第5話 終わりの始まり③
あの後、逃げ出した所長はフランによって取り押さえられ、やって来た機関の者に引き渡したらしい。これで仕事は無事終了となる。
それにしても、ああいう怪しい連中は苦手だ。所長のことではなく、機関の連中。いつ敵にまわるか分かったものじゃない。
そんな心配をするのもロゼさんの研究、つまり人工的な能力者の開発も、奴らにとって執行の対象となりうるからだ。
所謂グレーゾーン。どこがいけないのだ、と聞かれれば、それは能力者を作る、という部分でなく人間の死体を利用しているところにある。
もしも生きた人間を拐い、利用していたとすれば、それこそあの男のように裁かれるのがおちだ。
このような行為の取り締まりにも率先して協力しているからこそ、なんとか友好な関係を続けられている。もしも協力を取り止めた場合、ロゼさんや僕たちはどうなるのだろう。
「――はあ。溜め息しかでない……」
と、不安で胸がいっぱいな僕の後ろについて歩くカレンはといえば。
「やっぱり、ネロさんはすごいね。憧れる。わたしも努力したらできるかな?」
テレジアでの一件以来、僕に対しての硬い言葉遣いが無くなった。
大変な仕事が終わった直後だというのに笑顔で訊いてくる。
何を浮かれているのだか。
とりあえず、僕は「できるんじゃないのか」と答えておくことにした。
「そんなことより、フランとミラさんはどこに行ったんだ? ふたりに何かあったのか?」
仕事が終わってからまだ姿を見ていない。まさか怪我をして治療しているなんてことないだろうな。と、ふたりの身を案じるも、そのようなことはなくカレンは首を振る。
「あのふたりは結界を張っていた人形を回収しにいっただけ。すぐに終わらせるから乗って来た車の近くで待っておいてほしいって。
研究所から坂道を下ったところの駐車場に停めてあるみたいだから、わたしたちは先に行こっか」
「そうか。じゃあ、少し歩くか」
カレンと一緒に物音ひとつない静まり返った夜道を歩く。先程までの争いが嘘のように思えるくらい穏やかだった。
「でもさ、あれだけの数の人形だ。どうやって持ち運ぶんだ。やっぱり車で、か?」
実はこの仕事の前に別の用があったため、ここまで列車で来たのだ。合流したのは作戦の準備が終わってから。あれは人の形をしているものの、そこまで知能がある訳ではない。
勝手に研究所から移動してくるとは思えないし、できたとしてもやらせようとは思わないだろう。だから、カレンたちがどうやってあの人形たちを運んできたのか気になったりする。
という率直な疑問だったのだが、カレンはその質問に首を傾げる。
「ネロさん。転送装置、知らないの?」
知らない単語が出てきた。カレンは当然のように知っているようで、どうやら僕は馬鹿な質問をしてしまったらしい。でも、知らないのだ。名前からして想像はできるけど、やっぱり知らないのだ。仕方がない。
「知らない。なんだ、それは」
「人形を転送すんだよ。その名前通りで。それはね――」
と言ってから説明をしてくれた。
……のだが、カレンのそれは難解であった。何を言っているのかさっぱりだ。そのため頭のなかで何度もカレンの言葉を反芻し理解して、それを要約してみた。
転送装置は持ち運び可能な小型の装置が複数(ここは代表してaとする)と研究所にある大元の装置Xの二種類があり、それらをペアにして使用する。
物質を瞬間的に移動させることができる一種の魔術礼装だ。小型機だけでは何の役にもたたず、起動している状態の装置Xによって小型機aが遠隔操作されている。
転送する時の状況がなんとも空想じみていて、次元をねじ曲げaとXの二つの空間を繋げる門を発生させるというのだ。鼻で笑いたくなるが、それが事実なので驚いた話だ。
ここで門の大きさなのだが、制限があり高さは約四メートル、幅は約二メートルと少し大きめの扉くらいしかない。故にそれ以上の大きさのものは転送できないことになる。
