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第3話 地底に眠りし光の霊獣⑥

 何が起こったのか自分でも理解できなかった。

 ルークさんの前にひざまづく僕。満身創痍で足下はふらつき、息も荒く、今にも倒れそうな状態。

 能力により徐々に損傷が消えていくものの、ルークさんの猛攻に加え自身の能力による体力の消耗は苦痛となって今もなお襲いかかる。

 たしか僕はルークさんの背後から攻撃を繰り出したはずだ。しかし、こうして僕が倒れているということは――


「……負けたのか、僕は」


 本当に情けないものだ。


「ネロさん!」


 叫んだのはカレンだった。自分の身も顧みず僕のもとへ駆け寄ってきて僕を支える。ルークさんはその様子を見ているだけで、やはり襲いかかる様子はなかった。


「ネロさん。もう身体が……」


 その声は震えていた。カレンの目から大粒の涙が流れ落ちていたのが掠れた視界からでもよくわかった。


「カレン、僕は無事だ。それよりも、ここから離れるんだ」


 ルークさんは見逃すとは言ったがそれもただの口約束。いつ破られるかも分からない。


「心配せずとも、これ以上おまえたちに危害を加えるつもりはない」


 ルークさんはそう言ったものの、僕は完全にその言葉を信用することはできなかった。僕は無意識に訝しげな目で見ていただろう。

 ルークさんは小さくため息を吐く。


「おまえはまだ疑っているようだが、しっかりとした約束だ。おまえたちからは手を引くことを誓おう」


 そして、少しの間を開けて言う。


「――よく耐え抜いた」


 微笑んだ、ように見えた。

 実際は全く表情を変えていなかったかもしれないが。

 そんなルークさんの言葉と笑みは、僕に反抗する気を完全に失わせた。

 力の差を思い知らされたことは当然であるが、それとは別に気がついてしまったのだ。

 うっすらと、ではあったが。

 ルークさんの表情は戦闘前と変わりこそしないものの、内心ではもう僕のことを敵と認識していないのだろう。一人の弟分を見る目のような、そんな気持ち悪いほどの暖かささえ感じる。

 このような人物にこれ以上歯を立てることなどできはしない。もしここでさらに欲張って戦闘を続けようものなら、それはもう許されざる行為だ。


「しかし、正直驚いた。この攻撃に耐え、まさか攻撃に転じてくるとはな。俺もまだまだ鍛練が足りないってことか」


 馬鹿を言うな、と心のなかで苦笑する。

 これ以上強くなったら、それこそ手の付けようがなくなる。

 大きく息を吐き、平静を取り戻そうとする。状態保存の能力を解き、荒かった呼吸も整ったところでルークさんに訊ねた。


「あんたは何故、ロゼさんを裏切ってまでそのようなことをするんだ」


 その問にルークさんは間髪いれずに答える。まるでネロの質問をすでに知っていたかのような反応であった。


「では逆に訊くが、おまえは何故そこまでしてロゼの命令を果たそうとする?」

「そんなこと、当たり前のことだろ。ここで改めて説明する理由がどこにある」

「そう。それもまた一つの答えだ。ならばロゼの行いに疑問を持ち、裏切ることもまた一つの答えになるのではないか?」


 と言うと、視線を霊獣に移す。

 僕の方には見向きもしない。完全にはぐらかされた。


「それでは霊獣はもらっていく。見逃すのはお前たちのみ、という約束だからな」

「知ってるよ。もう好きにしろ」

「言われずとも」


 ルークさんはこつこつとゆったりとした速度で歩を進め、気を失ったレオのもとに一直線に向かっていく。側によるとすぐにレオの身体に手を当てた。


「ほう、あれほどの傷がもう塞がっている。これは霊獣の持つ魔力ゆえなのか、それともカレンの能力のおかげなのか。なかなか興味深いものだ」


 すると、その巨体はみるみるうちに淡い光となって粒状に拡散する。そして、再び集まると手のひらに収まるほどの黄金の球状に変化した。


「ルークさん。あんたは本当に魔術の世界を壊すつもりなのか」


 僕とルークの距離は十数メートルは離れている。

 僕の声は囁くような小声になってしまった。しかし、ここは物音一つない静かな空間だ。ルークさんにしっかりと届いてくれたようだ。


「そのつもりだ。どうする? 阻止するためにまだ殺り合うか?」


 それに対して僕は横に振る。


「殺り合わない。代わりに教えてくれないか。魔術の世界を壊すなんて、どうやってするつもりなんだ」


 いくら霊獣という破格な魔術兵器を手にしたところで、ロゼさんを含むあの三人の魔術師が存在している時点で成就できるとは思えない。


 ルークさんは僕から目を逸らし、そして少し考える仕草をする。そしてすぐに僕のほうへ視線を戻し言った。


「人は何故この星で生きていけると思う?」


 ――え?

