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第4話 異界よりの帰還③

 レイベルという小さな街でわたしは育ってきた。

 学校に通い勉強をして、休みの日は友人と愉しく遊んで過ごす。辛いことはいくつもあったけど、それでもわたしにとっては素敵な毎日だった。

 でも突然、その終わりを突きつけられた。

 わたしたちの街に悲劇が襲う。

 何の前触れもなく、突然現れた機械の獣たち。

 狼のような姿のものもあれば、蜘蛛のように複数の足を持ったものもいた。挙句には巨大な竜の姿をしたものまで現れる。さらには人の形をしたものさえ襲いかかってきた。

 目的も何も知ったものじゃない。それらはただひたすら、わたしたちの街を破壊し人々を殺しつくした。

 切り殺される者。潰される者。生きたまま喰われる者。人々の叫び声と、度重なる銃声。そして機械の駆動音に猛獣の咆哮。

 なんとかそれらの脅威から逃れることはできたものの、それまでに多くの人を失った。

 そして街の外れにある高台まで辿り着く。そこから見れるはずだった見馴れた景色は、すでに炎の海へと変貌していた。

 傷つき、体力も失いつつある。

 もう終わりだ。

 このままあの機械どもになぶり殺されるくらいなら、いっそこの崖から身を投じて死んでしまいたい。そんなことを考えて前へ一歩踏み出そうとした。

 その時だった。



「――それは良くない」



 背後から聞こえる何者かの声。


「あなたは、誰なの?」


 すると、背後の何かは、ふふと微笑する。


「私は『    』。魔術師です。この状況を打開したくはありませんか? 大切な人たちを救いたくはありませんか? あなたが望むのであれば、私はあなたの力になりましょう」


 わたしの耳に届いた悪魔の囁きは、まるで天から頂いた救いの言葉のようで。未だに会えない想い人の姿が脳裏に浮かぶ。機械に襲われ、死んでいった者たちのことを思い返す。

 わたしは頷いた。救いを望む、と。

 それが最大の過ちだとも気付かずに。

 好きな人だけじゃない。家族も友人もあの悪夢から救いたかった。救えるのなら、どんなものにもすがりたかった。

 だから、わたしに助言をしたあの魔術師の言うことを疑いもせず、鵜呑みにして行動を起こした。


 レイベルの山奥にある祠には守り神が眠っていると昔から言い伝えられてきた。

 それが眠るといわれる場所に赴き、魔術師から渡された石を祭壇に設置する。そして教えられら通りの言葉を唱えればよかった。



 これ、何かに似てません?

 そうです。昨日の出来事と同じ、星座の魔術を発動するための前準備です。

 ただ、違うところがある。それは霊獣を強制的に封印から解き放ち、至宝を生み出すこと。

 魔術師から教えられた方法は災厄を止めるものではなく、魔術師の野望を遂げるためのものだった。

 瞬く間に街は紅蓮の光に包まれる。

 家は焼け、道路は割れ、通っていた学校は崩れ。

 街中の人々は逃げ惑い、知り合いは次々といなくなり、家族と離れ離れになった。気がつけば、自分以外の全員が死んでいた。

 わたしの大切なものは皆、災厄ではなく自ら起こした破滅の焔が奪っていったのだ。

 わたしは走り続けた。

 途中、瓦礫に足をとられ転びもした。だけれど、立ち上がり走り続けた。

 足の怪我などお構いなしに。ただ必死に走り続けた。

 どこかに救いはあるはずだと信じて。

 しかし、そんなものは見つからない。ただの少女にこの災厄を止める手立てなどあるはずがなかった。

 それでも、一縷の望みを胸に秘めて進んでいく。

 そして至った結論。荒ぶる紅蓮の焔を、もう止めることは叶わない。ならばせめて、最期はあの人に会いたい。

 しかし、とうとう姿すら見ることができず、未来を夢見る少女は儚く散っていく。

 大切な人から贈られた透き通る宝石のアクセサリーを握り締めながら。



          ◇



「以上、わたしが死ぬ直前の話になります。わたしの記憶が偽物でない限りは、ですが。わたしには大切な人たちがいて、その人たちを助けようと足掻いた。最後まで足掻き続けた。

