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第6話 失われた過去/壊された未来④

 祠から離れ、山を下る。

 僕たちが生きてきた日々を伝えた後、そのまま特に何があったわけでもなくジェミニと別れた。


「やっぱりわたしの行いは間違いじゃなかったんだね。あなたたち二人に、そして残された彼に、良き日々の訪れがありますように」


 最後に彼女はそんな言葉を残して満足気に消えていったのだった。

 謎が解け、すっきりしたこともある。

 だがそれと同時に、あらたな疑問も生じてしまった。

 時間帯は既に夕方。

 夕日が廃村を朱色で覆う。

 まるであの地獄を再現しているようで、一刻も早くここを離れたくなる。


 歩き、空虚な公園にたどり着く。

 まだ公園とわかるくらいには鉄の遊具が、石の机や椅子が原型を残している。

 だからと言って、特に用があるわけでもない。

 そのまま横目に通り過ぎようとする。

 その時だった。

 突然、プルルルと音が響く。

 ポケットの携帯電話から着信を意味する音が鳴ったのだ。


「はい、ネロです」

 こんな時に誰からだ、と思いながらも電話に出ると、良く知る声が耳に響く。

 ただし、その声は明らかに通常のそれではなかった。


『ネロ、聞こえるか』

「フランか、どうした。そんなに息を切らして」

『お前たちが出て行ってからいろいろあってな。単刀直入に言う。よく聞けよ。今、研究所がジェインの率いる機械の軍団に襲われている』


 ……。

 ……は?

 今、フランは何て言った。

 襲われている?

 ジェインに?

 機械の軍団に?

 訳が分からない。

 質の悪い冗談だろ、これは。

 だが、フランの焦りようはなんだ?

 明らかに常軌を逸している。

 考える。

 おそらく一秒にも満たない時間だっただろう。

 先の言葉を反芻し、そして結論づける。

 ここで疑うのは無意味、だと。

 話を先に進めるのが最適な判断、だと。


「フラン。お前の言葉を信じて話を進める。今の状況は? 大丈夫なのか?」

『大丈夫だ。って言いたいところだが、悔しいことに俺たち全員が束になっても追い返すことが難しい状況だ。数があまりにも多すぎる。

 倒しても倒しても湧いて出てきやがる。今は少しでも数が欲しい。ネロ、そしてカレンも。今すぐに研究所に戻ってきてくれ』

「そんな状況なのか。すぐにでも戻りたいところだけど僕たちは今レイベルにいるんだ。すぐに出たとしても八時間近くはかかってしまう」

『だろうな。だが、それについては心配するな。おまえたち、転送装置をミラから受け取っているはずだ。それを使え』


 確か、ミラさんから受け取ったあの立方体の機械。そうか、それがあったか。


「確かにミラさんから受け取ってはいるけどどうすればいい。僕はこれの使い方を知らないんだ」

『知らなくても問題はない。開けた場所に転送装置を置いてくれさえすれば、おまえたちがすることは何もないからな。こっちにある装置を起動しておまえたちの位置情報を掴み、研究所とレイベルを繋げる』