 突然投げ掛けられたその問いの意味を理解できずにいる僕に、ルークさんはさらに続けて言う。


「この星には呼吸をするための空気がある。空腹を満たすための食料がある。その他諸々、人が生きていくためには最低限欠かせない物がいくつもあるだろ。

 もしそれが無くなれば、人は、生き物は死に絶えてしまうだろう。ならば、人が魔術師として生きていくために必要な物はなんだ? それが無くなればどうなる?」


 そこで想像する。

 そして到るこの世界から魔術師を消し去る方法。


「――まさか」

「察したか」


 ルークさんのやろうとしていることが何となくではあるものの予想できてしまった。

 霊獣は魔術を使用する時に膨大な魔力を吸収し消費する。その性質を利用しこの星に存在する魔力を根こそぎ奪って枯渇させるのだろう。それがこの星を覆うレベルでの実現が可能なのか、という疑問はあるが。

 もしそれを誰にも気づかれないような場所や状況で行えば、誰も血を流すことなく魔術師という概念はこの世から絶滅するだろう。


「魔力の完全な消滅、か。破壊と言っておきながら魔術師そのものを殺すわけではない。あんた、どこまで平和主義者なんだ」

「流石はネロ。似た者同士ってことはある」

「どこかだよ。確かに僕は善良な人々を傷つけたくはない。死に至らしめるような行為はもってのほかだ。

 何事も極力は平和に解決したいと思っている。それでも似た者同士ってのはあり得ないな」

「そこまで言うか? だが、分かってくれて何よりだ。俺にとって憎むべきは魔術師の存在。決して人間の存在ではないからな」


 ルークさんは今まで僕に見せたことがないほどの穏やかな微笑を浮かべるのだった。


「今日はいい日だ。懐かしい顔も見れたし、仕事も無事に終わりそうで」


 そうして僕の方に戻ってきて腰を折り、顔を僕の顔の正面へ近づけてくる。


「ところで、だ。俺は今のおまえを高く評価している。どうだ、一緒に来ないか?」


 つまりは、ルークさんと手を組んで魔術の世界に反逆しないか、ということだ。

 僕はその誘いの答えに迷うことはない。

 隣で僕を支えてくれるカレンを見て、そして言った。


「勧誘のつもりか? 生憎僕にはやることがあるんでね。あんたと一緒にはいけないよ」

「そうか、残念だ。それならこれからはおまえとは敵同士になるかもな」


 と言い、ルークさんは踵を返す。

 それと同時にごごご、と地響きが鳴り始めた。

 霊獣の力が失われたからなのか、真っ白な空間は崩れ去り元の遺跡へと戻っていく。

 完全に遺跡となった時、中央の円柱や祭壇は再び出現し、戦闘によって生じた壁の崩れや床の大穴も、ルークさんが槍で破壊した壁もすべて消えていた。

 違うところがあるとすれば、それは祭壇に設置した魔石が粉々に砕け散っていたことくらい。ルークさんはそれを気にも留めない。


「そういえば、一つ訊いておきたいことがあったんだ」


 首だけ振り向き、ルークさんは問う。


「おまえは何故そうまでしてカレンのことを想う。俺にはそれが不思議でならない。おまえたちは出会ってたかだか一年ほどの間柄のはずだろ」


 僕は迷った。それは明確な理由など、どこにもなかったからだ。


「――僕にもわからない」


 カレンを失いたくない。

 カレンに平和な生活を送ってほしい。

 それを実現させるために、僕は再び命を与えられたのではないのだろうか。

 そう思ってしまうほどに、心のなかで渦巻く謎のもやもやが僕の行動を支配するようで。


「分からない? では、おまえはその感情をどう説明するつもりだ?」

「さあな。恋、ってやつなんじゃないのか」


 と冗談のつもりで言ったが、すごく後悔した。

 カレンは僕から目を逸らし、恥ずかしそうに顔を赤らめる。ルークさんは馬鹿にしたように口元を歪めた。


「はっ、よく言う。俺にはこんなこと言えないな」


 そしてルークさんは遺跡の出口に向かって歩き出した。目的の霊獣を手にしたルークさんにとって、もうこの場に用はないらしい。


「では、最後に一つ忠告しておこう。おまえはやはりロゼのもとにいるべきではない。選択を誤ればいずれ絶望の淵に沈むことになるだろう。覚悟しておくことだ」

「……どういう意味だ」


 と訊き返すも、ルークさんはまともに取り扱おうとはせず、蜃気楼のように消えていくのだった。



 ――真実は自分の手で掴みとれ。



 という言葉だけを残して。



          ◇



 旧校舎の講堂を出て、月の光に照らされた地上に戻った時、時刻は夜の十時を過ぎていた。

 学園から出る時は、ここに来たときと同様に外壁を跳び越えることになった。

 体力を消耗しているにも関わらず無理をして跳び越えたため、そこからは本格的にカレンの肩をかりて帰路につくことになった。

 外壁を越えるまでの途中、森のように木々が植えられた場所の中で不自然に開けた場所があった。

 特に何かあるわけでもないのに、木が一本も植えられていない。切株も無いため、伐採されたというわけでもないだろう。

 と言うより、よく見れば雑草すらなく耕された後のような土の色だけが広がっていた。

 まるでその地点にだけ集中して爆撃にあったかのようだった。

 ルークは白い空間に入ってくる際に壁を突き破ってきた。まさかとは思うがこの地点から槍による投擲を行ったのでは……

