第7話 願いの果てに③
場所は研究所の訓練施設。
その一区画にドーム状の建物、闘技場が設置されている。円形で障害物など何も無い芝生のフィールド。それを囲むように配置された観客席。
しかしそれは激化する戦闘を経て意味を消失した瓦礫の山と化している。無論、開閉式の屋根も同様に。
頭上は一面に広がる雨の匂いを宿した雲の層。闘技場の外で燃え盛る猛き炎は、まるで聖火のように戦場を彩る。
死地に馳せた二人の能力者。
ネロ・ヴァイス。
カレン・ローザ。
無の霊獣ジェミニの力をその身に宿した特別性。
対するはロゼと同じく科学者でありながら魔術師でもある、世界の表と裏を股に掛ける叡智。
ジェイン・グレーザー。
目の前に立ちはだかるは黒の外套。
白銀の髪に真紅の双眸は、まるで地獄の鬼を連想させる。
「久しぶり、かな。ネロ、カレン。君たちから来てくれるとは思わなかった。これで、探す手間が省けたよ」
「ジェイン、――」
互いの距離はおよそ二十メートル程。
ここは不思議と静かだ。まるで世界から切り取られた異界のように。
ジェインの声がネロとカレンの声が、互いに鮮明に聞こえていた。
「で、君たちはどういう理由で私の前に出てきたんだ? 霊獣を差し出しにきた、というのはないにしても、まさか私を倒しにきたとでも言うんじゃないだろうね」
「そのまさかだ。僕たちはおまえを侵入者として排除する」
「本気で言っているのか?」
「本気に決まっています。わたしはもう、昔のように無力じゃない」
「ふたり揃って大口をたたく。実力の差を考えようとは思わなかったのか。君たちは能力者として覚醒してから一年半ほどしか経っていない。どれだけ鍛練を重ねたところで、経験という差は埋められない。
加えて私は君たちの製作に携わっている。故に、能力の種類、その基本的な性能は知り尽くしている。今までの仕事とやらのように初見での優位性はないと思え。逆に、君たちは私の魔術の何を知っている?」
ジェインの口が歪む。右腕が天に掲げられる。
瞬間、大地を貫き地上へと姿を現した巨大な白銀の鎖。
闘技場を円形に囲むように等間隔でそびえ立つそれらは中央で一つに絡まる。まるで消失した屋根の鉄骨を思わせる。鎖には紫の雷が纏わり、何者をも通さない魔術障壁へと転換させた。
「もう逃げられないぞ。今この瞬間、この場は私の領域と化した」
ジェインは続けて呪文を唱える。
足元から次々と浮かび上がる影は、次第に機械の魔獣としての色を燈す。
生物と遜色ない唸りと挙動はネロとカレンを次の獲物と認識する。
「さあ、狩りを始めよう。獲物は目の前の疑似能力者。加減はするな。数による圧制で、その肉を食い散らかせ!」
それを合図に、数十の牙はネロたちに向かって襲い掛かる。大地を振るわせ、砂埃を巻き上げながら迫りくる脅威。
そんな光景を目にしながらも、それに動じることはない。ネロも、そしてカレンも同じく。
あれはただの前座でしかない。ネロたちの真の敵は、その奥で薄ら笑いを浮かべるあの魔術師なのだから。
「――ネロさん。今回ばかりは補助だけじゃなく、わたしも一緒に戦うから!」
そう、ネロの隣につくカレン。
「カレン……」
そのまなざしには、今までにない決意が秘められている。もう陰から見届けるだけじゃない、ただ後ろについていくだけじゃない。そんな彼女に「後ろに下がっていろ」だなんてネロは言えるはずもなかった。
それにネロは、これが力の伴ったうえでの言葉だってことも分かっている。ネロが思っている以上にカレンは強いのだから。
「わかった。それなら今回は本当の意味での共闘といこうか、カレン!」
「もちろん!」
そしてお互いが目を合わせ頷くと、それを合図に魔獣へ向かって駆ける。
自分たちが生きのびるためだけではない。
研究所の家族たち、そして研究所という第二の故郷を守るために。
ネロとカレン。
ジェインの魔獣。
両者の距離は一瞬のうちに詰められる。
二人に対して数十の魔獣。数だけをみれば、圧倒的に前者が不利な状況。
加えてネロとカレンには複数の敵に同時に攻撃する手段を持ちえていない。ジェインはそれを知るが故に、複数の魔獣を呼び出し囲い込むように襲わせているのだ。
しかし、それは基本となる手段であり、あくまで決め手となる戦術ではない。四方から襲い掛かる魔獣だが、ネロは持ち前の格闘術で飛びかかるそれらを蹴散らしていく。
一体、また一体と魔獣は破壊され、血液とは違う燃料のようなものを飛散させる。ネロはそれを一滴たりとも浴びることなく次の魔獣に標的を定める。
対してカレンもネロと同じように徒手空拳で挑み、次々と魔獣を破壊する。
決して楽な相手ではないが、一歩一歩着実にジェインへと近づいている。
「――カレン、後ろ!」
そこで、ネロはカレンに隙ができていることに気が付き叫ぶ。が、すでに魔獣はカレンのすぐ後ろまで来ていた。
