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第6話 失われた過去/壊された未来②

 朝食、は既に終え昼食をも食べ終えた昼過ぎ。

 次第に人の気配が消えていき、今に至っては周りに人は誰一人としていない。

 数年間整備されていないであろうコンクリート。錆びついた標識やガードレール。そんないかにも古い道路をただただバイクで走り続ける。

 辺りに広がるのは一面の緑。そして行く手にそびえる山。

 微かにではあるが、潮の香りが風に乗って漂ってくる。あの山を越えれば、おそらくそこには目的地であるレイベルの街が見えることだろう。


「ねえ、ネロさん!!」


 というカレンの叫び声が後ろから聞こえる。


「どうした、カレン」


 と後ろに振り返らずに聞き返す。

 僕の運転する大型バイクの後ろにはカレンが乗っている。特にスピードを出しているわけではないのだが、カレンは振り落とされまいと言うかのようにがっしりと僕の身体に抱きついていた。


「何が安全運転をするから後ろに乗れ、よ。これって思いきり危険な運転じゃない。あ、ちょっと見た? 速度制限の標識あるでしょ、ねえ。なんて書いてた、ネロさん」


 と耳元で叫び続けるカレン。

 僕は渋々それに答える。


「……六十だ」

「だよね!! じゃあ次に速度メーターを見てよ。針はどこを指してるでしょう」

「……七十五だ」

「七十八だよ!! どう見てもスピード違反だよね。分かってる?」

「分かっているよ、それくらい。そもそもここって公道として成り立ってないじゃないか。それに加えて車も走ってなければ動物が住んでいる気配もない。そして見透しもいい。ならこれくらいはいいじゃないか。お前も早く行きたいんだろ、故郷に」

「早く行きたいっていうのはその通りだけど、それとこれとは話が別。わたし、規則を守らない人は最低だと思ってるんだから」

「最低ってなんだよ。そもそもここはすでに道路としては廃れているんだ。交通のルールなんてあったものじゃないだろ」

「あなたって普段は鬱陶しくなるくらいに真面目で規律正しい人なのにこういうところは大雑把だよね」

「時と場合によるだろ。まったく頭の堅いやつだ」

「堅いってなによ!」


 どんどん、と背中を叩くカレン。


「や、やめろって。ほんとに、ほんとに事故するって!」


 仕方なく標識に書かれた速度まで落としてバイクを走らせる。

 これで納得したのか、これ以上追及してくることはなかった。


「ネロさん、街にはあとどれくらいで着きそう?」


 と代わりに別の質問をしてくる。


「朝食を食べてから、かれこれもう二時間くらいは走ってるよね」

「だな。それでもあと十五分ほどで着くはずだ」

「そっか」


 後ろから抱き着く腕は、さらにいっそう強くなる。

 あまり、嬉しくはなさそうだ。

 むしろ不安がっているような、緊張感が伝わってくる。

 ここから先、僕たちは口を開くことなく走り続けた。



          ◇



 あれから十数分。

 レイベル、と思われる街の高台に到着した。

 海に面した小さな街でここを下りればすぐそこだ。


「着いたぞ」


 そう言って僕はバイクから降りる。

 続いてカレンもバイクから降りた。そしてヘルメットを取り、乱れた髪を正す。


「本当に、ここがわたしの故郷なの?」


 カレンはそのまま立ち尽くし言葉を失う。


「間違いない、はずだけど」


 とだけ言って僕は静かに見つめる。

 カレンがそうなるのも無理はないだろう。

 僕の目の前に広がる光景は、明らかに異質だった。

 雲一つない晴天の下、お互いがある種の希望をもって研究所を出発した。

 しかし、そんな希望は無慈悲な現実によって打ち砕かれる。

 彼女が帰りたがっていた場所は、憩いの日々を過ごした街は、すでに廃村と化していたからだ。


「――どういうことだ」


 カレンが研究所で新たな命を与えられたのは一年ほど前だ。

 ロゼさんが彼女の遺体を発見し、その身体に記録されたわずかな魂の欠片を取りだし修復する。そして疑似能力者として作り替えたカレンの身体に魂を再び植え付ける。

 ロゼさんの技術があればどれだけ長くても一年間あればすむはずだ。事実、フランやミラさんがそうであったように。

 そう考えるとカレンが一度死に瀕してから現在まで経った時間はおそらく二年程度。

 するとどうだ。人がいなくなったとしても街というのはこんなに早く廃村と化すのだろうか。

 至るところに雑草が生い茂っていて、家は錆や泥で汚れきって最早住める状態ではない。

 カレンの記憶が正しければ、この街全体が大火事に見舞われたことになる。だから、崩れている家が多数あったっておかしくない。

 だとしても。

 たった数年の間に街の色が消え去るなんてこと、本当にあるのか。

 例えば家の屋根。

 様々な色に塗装されていたであろうそれらは、すでに剥がれ落ち無機質な元の茶色い屋根瓦に戻っている。

 例えば標識。

 ここに来る時から気になってはいたが、赤や青といった色が全て剥がれ落ちている。

 海に近いことで、その潮風で錆びたりする速度は速くなるだろうが、果たして数年でここまでなるのか?


