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第5話 終わりの始まり①

 肌寒い夜空の下、数多の輝く星を眺めていた。

 とある街の郊外にある研究施設。それを見渡せる高さの崖の上にひとりで。本当なら僕の視線は空でなくあの建物に向けられなくてはならないはずなのに。


「――綺麗だな」


 と、なんとなくではなく本気でそんなことを呟くくらい、僕はそれに見惚れてしまっていた。

 一つ一つは全く関係のない点だけど、それが集まることで何倍にも輝きを増し、そして美しくなる。その一点においてあの光る点の集合体は、たとえ僕のような学者でない者でも心が引かれるものだ。

 ところで、それは人間社会でも同じようなことが言えると思う。社会全体から見れば、人間ひとりひとりの存在など小さなものだ。家族や友人でもない限りその個人を認識することなどない。

 まあ、大統領のような国の頂点に立つ優れた人、もしくは逆に大事件の犯罪者などの恨まれるようなものは例外だが。

 そんなこの星に住む小さな存在であっても、複数の個人が集まれば、十分に大きなことを成し遂げることのできる大きな存在になりうるのだ。

 つまり、それは夜空に輝く星のように、それを見た、それを知った人々に勇気や希望を与えることができるということだ。


 ――と、まあ、こんならしくもないことを考えてみた。

 が、ここで言いたいことは『たとえ小さな存在でも、力を合わせれば何でもできるのだ』なんて希望に満ち溢れた前向きな台詞ではない。

 むしろ、全く逆のこと。星のひとつひとつが輝いているからこそ、集まればより大きな輝きになる。

 ならば、その輝きすら届かないほど小さな、見えない存在だったらどうなるのか。あの星々の輪に入って活躍することはできるのだろうか。

 僕は以前からカレンにはこんな危険なところでない普通の街で生きてほしいと思っていた。たとえ僕が死ぬことになろうとも、その決意は変わらない。それを言ったら、絶対にカレンに怒られるだろうけど。

 つまりは、だ。僕たちのような『一度死んだ人間』であり、光を失ったものは、あの社会という輪に入れるのだろうか、という話なのだ。

 もしかしたら、僕のやろうとしていることは、むしろカレンを苦しめる結果に繋がってしまうのではないか。

 そんな不安に駆られてしまう。

 やれやれだ。ここで悩んでいても仕方がない。僕はロゼさんと交渉してしまったのだから、もう遅い話だ。



          ◇



「――はぁ」


 大きくため息をつく。

 時刻は二十二時四十五分丁度。

 先程までの思考を一旦すみによせて気を引き締める。

 もちろんであるが、ここには遊びにきたのではない。今回もまた仕事だった。

 それは魔術機関からの依頼で、内容は極めて単純。

 生物兵器の研究を行うこの研究所の所長を捕らえて引き渡すことだ。その際、研究所を物理的に壊滅させることになっている。

 また、研究に関する重要な資料だけはロゼさんに渡す手筈になっていた。ただし状況によっては始末しても構わないとあるが、その場合は資料を持ち帰ることはできない条件だ。

 仕事を行うのはフラン、ミラ、カレン、そして僕を含む四人。

 今は待機中であり、順調にことが進めばカレンから作戦開始の合図が送られてくる時間だ。

 その方法はカレンがただこちらに来るわけでも、通信機に連絡をいれてくるわけでも、夜という時間を生かし照明弾を打ち上げるわけでもない。

 それは――


 突如、研究施設の一角が大爆発を起こした。

 衝撃波を伴う炸裂音と同時に壁が崩れ、穴が開き、そこから火を吹き黒い煙が立ちのぼる。僕の真下にある区画だけでなく、他の場所も次々と爆発を起こす。

 それらは自然に起きたものではない。研究施設内で混乱を生じさせるため、事前にカレンが内部に潜入し爆薬を設置してまわっていたのだ。

 気配遮断の礼装と施設の地図しか用意されていなかったにもかかわらず、カレンは手際よく見事作業を完遂させてくれた。これはもはや才能なのでは、と驚くくらい意外なことだった。