もしもあの魔獣が人間のように言葉を発するなら、こう言ったことだろう。
仕留めた、と。
事実、その牙はカレンの右肩に届き、今にも噛み砕かれそうになる。
だが、どうだろう。カレンはその痛みに悲鳴すら上げない。
ショックで声すら上げられないのか、はたまたその結果に頭が追い付いていないのか。
しかし、そのどちらでもない。
ネロは目前の魔獣を相手にしながら、横目でカレンの肩を見る。
いつまでたっても、カレンの肩が噛み千切られることはない。
血液すら流れることがない。
カレンはネロに対して笑みを浮かべる。
「大丈夫だよ、ネロさん。わたしがどんな身体なのか、あなたは知っているはず、だよね」
カレンは反対の左手で魔獣の頭を掴み、強引に引きはがして地面に叩きつける。それでも魔獣は活動を停止しない。身を起こし再び襲い掛かろうとする前に、カレンは右足で魔獣の頭を踏みつぶし、止めを刺した。
ふう、と息を漏らし、次の敵を相手にし始める。
ひらりと右肩から破れた袖が舞う。その内から露わになったカレンの腕は、人間のものではなく機械仕掛けの銀色をしていた。
忘れていたわけではない。
カレンの肉体は、その大半は命を繋ぐための装置と化していることを。
そして、それらは人の肉体とは比較にならないほどに丈夫なのだ。
「――その調子だ、カレン」
ネロも負けじと魔獣を薙ぎ払い、ジェインへの道を切り開く。
ペースが落ちることはない。確実に、着実に、二人は前へと進む。
そして最後の一体を破壊したところで、二人に襲い掛かる脅威は消え去ったかのように見えた。
ぱちぱちと手を鳴らすジェイン。
「見事だ。この圧倒的な戦況でここまで立ち回ったことは称賛に値する。だが、――」
ジェインはパチンと指を鳴らす。
それに呼応して再び浮かび上がる機械の獣。加えて、中空に稲妻が走り、そこから複数体の鳥獣が姿を現した。
「私は君たちに戦闘の指導をしているわけではないのだよ。これで終わりと勘違いしてもらっては困るね」
数にして先の二倍は優に超える。鳥獣型はどのような性能を所持しているのかは不明なまま。行け、という合図とともに機械の獣はネロとカレンを取り囲む。
ネロとカレンは再び窮地に立たされる。
あの戦闘をまた繰り返さなければならないのか。そんな苦痛が二人を襲う。
だが、やるしかないのだ。ジェインとて人である身。機械の獣を生み出すための魔力が無尽蔵であるはずがない。
繰り返し、繰り返し、獣を打ち倒すことになろうとも、いずれは魔力が枯渇し接近戦を強いられる場面が来るはずだ。
「カレン。今は目の前の敵を壊し続けろ。このまま耐え続けるんだ!」
「はい。わたしたちが倒し続ける限り、いずれは生み出す魔力に限界が来る。だから、それまで――」
破壊し続けさえすれば、あの強大な魔術師に、この戦場を作り上げた元凶に、二人の拳が届くはずなのだ。だからその瞬間まで立ち止まることは許されない。
しかし、彼らの希望はジェインの一言によって絶望へと塗り替えられる。
「そんな希望は持つだけ無駄だ。どれだけ魔獣を消そうとも、その度に魔獣を繕う魔力が私に還元される。消えれば消えた分、再び生み出すことが可能だ。
限界があるとすれば、それは生み出す魔獣の数量、もしくはそれらの強大さのみ。君たちの思惑など私に通用するものか」
「――、ちっ」
ネロはつい舌打ちをする。ジェインの魔術は思った以上に強力だ。相手を制圧する広範囲からの攻撃。その一つ一つが意志を持ち襲い掛かる。加えてそれは大本を絶たない限り無尽蔵に現出する。
現に今も、破壊した機械の獣の数だけジェインは再び生成している。
ネロもカレンも着実に体力を奪われ続けている。このままこの状況が続けば、どうなるかは言うまでもない。
何か無いのか。この状況を打破するための何かが。
そう、ネロは内心で祈りを捧げる。もしも神様がいるなら、どうか僕たちに逆転の機会を与えてほしい。そんなことを思ってしまうくらいに弱気になっていた。
機械の獣たちは個々による順の攻撃から一斉攻撃に移行する。
圧倒的な力を伴って迫りくる奔流がネロとカレンに覆いかぶさろうとした。
「――くっ」
このまま成す術もなく敗北する。
その瞬間だった。
「――――!」
突然鳴り響く地響き。先のジェインが発動した鎖の魔術とは異なるもの。
魔獣たち全ての真下の地面が裂け、緑の棒状のものが飛び出し、それらを貫く。
重なり響く断末魔。それが止んだ時、ネロたちに飛びかかってきた獣は一匹残らず、その機能を停止させていた。数多の獣を一瞬で散らしたそれは、一直線にそびえる茨の一突き。
そして立て続けに起こる異常。ジェインが発動した鎖による結界の一部が綻び、ガラスのように破壊され、大穴が開かれる。
そこから舞い降りる希望の光。
それは今か今かと待ち焦がれていたものだ。
戦場に馳せ参じた新たな勢力。
ロゼ・フェイズが悠然と佇んでいた。