 でもそれは、救いではなく破滅の道に繋がった。結局はいいように利用されただけの、馬鹿な小娘だったんです」


 カレンがいろいろ悩んでいるようなことはわかっていたけど、まさかそこまでだなんて。どうやら認識が甘かったようだ。正直、何と声をかければいいか分からない。

 彼女は懺悔するかのように弱々しい声で告げる。


「わたしは、家族や友人たち、罪のない人々を死に追いやった。どうしようもない人殺しだったんです」


 自分が人殺しだった、か。嫌な響きだ。

 まさかカレンからこのような話を聞くことになるとは夢にも思わなかった。

 怒り? それとも落胆?

 どのような意味を含むかもわからない大きな溜め息を吐く。


「本当に馬鹿だよ。おまえは」


 頭のなかの思考が入り乱れて酷い頭痛を起こしそうになる。でも、それが治まった時、僕がカレンに向けてかけてやりたい言葉は決定した。


「なんでそれを早く言わないんだ」

「ごめんなさい」


 と、反射的に謝るカレン。

 また涙を流しそうで、重い責任感に押し潰されそうな辛い表情をしている。

 そんな顔をするな。僕はおまえを責めるつもりはないんだから。


「でも、こうして打ち明けてくれたことは素直に嬉しいよ。ありがとう」


 そう言ったとき、カレンは今の状況に理解できず慌てふためく。あの辛そうな表情は徐々に消え去った。


「あ、あの。わたしの話、聞いてましたか?」

「もちろんだ。おまえの話してくれた内容は全て理解し、そして記憶した」

「それなら、どうしてそんなことが言えるのですか。もっと怒ってくださってもいいでしょうに」

「たしかにそうだ。カレンの言う通り。でもな、おまえは故郷を滅ぼそうとしていたのか? 違うだろ。

 故郷の破滅に繋がったのだとしても、皆を救おうとしてやったことなんだろ。命をかけて動いた上での結果なんだろ。

 だったら、罪を問われるべきは魔術師だ。おまえは誇りを持つべきなんだ。たとえどれだけ悔やもうと、自分の命懸けの行動を恥じるなんてのは間違っている。そう僕は思うな。

 それに、こうして話してくれたことで、僕はおまえの抱える問題について一緒に考えることができるんだ」


 人の想いは口にして表さなければ伝わらない。

 だから、僕はずっとカレンの苦しみを知ることができなかった。

 でも、カレンが話してくれたことで、彼女の苦悩や想いがこうして僕に伝わったんだ。

 真実をずっと隠していたことや、自身を責め続ける姿を見て生じた苛立ちの感情を完全に払拭してしまうくらいに、僕は嬉しいと思えた。


「まあ、どうしても自分のことを責めたいのなら、ずるずる引きずってその悩みを今まで打ち明けなかったことを責めることだな」

「でも、わたしは……」

「カレン。おまえはいつからこんなにうじうじするようになった。結局は過ぎた話。その現実が変わることはない。いつまでも後ろを向いてずに、前を向いて歩き出せ」

「ネロさん……」


 そう呟いたカレンは、抱えていた大きな不安から解放されたようで、さっきまでとは全く別の意味で泣きそうな顔をしていた。

 それを見て、僕もつい微笑んでしまう。


「――とは言ったものの、こうして打ち明けられてやっぱり戸惑っている」

「ですよね。このままで終わらせるわけにもいきませんし」

「ああ。おまえの行いで死んでいった人たちにせめてもの償いをしなければならない。当然だろ。たとえどのような理由であっても、罪を犯した者は裁かれる。だから、おまえもけじめはつけなきゃな」