 建物が崩れる音の中、耳を澄ませてみると逃げ惑う人々の悲鳴が聞こえる。しかし、それは次第に怒声と機関銃の音に切り替わる。

 たぶんカレンが潜入していることに気づかれたのだろう。すぐさま助けに行こうと足を踏み出すが、その気持ちを抑えて立ち止まる。僕には他に果たすべき役割があるのだから。

 一度研究施設から目を離し、双眼鏡で高台から見下ろせる範囲での市街地の様子を確認する。

 この状況での心配事として、この騒動が施設の近くに住む人々に知られてしまうことがある。そこで、共につれてきた結界術専用の魔術人形に音を遮断する結界を張らせている。

 思惑通りか、道を歩く人々は何事もないように歩いてくれている。爆発音も人々の悲鳴も全く届いていないようだった。

 この分だと、視覚による感知も問題ないだろう。この結界は張られている間、外から見た様子は結界を張った瞬間の情報に固定される。その機能も問題なく働いているらしい。

 普通なら部下としてロゼさんの人形を信じたいのだが、何分これを連れてくるのは初めてなのだ。一回くらい問題ないか確かめたくもなる。


「さて、あっちも上手くやってくれているようだし。そろそろこっちも始めようか」


 すでにフランとミラさんも行動に移っているはずだ。ぐずぐずしている暇はない。

 黒の革手袋を両手に嵌め、崖へと歩いていく。


「……でもやっぱり、気乗りはしないな」


 そう、誰に対してでもなく囁き、僕は崖から大穴に向かって飛び降りた。



          ◇



 四月二十三日木曜日の夜のことだ。

 テレジアでの仕事から帰ってきた僕はロゼさんにいろいろと聞きたいことがあったため、話をする時間を作ってもらい部屋に伺う。


「やあ、ネロ。報告書は読ませてもらった。ずいぶんと面白い体験をしたみたいだね」


 そう話を切り出したのは、僕たち能力者が住まう研究所の所長をしている男、ロゼ・フェイズ。コーヒーを飲みながら悠然と僕に向き合う。


「面白い、ですか……」


 おおかた、あなたはテレジアで起こる出来事を予測していたのでしょうけど。それでいて僕たちにあえて言わなかった。


 ――たいした情報もなかったのによく帰ってこられたね。


 作り物のような笑顔の奥にそういう意味を含んでいるのでは、と考えると途端に不気味に思えて仕方がない。


「それにしても、ルークも裏切っていたとはね。こればかりは本当に残念だよ。昔から頼りにしていたのだけれども」


 そう声を落としてロゼさんは言う。


「ルークさんについてこれからどうされますか?」

「どうされますか、って。どうすることもできないだろ、あれは。好きにさせるといい」

「何もするな、ということでしょうか」

「そういうこと。するだけ無駄だ。ルークにも同士といえる者がいるのだろうが、協力したところでこの世から魔力を消滅させるなどできるはずがない。霊獣の性質を利用するにしても限度がある。できたとして、一定の範囲内にかぎるだろう。

 魔術師に対しての万能の切り札には成りうるが、魔力そのものに対してはただの一時的なしのぎにしかならない」

「ですが……」

「説得するにしても、裏切るような者はこちらから何を言っても聞きはしない。だからといって力で押さえつけることも難しい。君もやられたんだろ。僕にとってはそっちの方が残念だったりする。

 傷ひとつ負わせることができなかったなんて。もっとやれるものだと思っていたのだけれども、それは期待しすぎだったかな?」

「面目次第もございません」

「まあ、気にすることはない。あれは正真正銘、言葉通りの化物だからね」


 そしてロゼさんはこの会話を切り、次の話題に移行させた。


「――さて、確か君は僕に訊きたいことがいくつかあるんだったよね」

「はい。さっそくですが、至宝の降臨に関する魔術についてお聞きしてよろしいでしょうか」

「僕に答えられる範囲でならね」


「では」と言ってから、まず僕の知っている星座の魔術の手順を大まかに話した。


「僕はあなたからそのよう教えていただきました。ですが、その手順の中に含まれていない手順が実はあったのではないでしょうか」


 率直に言って、僕に隠していた事実はないか、という質問である。


「僕たちが遺跡の最奥にたどり着き魔石を祭壇に設置した時、何が起こったか。報告書を読んでいただいたのであればわかるはずです。僕は霊獣が実在していて、なおかつ星座の魔術に関わっているなど一言も聞いていません。