「ネロさん、ついてきて」


 とカレンの声に振り向く。言ってから、僕の方に一切振り返らずに歩を進めた。

 僕はバイクを押しながらカレンの後を追った。


「どうしたんだ。おい、待てよカレン」


 叫ぶもカレンは答えることなくただ歩き続ける。

 数分歩き続けた先、ある一軒家、だったであろう廃墟の前で立ち止まった。


「ここか? おまえの目指していた場所は」

「うん。たぶんここ」


 そう言って指を指した場所は、他の家と変わらず至るところが崩れていた。


「わたしの、家だ」


 静かに囁くカレン。

 その家の前にバイクを止める。

 ずっとその崩れた家を見つめる彼女に僕は「入ってみるか?」と訊いた。


「うん」


 と頷くカレンは僕の手を握る。

 え?

 驚きはしたが、そのような感情はすぐに消えた。

 カレンの手は、小刻みに震えていたのだ。

 何も言えず、手を引かれて開いたままの玄関をくぐる。


「ただいま」


 とカレンは言った。


「おじゃまします」


 と僕も言った。

 廊下を歩き、リビングを横切る。続けて階段を上り二階へ。そして、ある部屋へと案内される。


「――わたしの部屋、だ」


 カレンの部屋、だったところはなんとか面影は残しているものの、壁は崩れて剥き出しになっていた。大切に使用していたであろう机やベッドも今となっては粗大ゴミと代わらない始末。

 それを見て、カレンは目に涙を湛え、震える口で言葉を紡ぐ。


「懐かしい。この部屋も、このベッドも、この机も。間違いない」


 その涙が含む理由。

 決して悲しいからではない。

 カレンはたぶん嬉しかったのだ。

 また、この場所に帰ってこれたことが。

 幸せに生きていた自分が確かにいたのだと実感できたことが。


 少しの間の静寂が流れる。


「ネロさん。もう少しだけここにいてもいいかな?」

「ああ、ゆっくりするといい。僕は下のリビングで待たせてもらうよ。落ち着いたら下りてくるといい」

「うん。ありがとう」


 僕はひとり部屋を出て階段を下りる。

 ここがカレンの家だった場所か。

 外からの見た目と違い、埃だらけではあるものの、リビングは面影を残す程度には保たれていた。

 部屋を見渡す。


 ――何だ、あれは。

 ふと、一冊の本が目に入る。

 落ちていたそれを拾い上げ、積もった埃を払ってから開いてみた。

 それはカレンの成長の記録でもある写真を綴ったアルバムだった。

 小さな頃のカレンが両親らしき人物と一緒に写っている。女の子の浮かべる満面の笑みは見ているだけでも口元が緩んでしまう。

 次々とページをめくっていく。

 小さかったカレンはどんどん成長していき少女の姿までなる。この頃から家族以外の子どもの姿も写り始めた。皆、愉しそうで、幸せそうだ。


 ――ん?

 そこで気になる写真を発見した。カレンと二人の男の子が一緒に写っている写真だ。

 一人は緑色の髪で鋭い目付き。無愛想な表情をしている。そしてもう一人は薄い青色の髪で眼鏡をかけている。

 そのうちの緑色の髪の方だ。

 数多くいたカレンの友達のうちの一人。

 写真に写りたがらないこの子をカレンは無理矢理引っ張ってきている。

 どういう訳か無性に気になった。

 この男の子は一体誰だ?

 次へ次へとページをめくる。

 その男の子たちはカレンと同じように写真に残り、共に成長していく。

 いつまで経っても橙色の彼女と青色の彼は笑顔のままで。

 いつまで経っても緑色の彼は無愛想なままで。

 それでも三人は一緒にいた。


 ――そして

 恐らく十七才くらいであろう年齢の時点でこのアルバムは終わった。


「――嘘……だよな」


 そうとしか今の僕には言えなかった。

 そうだ。嘘に決まっている。

 こんなことあるわけがない。

 あっていいはずがない。

 それでも、この写真は真実を写している。


「――僕は、昔からカレンと一緒にいたのか?」


 緑の髪の少年はあまりにも、この僕と似ていたのだ。

 いいや、似ているなんてものじゃない。

 確実に僕本人だ。

 ふと思い、僕はその写真をアルバムから抜き取り、その裏を見る。

 そこに書かれていた日付が――

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