 今となってはそれが関係しているのかどうか知りようもないが。



 僕たちは街灯のつく車道沿いの道を歩いていく。

 帝都自体は発展した国ではあるが、この街テレジアはそこまで都会という雰囲気は感じない。走る車の数もそこまで多くはなかった。


「すまない。格好悪いところを見せてしまった」


 あの遺跡で僕はいくつもの失態をさらしてしまった。

 記憶が戻ると期待して周りのことを考えられなくなったりした。

 ルークに勝負を挑みことごとく敗退した。

 僕のことを見損なったのでは、という不安もあった。

 しかしカレンは横に首を振る。


「いいえ。格好良かったですよ」


 そして、夜の星空を見上げながら続ける。


「わたしだったら恐ろしくて絶対に立ち向かえませんでした。ルークさんはネロさんよりずっとお強い方だと聞いていました。実際に目にしたら想像以上でした。

 ですから、どれだけ傷付けられようと、どれだけ倒されようと、立ち上がるネロさんはとても格好良かったです」


 そんなことを言われると、なんだか恥ずかしいな。顔が赤くなっていないか心配だ。


「買い被りすぎだよ」


 とだけ、謙遜して答える。


「ですが、疑問は少々あります」

「――疑問?」

「はい。ネロさんは何故、ルークさんを説得しようとしなかったのです? ルークさんとジェインという方でしたか、その人たちの介入があれば排除しろ、との命令もありましたのに」


 僕はその問いに少し考えてから答えた。


「僕は何が善で何が悪かを理解しているつもりだ。だから、いつも自分が正しいと思ってやってきたことは、やっぱり正しいことなんだと思っている」

「では、ルークさんの行いは正しいと?」

「いいや、そうは言ってないさ。ルークさんがやっていることは悪。そう確信している。ルークさんは僕にはない強い意思を持っていた。だけど、それはねじ曲がった思想だ。

 ルークさんが何故魔術師を憎むのかは分からないけれど、魔術師が皆悪人だとは限らないだろ。それなのに、あんな狂ったことをまるで正しいことだとでも言うかのように振る舞っている。

 だからカレンの言うようにそれを止めるべきだったのだろう。でもそれをしなかったのは、ルークさんも僕の家族の一人に違いなかったからなのかもしれない。遺跡での戦闘前は色々言い合っていたけど、やっぱりそうなんだ。結局は自然に会話をしてしまう」


 それを聞くカレンは不思議そうに首を傾げる。

 対して僕は話を続けた。


「ルークさんの行いが良いことなら報われるだろうし、もし悪いことならいつか痛い目をみるだろう。僕とルークさんの関係は親子というより言わば年の離れた兄弟のようなもの。

 だから親、つまりいろんな道を見てきた大人のように悪いと思う行いをただ最初から否定することはできないんだ。僕は立派な大人じゃないから長く生きてもいなければ、その分経験もない。

 その道は、無数に枝分かれした道のうちの一本。いずれ自分も通る道かもしれないのだから」


 そう言うのも、ルークさんのやろうとしていることをすぐに予想できてしまったからだ。そのような考えにすぐに到ってしまうということは、僕もそのような行為にでてしまう適正が少なからずあるということ。

 すなわち、僕自身が反逆者に成り得るてもおかしくないということだ。


「それを見守り、黙って見届け、そして僕にとっての指標にしたいと思ったんだ」


 そして、できることなら、それを僕にとっての戒めにしたい。

 良いとこ取りをしているようで、あまりいい気にはなれないが。


「やっぱり、僕は間違っていたかな」


 カレンは目を伏せ、口を閉ざしたままだ。

 数メートル進んだところで口を開く。


「――さあ、どうでしょうね。わたしには何とも言えません」


 そして僕の目を見て、続ける。

 やはり、その目は鮮やかな緑であった。


「ですが、それがネロさんにとって正しいと思うのであれば、それを突き通せばといいと思います。昼にも同じようなことを言ったと思いますけど」

「カレン……」

「でも、もしそれが間違いならいつか痛い目を見てしまうのでしょうね」


 と、カレンは満面の笑みを浮かべて言うのだった。


「今のところは、わたしも何も言わずネロさんを見守ります」

「用心するよ」


 僕は苦笑してそう言った。




 こうして、僕とカレンの初めての仕事が終わった。結果は散々で、ロゼさんに叱られることは目に見えている。

 けれど、今回の仕事で僕たちは考えを改めさせられた。

 まだまだ経験が足りないことも然り。

 まだまだ意志が弱いことも然り。

 それでも、今後に繋がるいい思い出として考えれば、それはそれでよかったのではないか。そう僕は思うのだった。

 ただ、僕にも疑問の残るところはある。

 僕の記憶の最後に映った赤い光り。

 レオの言った霊獣ジェミニとの契約。

 そして、ルークさんの言ったカレンの秘めた想い。

 どれも気がかりではあるが、今はそれらを詮索する余裕はなかった。


「今日はホテルに帰って早く寝て、明日の朝一番、始発の列車に乗って帰るとするか」

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