「後は待っていればいい、ということだな」

『そういうことだ。今シェルプを装置のある場所に向かわせている。あと十五分もあれば転移門が発生するはずだ』

「わかった。それまでに何かできることはないか」

『残念ながら何も。だがこちらに戻ればすぐに戦闘が始まる。おまえたちはそれまでに出来る限りの準備をしておいてくれ』

「わかった。言うとおりにするよ」

『すまないな。せっかくの休暇だっていうのに』

「いいよ。気にするな」

『はは、素直にそう言われるとなんだかムズ痒いな。……じゃあ、切るぞ』


 そして、要件を済ませると、フランは通話を切ろうとする。


「――ちょっと待て」


 不意に、僕はフランを止めていた。

 どうしても言っておきたいことがあったのだ。


『なんだよ』


 ただ一言、僕は伝える。


「死ぬなよ、フラン。どんな手を使ってでも生き延びろ」


 その一言を。

 スピーカーからは微笑する音が聞こえる。

 そして。


『ああ、もちろんだ。おまえとはまだ勝負がついていないからな』


 フランもそう一言だけ伝えた。



 これで彼との、

 僕が能力者として生まれ変わってからの最高の戦友との、


 最後の会話が終了した。



          ◇



 通り過ぎようとした公園に寄り、転送装置を配置する。

 そして僕たちは木製のベンチに二人並んで座った。

 フランの言うことをそのまま受け入れるなら、数分後に転移門が開き研究所に戻ることになる。そして間もなく戦闘に入ることだろう。


「そんな、研究所が襲われるなんて」

「その上、相手がジェインときた。こちらの手段を知り尽くしている魔術師だ。そう易々と追い払いことはできないだろう」

「みんな、大丈夫かな?」

「さあな。フランにミラさん、シェルプは何とかなるだろうが、それ以外は……」


 研究所にいる下位の能力者たちは無事では済まないだろう。

 今もなお、数秒に一人の割合で殺害されているのだろう。

 むしろ、僕たちが駆け付けたところで全員を救うことははなから不可能だ。

 だから僕たちができるのは彼らに加勢し戦うことで少しでも被害を抑えることだけ。

 一秒、二秒、三秒、と。そんなわずかな時間ですら煩わしい。転移門が開くまでの間、研究所で戦っている彼らのために何一つできやしない。早く開いてくれ、と願わずにはいられない。そんな焦燥感に襲われる。

 こんな状態じゃ身体が強張り、いざ戦闘が始まっても思い通りに身体を動かせない。

 何か気持ちを落ち着かせるものはないだろうか。

 何か、何か……。


「……ネロさん。今のうちに訊いておきたいことがあるんだけど、いいかな」


 顔を見ずにそう問うてくるカレン。その横顔はどこか一つの決意をもっているように見えた。

 彼女の透き通った声はある種の救いだった。今僕の頭の中を巡る感情の嵐を抑えることができるのならば、それはどんな話題であっても手放したくないものだった。


「……いいよ。言ってみろ」


 静かに頷くカレン。


「うん。祠では言いづらかったことがあるんだ。あの時、ジェミニさんに救われたことを知った時、ネロさんはその対象をわたしだけでなく『僕たち』って言ったよね。ネロさん、もしかしてあなたは……」


 わたしの知っている、救いたかった男の子なのか。

 そう聞きたかったのだろう。

 よかった。こんな状況じゃなかったら、また僕はごまかして別の話にすり替えていたところだ。


「そうだな。今更隠すつもりはない。カレン、君の思う通りだ」


 そういった瞬間、うう、とカレンが微かに涙ぐむ。


「実はさ、もう記憶は戻ってるんだ。僕の過去に何があったのか。どのような暮らしをしていたのか。すべて思い出した。もちろん君のこともだ。

 カレンの家でアルバムを見つけた時。悪いとは思ったが、好奇心には逆らえなくて。ページをめくり終えたその時、昔の記憶が堰を破ったかのように流れ込んできたんだ。

 多分、以前にレオから受けたあの術も効いていたのかもしれない。言い出せなくてごめん」

「そんな、それじゃあわたしがずっと想い続けてきたあの人は。わたしが救えなかったと思っていたあの人は……」

「僕、だったんだ。名前は今と違ったけどね。ネロ・ヴァイスとは能力者として、そして僕の心を沈める為に与えられた仮の名だった」

「わたしが能力者として覚醒してから初めて、あなたを見てその名前を言った」


 そうだ。

 レイベルで産まれ、そして名付けられた、僕を僕たらしめる証。

 そして、カレンの記憶に深く焼き付けられた存在。

 今の今まで閉ざされていた記憶の中枢。


 ――、ハクア。


 それが僕の本当の名前だった。


「君の言う通り。その時言われた名前が僕の本当の名前だった」

「そう、だったんだ。でも、そんな。そんなことって……。だったら、わたしはあなたを殺したことになる。あなたに救いを求める資格なんてないじゃない」


 その事実を再確認したカレンはより一層絶望に打ちひしがれる。

 カレンは今までずっと僕とハクアは別人だと言い聞かせて生きてきたのだろう。

 だからこそ、カレンは僕に対して”初めて会う人”として接することができたのだろうし、無茶な要求もできたのだろう。僕のカレンを救いたい気持ちも純粋に受け入れることができたのだろう。