 所長に責任を押し付けるつもりは毛ほどもありませんが、せめて一言でも仰っていただければこちらとしても対策できてありがたかったのですが」

「確かに僕は君に星座の魔術と霊獣の関係を話すことなかった。これについては謝ろう。すまなかった」


 謝罪の意を込め、頭を下げるロゼさん。意外だった。ここまで素直な人だっただろうか。つい、気が緩んでしまう。


「君の言う通り、霊獣が現れることはあえて言わなかった。予想できていたが、その予想が当たる確率はかなり低かったんだよ。何せ根拠が全くないからね。

 こうあったら辻褄が合うんだけどなっていう、いわゆる妄想ってやつさ」

「妄想、ですか」

「そう、妄想。あるいは幻想かな。僕はまだ星座の魔術を試したこともないし、霊獣をこの目で見たこともない。ただ聞いたことがあるだけで。

 でもね、霊獣が十二の星座にちなんだ名を持ち、それぞれが強大な力を持つ霊子体であることも、僕の魔術の師である方から聞いていた。

 もしも予想が当たっていて霊獣が存在したとするならば、最高位の魔術師でなければ太刀打ちできないだろう。

 ならば、僕の虚言でネロやカレンを怯えさせるくらいなら、知らせないことで気を楽にして仕事を進めてほしいって思ったんだ」

「所長の気遣いってことですか。しかし、それが裏目に出てしまったと」


 少し失礼な言い方になってしまったが、ロゼさんは気にも止めずに微笑んだ。


「はっきり言うね。まあ、これについては言い訳のしようがない僕のミスではあるのだけれど」


 そう、ロゼさんは自分のミスを認めていた。ならば、もうこれ以上問い詰める余地はどこにもない。


「わかりました。これについては納得しました」

「納得してもらえて助かるよ」


 そう言うと、ロゼさんはマグカップを片手に立ち上がり隣の寝室へと歩いていく。


「ネロ。コーヒーはいるかい? 熱いやつだけど」

「それでは、お言葉にあまえて」

「了解」


 それからしばらくしてロゼさんが二つのカップを持ち戻ってくる。そして手渡されたカップに入れられたコーヒーを早速いただくことにした。可もなく不可もなく、けれどなんていうか珍しいな味だった。この研究所の食堂では出されることのないものな気がする。


「ところでネロ。君はコーヒーが好きかい?」

「ええ。まあ好きですね」


 これと言って大層な理由はないけれど。

 仕事の合間に飲むと落ち着く、というくらいで。


「それはよかった」

「所長はどうなのです」


 その問いに対して、ロゼさんは微笑む。


「僕はコーヒーが苦手だ」

「――え? でも……」


 飲んでいるじゃないですか。さっきから顔色ひとつ変えず、その味をじっくり愉しむように。


「だからって、棄てるわけにもいかなくてね」


 言って、ひとくちコーヒーを啜る。


「……これ、カレンからのお土産なんだよ。渡された時、断ることもできずに受け取ってしまったんだ。普段なら飲もうとも思わないはずなのに。なぜだか、あの時は無性に嬉しく感じたんだ」

「……」


 その時のロゼさんは今までに見たことがない、彼の周りを取り囲む苦悩を全て取り払われたかのように、穏やかな表情をしていた。


「ああ。だめだ。今のは忘れてくれ。他にも質問はあるのだろ? まさかこれだけで終わりなんてことはないのだろうし、さっさと済ませよう」


 そこで、彼の顔は普段のものに戻っていた。

 僕はロゼさんの言葉に続いて言う。


「はい。後二つあります。一つは星座の魔術について。これはずっと昔から存在していたものなんですよね」

「その通り。起源はまだ判明していないけどね」

「そこは、今は関係ないのですが。僕がお聞きしたいのは、そんなに昔からある魔術なのであれば一人や二人成功させた魔術師がいるのではないか、ということです」

「ああ、そのことか。成功させた魔術師ならいるらしいよ。百年近く前らしいけど。望んだ願いまでは知らないが、無茶な術の発動が原因で能力者の大半が消滅したとも言われている」

「では、最近は?」

「最近ねぇ。たしか中途半端な力を持った三流魔術師だが、ゲーム感覚で何人か至宝の降臨に挑んでいたはずだ。

 でも、そいつらは至宝を封じている遺跡に入ったきり出てくることはなかった。悪魔にでも食われたんだ、とかいうふざけた噂も流れたが、僕はそうではないと思っている。

 君は見たんだろ。霊獣ってやつを。そして試練を与えられそうになったとか。力を過信した……いや、実際に力はあったのだろうが試練を乗り越えることもできずに無惨にも散っていった。彼らはこの時思ったはずだ。なんて無謀なことをしてしまったのか、と。