「けじめですか。でも、具体的には何をすれば。警察に行ったところで相手にしてもらえるかどうか」


 警察か。さすがに無理だろ。普通の事件であれば大抵はなんとか対応してくれるだろうが。

 せめて魔術関連の機関に行きなさい。でも、行ったら行ったでおそらく無事に帰ってくることは出来ないから個人的には止めてほしい。

 カレンはぶつぶつと独り言を呟いている。

 どうすれば償いになるか、そんなことを彼女なりに真剣に考えているのだ。どれだけ辛くとも、それは向かい合わなければならない彼女の過ちなのだから。


「――もしかして、そうだからなのか?」


 カレンは僕の何気ない呟きに首を傾げる。

 ふと思ったことがある。昨日の遺跡での出来事。レオとの対話の時のことだ。


「僕がレオに記憶の修復を頼んだとき、おまえはしきりに止めようとした。それは――」


 そこまで言ったところで、カレンが続きを話す。


「思い出さない方がいい記憶だって、たしかにあるからです。わたしの過去のように。

 だから、もしネロさんもわたしと同じような経験をされていたら、と思うとどうしても止めたくなったのです。わたしと同じ、辛い目にはあってほしくない」

「そっか。僕のことを考えて」

「はい。だから、もしネロさんにも悩みがあれば相談してくださいね。話を真剣に聞いてくれたことや、励ましてくれたことのお礼です。

 今度はわたしが話を聞いて、あなたのことを励まさせていただきますので」


 カレンはまだ赤く染まったままの顔で微笑みを向けた。

 ――強いな、おまえは。

 そう誰に言うわけでもなく囁いた。


「え、何か言いましたか?」

「何でもない。もうすぐ列車が来るころだ。ホームまで行こう」


 そう言って、僕は立ち上がった。


「帰ったら、一緒に今後のことを考えよう。な、カレン」

「はい。ネロさん」


 食事のゴミを片付けて席から立ち上がり、一階の改札に向かい階段を下りる。

 僕の前には憑き物が落ちたように軽い足取りで階段を下るカレン。


「そうだ、カレン。一つ頼みがあるんだ」


 言いながら、僕はポケットから二枚の切符を取り出した。

 それらは先程購入した研究所の最寄り駅まで必要な切符だ。


「僕さ、往復切符を持ってることを忘れていて、帰りの乗車券を買ってしまったんだ。一緒にこの分も経費で落としてほしいってロゼさんに頼んでくれないか?」

「え、無理ですよ」

「うわ、即答かよ」

「嘘ですよ、ネロさん。やるだけやってみましょう」

「カレン、助かるよ……」



 白状するとさ、僕は弱い生き物なんだ。


 ――本当に馬鹿だよ。おまえは。


 そう言った時、本当はもっとカレンを責めようとしていた。

 自分で言って背筋が震えた。

 僕ってこんなに冷めた口調で言葉を発することができたのか、って。

 僕はそんなに出来上がった人間じゃない。

 よくお人好しだの、過保護だの、まるで手本のような人格のように見られてきた。けど、僕は聖人のように何でも寛容できる大きな器なんて、やっぱり持ってはいないんだ。

 そこにどのような理由があったところで、街を壊し、罪のない人々を死に追いやったという事実は、どうあっても軽々しく許せない。

 悪く言えば、おまえが騙されさえしなければ状況は変わったんじゃないのか、ってことだ。

 人が人を殺すこと。それは人がするうえで最も許されない行為だと考えている。その考えを簡単に覆すことなどない。


 ――もう黙れ。おまえの口からは何も聞きたくない。


 無意識のうちに何故か分からないほどの怒りがこみ上げ、それでも思いとどまった。そう言ってしまえば、どれだけ気が楽になったことだろうか。

 でも、それじゃあ駄目なんだ。

 それで本当にいいのか?

 突き放すだけでいいのか?

 自分自身の内側に訊ねると、答えはすぐに返ってきてくれた。

 否。ただその一言。

 そう答えを出せることができたからこそ、僕は勇気を振り絞って打ち明けてくれた彼女にあのような言葉をかけてやれたのかもしれない。

 ルークさんも言っていたけど、僕は昔と比べてそんなに変わったのだろうか。

 昔の僕がこのような状況にあった時、どのような答えを出していたのだろう。もしかしたら、それが当然であるかのようにカレンを突き放したかもしれない。

 だとすれば、僕は変わったことになるのだろうか。成長したことなるのだろうか。

 ……やっぱり、自分ではよくわからないな。



 何はともあれ、慌ただしい二日間。

 思いがけない出来事だらけではあったが、最終的にはこうして笑顔で列車に乗ることができる。

 それが、今の僕には他の何よりも嬉しかった。

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