また、小型機aは消耗品でもある。門を発生させればそれは出力に耐え切れず十分程度で壊れ、門が消滅してしまう。
以上が転送装置の説明だ。
「ほんと、すごいよな。そんなものを作ってしまうなんて」
「うん。でも聞いた話だと、大本の装置は所長が作り上げたのではなくて、古代の遺跡から発掘した遺物を礼装として調整したものらしいよ。小型機だって開発には友人の力を借りたみたいだから」
「よく知ってるな。そんなこと」
「たまたまミラさんから聞いていただけだよ。そのミラさんはルークさんから聞いたらしいんだけど」
「ルークさん、か」
「うん。……今、どうされてるんだろう」
「さあな。そればかりは調べようもないだろ」
カレンは「そうだよね」と相槌を打つだけだった。
話しているうちにカレンたちが乗ってきたという車のところまでたどり着く。
カレンの言っていたように小さな駐車場になっていて、また地形を活かした展望台にもなっていた。山の麓に広がる街の灯りが無数に輝く。
雲のない星空と相まって、まるで湖に映し出された綺羅星を見ているかのような、幻想的な光景だった。
しかし、僕はそれを見ても気持ちを安らかにさせることはできそうにない。
「――あのさ、カレン。本当に僕に任せてよかったのか」
僕は、何ていうか行動は速いくせに後になってうじうじと考えてしまう。
本当に大丈夫なのか、と。
カレンは僕の言いたい内容を感じ取ったようで、もちろんだよ、と頷く。
「わたしはずっと、この生活を続けることが罪の償いになるのであれば、それでいいと思ってた。このまま果てるのもいいかな、って。でも違うんでしょ。ネロさんの言いたかったことは」
「そうだ。その思考はただの逃げでしかない。そんな考えを持っているままだったら、おまえはきっと何も成し得なかった。償いすら果たせないまま消えていくだけだっただろうさ」
カレンはずっと心の奥底でこう考えていた。
死んでいった人たちは、きっと自分を恨んでいる。死ぬまで苦しみ続けることを望んでいる。その果てにある破滅を見て彼らは充たされる。
だから自分は、己が命の尽きるまで、この世界から逃げるなんてできやしないと。
僕にはその心が理解できても賛同はできない。状況が状況だ。それがただの妄想だって何故分からなかったのか。
「そうだよね。そんなことから目を逸らし続けて、罪を償うという表面上だけの決意を持っていた。でもね、ずっと分かってたんだ。それがただの意地で塗り固められたものなんだって。
何かと最もな理由をつけて、本当の気持ちを抑え続けてた。罪の意識が全くないってわけじゃない。
それでも、自分のことだもん。戦うのなんて嫌。傷つくのは嫌。それ以上にみんなが傷付くところなんて見たくない。死んでいくところなんてもっと見たくない。
それに、みんながだれかを傷付けるところも見たくない。死という存在が恐くてどうしようもないんだよ。でも、それを口にしてしまうと、研究所での皆との生活を否定することになってしまいそうで、それもまた怖かった。
今の偽りの世界が、すべて夢だったなんて思いたくない。それでも、それでも――」
次第に伏せていった顔を上げ、僕の目を見据える。そしてまた、改めて胸に秘めた本当の気持ちを打ち明ける。ただ一言、強く確かな想いに乗せて。
「わたしはまだ、人として生きていたい」
カレンの中でも様々な葛藤はあったはずだ。
それでも、彼女はこうして前に進もうとしている。
止まった時を動かそうとしている。
これを聞いたとき、たぶん僕の口元は綻んでいたことだろう。胸のつかえが取れたようにも思える。それほどに、僕は嬉しかったかのだ。
「その言葉をずっと聞きたかった。ありがとう。これでやっと言うことができる」
これでやっと、本題に進むことができる。
カレンを元の生活に戻すための一歩を踏み出すことができる。
「――カレン。僕と一緒にレイベルに行こう」




