゼに迫る。
対するロゼも目前の敵に向かい地を駆ける。
「――完全に貴様を超えることができるのだからッ!」
ロゼの一閃がジェインを切り裂く。
ジェインの一薙ぎがロゼを切り裂く。
同時に放たれた剣戟が火花を散らし交差する。
しかし、
「――ぐぁ!!」
苦しみの声を発したのはジェインの方だった。
ロゼの刃がわずかに早くジェインに届いたのだ。
ジェインの胸には一直線に切り裂かれた跡ができ、そこから血液が染み出している。
切っ先が届いたものの、致命傷には至らなかったようだ。
「また、なのか。貴様は研究者としてだけでなく魔術師としても、私の上を行くというのか」
先ほどまでの高揚感が薄れゆき、絶望の色が浮き上がる。
ロゼは答えない。
ただただ、見下すように冷ややかな視線を向けるだけだった。
「――ぐぐっ」
ジェインの美貌は瞬く間に剥がれ落ち、憤怒の表情を露わにする。
治癒の魔術で応急処置を施し、ロゼから距離をとるために跳躍する。
たった一度のそれで五十メートルは離れただろう。
ジェインは大地に右手を叩きつけ、怒り任せに術を唱える。
地面から現れる複数の災害。
「ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな――!!」
ジェインは再び機械の魔獣を呼び出した。その数は最初の数十とは比べ物にならない軍隊。
さらに、獣の形のみでなく、中には空想上の生物を模した魔獣も混ざっている。そして、竜の形をした魔獣に騎乗し、ジェイン自身も進軍する。
「このような結末など、認めてなるものかッ!!」
ジェインの魔術の神髄。もしも最初の時点でこれを発動していたのならば、ネロとカレンは文字通り成す術なく敗北していたことだろう。
使い魔の生成、そして使役。その最奥に至るまでの秘術がここに顕現する。
魔術師として最高ランクに位置するものですら称賛するであろうこの光景に、それを見てロゼは眉一つ動かさなかった。
「……愚かすぎて見ていられないよ、まったく」
ただ一言、落胆の息を吐く。
ロゼは天に腕を掲げ、パチンと指を鳴らす。
――チェックメイトだ、ジェイン。
地面が揺れる。
ジェインが白銀の鎖を出現させた時とも――
ロゼが棘で機械の魔獣を串刺しにした時とも――
比較にならないほどの大地の胎動。
ジェインたちを取り囲むように、円状に巨大な棘が突き上がる。
そして、大地そのものが宙に持ち上げられた。
土が暴風に吹き飛ばされ、それまで覆い隠されていたモノが顔を出す。
例えるならば、その形は食虫植物。超巨大なハエトリグサ。
出現した棘は、この化け物の牙であった。
ジェイン率いる魔獣の軍勢は退避する暇も与えられず――
――閉じろ。
その一言で、規格外なそれはジェインの魔術を一飲みにした。