 過去の思い出に縛られない者として触れ合うことができたのだろう。


 だが、どうだ。

 これが蓋を開けてみれば、過去の記憶にある想い人と同一人物で、カレンの過ちの被害者だったのだ。

 そんな相手に自分は救いを求めてしまった。

 なんという愚鈍さか。

 そう思われても仕方のないことを無意識的にでもしてしまったのだ。

 彼女にはもう、後悔の念しか残されてはいない。

 彼女の気持ちは分かる。僕だって同じ状況に陥ればそう思考してしまうことだろう。

 それでも。

 それでも、今回ばかりは例外だ。

 だから僕は少し的を外れているんじゃないかと思った。


「おまえは何を言っているんだ」


 だって、そうだろ。

 絶望の中にいる者が誰かに救いを求めるなんて、当然じゃないか。

 そして、それを乞われた僕は、記憶が戻ってからもずっと気持ちは変わらなかったんだ。だったら、それは決して間違いだとは言いきれないはずだ。


「カレン、ちょっとこっちを向いて」


 そう優しく声をかける。


「はい? ――いてっ。ちょっとなんでデコピン?」


 思い切り力を溜めて、彼女の額にめがけてデコピンを放った。


「馬鹿。流石に今のはお門違いだぞ」

「うぅ。なんでよ」


 涙ぐむカレン。

 少しだけ罪悪感が頭の中をよぎった。


「確かにそれはお前の気持ちかもしれない。だが、それはお前が望むことでなく、僕が望むだろうと思ったことだろ。

 何度も言っていることだけど、僕はお前の力になりたいんだ。それは記憶が戻る前も戻った今も変わらない気持ちだ」

「それでも、わたしの我が儘でネロさんに迷惑かけたくないんだよ」

「馬鹿馬鹿。ついでにもう一度馬鹿。お門違いって言ってるだろ」

「痛い痛いっ。ちょっとなんでまたデコピン? しかも三連発」

「迷惑なんてかけていいんだ」

「え?」

「時には哀しく、時には愉しく。互いに助け合いながら、互いに迷惑を掛け合いながら、一緒に歩んでいく。

 いつか言っただろ。僕たちは家族だって。それが例え、偽りのものだったとしても。だから、迷惑なんて、かけていいんだよ」

「ネロさん」

「それに、ちょうどいい機会じゃないか」

「え?」

「せめてもの償いがしたい。いつもおまえはそう言っていたよな」

「言っていたけど、……あ」


 何かに気が付いたカレン。


「思い当たること、あるだろ」


 カレンの表情に希望の光が灯る。


「そうだ。わたしはまだ、救える人がいる。レイベルの生き残りがまだいるんだ」

「ああ。そしてその人は今、再び計り知れない窮地に立たされている。迫り来るはジェインの軍団。奴はもう普通の法では裁けない。

 ならばどうする? 僕たちは闘うために生まれてきた能力者だ。ならば、やることはひとつ。そうだろ」

「うん。戻ろう、わたしたちの今の家に」


 その決意に僕は強く頷く。


「そして踏み出すんだ。未来へ進む、その初めの一歩を」


 言い終え、その時を同じくして、僕たちの目の前に虚空から光が灯る。

 円形の水面のようなもの。僕たちの位置を特定し転移門が起動したのだろう。

 あの光の環をくぐれば研究所に帰還できるはずだ。


「門が開いた。これで研究所に帰れるんだな」

「うん。行こう、ネロさん」


 二人同時に立ち上がり、門に向かって歩き出す。

 が、カレンは途中で立ち止まる。

 それに気が付きカレンの方へ振り返った。


「……あ、あの」

「どうした?」

「最後にひとつ質問」


 僕の方へ寄り、そして右手を握る。それは強く、決して離したくはないという気持ちの表れのようで。

 僕は何も言わず彼女の言葉を待った。


「――これから、あなたのこと『ハクア』って呼んでもいい?」


 唐突な出来事ではあったが、それでも僕は嬉しかった。

 それは今の僕がネロであると共に、カレンと一緒に過ごしたハクアであると認めてくれたと同義であるからだ。だから、すぐにでも僕は了承し、その名前で呼んでほしかった。

 でも、僕は言う。


「――ごめん。今はまだやめてほしい」


 カレンの繋ぐ手がほんの少し緩む。


「なんで?」

「僕はまだ研究所の一員、フランやミラさん、そしてシェルプの親友である『ネロ』として戦いたい。だから、全部終わってから。全部終わってからハクアと、そう呼んでほしいんだ」


 繋ぐ手はより一層強く、そして優しく。


「うんっ。全部終わったら、昔みたいに。あの日の続きを始めようね!」


 手を繋ぎ、お互いがお互いの存在を確かめながら進んでいく。

 次元の裂けめの奥に潜む深淵。

 研究所で生を受けた能力者として、僕たちが挑む最後の戦場へと。

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