 皮肉な話だよ、これは。――それで、最後の質問は?」


 これ以上話せることはない、ということだろう。ロゼさんはこれ以上話すつもりはないらしい。僕は諦めて次の質問に移ることにした。


「はい、この研究所自体のことです」


 実はこの質問が本題だったりする。さっきまでの質問はただの前座でしかなかった。


「僕たちがテレジアから帰ってきてからです。妙に静かすぎる気がするんです。まるで僕にとって親しい人以外の存在を感じ取れないくらいに。

 自分なりに調べて見たところ、明らかに下位クラスの能力者の数が減っていました。それに自我を持たない人形たちのほとんどが消え去っている。この研究所に一体何が起こっているのですか」

「ああ、あれか。ただ処分しただけだよ」


 速答だった。特別な感情のひとつも出さないで、僕の質問に答えた。


「……え?」


 あまりにも平然と口にしたため、聞き間違えたかと思った。しかし、そのようなことはない。彼は確かにそう言ったのだ。


「処分と言うと聞こえが悪いか。訂正しよう。彼らには僕の最後の実験を手伝ってもらった」

「……手伝ってもらったって、それは」

「僕が能力者の複製をしていた理由は封印された至宝の解き放つため、というのは知っているはずだよね。至宝の封印を解除するには能力者が必須。

 そのすべてを解き放つとするならば能力者の数が足りない。そうなれば、もういないに等しい。その問題を解決するのが能力者の複製。

 しかし、中途半端に真似ただけの模造品じゃあ意味がない。より本物の能力者に近づける必要があった。

 そのために僕は数々の疑似能力者を生み出したが、中でもフラン、ミラ、カレン、それに君を含めた四人は最高の出来といえる。

 そんな君たちを造り上げたことで、僕の能力者複製計画は一旦中断した。これ以上精巧にする必要性を感じられないからね」


 ロゼさんは愉しそうに話しつづける。その笑みは悪魔のそれに近い。

 今ならルークさんの言った言葉の意味が分かる気がする。

 ロゼさんの人格には致命的な欠陥がある。

 下位の能力者であろうとも、自我の持たない人形であろうとも、それはひとつの尊い命。たとえ創造主であろうとも、それを弄ぶことは許されない行為だ。

 彼はそれを分かっていないのではないか。

 理解しようとすらしていのではないか。

 それを今ここで再認識した。

 でも、それを止めることは僕にはできない。

 ロゼさんに逆らうことになるのはもちろん恐い。でも、それ以上に僕自身にそれを言う資格がないのだ。

 僕は命を尊いものだと考えておきながら、結局はロゼさんの目的に手を貸している。貸さざるを得ない身だから。そう仕方ないと耳を塞いで仕事をこなしてきた。

 ただの言い訳でしかないことも分かっている。だから、ロゼさんの性格や残忍さと同時に、僕がその事に目を逸らし続けてきたことも再確認させられた。


「みんなも、カレンも、そのことを知っているのですか」

「知っているよ。フランもミラも。カレンにはテレジアから帰ってきてすぐに知らせたからね。タイミング的に君が最後になってしまったが。なにか不都合があったのかい?」

「いえ、特には」


 今となってはもう遅い。できることなら、カレンには伏せておいてほしかったのだが。


「そうか、それならいいんだけど。フランやミラ、それにきみやカレンも。特によくできた能力者についてはまだ予定はないが、近いうちに実験の手伝いをしてもらうことになる。内容はそのうち伝えるよ。分かったね、ネロ」


 僕を直視する妖しく光る双眸。

 その言葉にどれだけの強制力があっただろう。まるで呪いであるかのように、僕の口からは「わかりました」と声が発せられていた。

 これについて、カレンはどう思っているのだろう。ただ、問い詰めるには気が引ける。

 これは急がないと手遅れになるかもしれない。まだカレンには何も話していないけど、勝手に仮の予定を入れるくらい問題ないだろう。


「……ああ、そうでした。最後にひとついいですか?」

「なんだい?」

「これは質問というわけではないのですが。所長はレイベルという街をご存知ですか?」

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