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第3話 地底に眠りし光の霊獣④

 槍によって穿たれた大穴。そこから飛び降り重力に反するかのように軽やかに着地するルークさん。そして未だ悶え苦しむレオの下へ歩み寄る。

 そんなルークさんは横目に僕を見た。


「久しぶりだな。ネロ」


 と言うものの、この男の言葉には久々の再会による嬉しさも邪魔だというような負の感情も一切含まれていないのだろう。

 だだ、視界に知り合いである僕たちがいたから形式上そう言っているだけで。


「……そうだな」


 適当に相槌を打つ。

 さっさと用事を終わらせてこの場を去れ。一秒でも早くこの男から離れろ。そう僕の内の何かがうるさく叫んでいる。

 ここにいてはいけない、と何度も。

 それでも僕はここに留まりルークさんに聞かなければならないことがある。


「ルークさん、今まで何してたんだ。ジェインを追いかけていったきり連絡も寄越さないで。ロゼさんも気にかけていたんだぞ」


 そう問うた時、ルークさんはそこで歩みを止める。

 そして、首だけ僕の方に振り向かせる。

 僕はルークさんと普段からよく関わっていたわけではないが、それでもロゼさんを中心とした研究所の一員だ。全く気にならない訳でもない。

 僕の質問は言葉通りルークさんがジェインを追ってからの出来事と連絡をしない理由を答えることを求めている。それはルークさんも分かっていることだろう。

 それにロゼさんの名前も出した。ルークさんはロゼさんとは長い付き合いだ。だから具体的にではなくとも簡潔に話してくれると思っていた。

 しかし予想に反してルークさんは黙り、そのまま片目を塞ぐように手のひらを顔に当てて言う。


「――もう、俺には必要のないことだからな」


 その言葉は僕を一気に混乱させた。


「あんた、一体何を考えている」


 そう訊くもルークさんはふっ、と口元を妖しげに歪めるだけだった。

 そして僕から目を離すと、次はカレンを標的にして語り始める。


「それにしても間一髪のところだったな。そうだろカレン」

「――え?」


 突然自分の名前を呼ばれて戸惑うカレン。


「あともう少し俺が来るのが遅ければ、ネロは今頃昔の記憶を取り戻していたところだった」


 それを聞いたカレンは「――うっ」と唸るだけで何も言わずに俯いた。

 ルークさんの言葉はまだ続けられる。


「感謝しろよ。愛しの彼に一番知られたくないことを思い出されるところだったんだから」


 もう挑発の言葉にしかなっていない。

 その時のカレンの表情は前髪に隠れてよく見えなかったが、下唇を噛み肩を小刻みに震わせていた。服をぎゅっと握りしめ感情を抑え込んでいるようにも見える。

 ルークさんの言葉は僕にとっては不明なことでもカレンにとってはつかれたくない痛い言葉なのだろう。

 僕としてもやや問い詰めたい気持ちはあるが、これ以上カレンに精神的な苦痛を与えたくはないのも事実。

 僕はこのまま見ていることはできなかった。


「カレン!」


 だから僕は叫ぶ。

 今の僕にできることはカレンの名前を呼ぶこと。それで精一杯だ。


「ネロさん……」


 そうして顔をあげるカレン。彼女は今にも泣きそうな表情をしていた。


「おまえの過去に何があったのか僕には分からない。けれど今はこいつの戯れ言に耳を傾けるな」


 そう優しく言葉をかける。

 そんな中、一人の笑い声が響いた。めでたいやつらだとでも言いたいかのような嘲りのそれ。


「おまえも変わったな。そんなやつだったか? 俺の知るネロはもっと冷たい人形のようなやつだったんだがな。俺のいない間に何かあったのか。それとも、カレンに対してだけの特別なモノか」


 ルークさんの言う通りだ。

 僕は親しい人物以外とも話はするが、その場合はお互いが笑いあうような自然な会話をしたことはなかった気がする。

 カレンに対しての感情も理由ははっきりと分からないが確かにその通りだ。

 分かってはいるが、無性に言い返したくなる。


「お互い様だろ。まさか、あんたがここまでお喋りな人だとは思ってもみなかったよ」


 しかし、そんな反抗もこの一言で終わり。この会話は今の状況で全く関係ない他愛ないやりとりでしかない。僕は早急に話を切り替える。


「それで、目的は一体何なんだ? まさか僕の記憶が戻るのを阻止するためだけにここまで来たんじゃないだろうな」


 と、一つの可能性を提示してみるも、やはり的外れだったようでルークさんは言う。


「そんな訳がないだろ。俺の用事はそこで悶えている霊獣の核の回収だ」

「霊獣の核の回収? 至宝は、星座の魔術が目的じゃないのか」

「ああ、あれか。あれは俺たちには必要のないものだ」

「――え?」


 完全に予想外だ。ここに来る目的に星座の魔術が含まれないとは、僕としては予想を裏切られたようで戸惑いを隠せない。


「必要のない、って。あんたは霊獣を使って何がしたいんだ……」


 それは星座の魔術以上に価値のあるものなのか?

 それは星座の魔術以上に強大なものなのか?

 どれだけ思考を巡らせても答えは出てこない。

 こんな悩みもロゼさんならすぐに解決するだろうに。魔術の世界に身を置きながら、魔術師ではないがゆえに抱く知識の不足からくる苦悩。

 それを読み取ったのか、ルークさんは僕に語りかける。


「……おまえが分からないのも無理はない。ロゼの指示に従い、言われるがままに動くおまえにはな。まあ、今となってはそんなことはどうでもいい。昔のよしみだ。特別に教えてやろう」


 そして目の前の男は高らかに宣言する。


「この魔術世界の破壊だ。愚かな魔術師どもに道具のように扱われ虐げられてきた能力者たちのささやかなる反逆とでも思ってくれ」


 魔術世界の破壊?

 ささやかなる反逆?

 そう流れるように言うものだから、僕は一瞬聞き間違えたのかと思った。


「はっ。馬鹿馬鹿しい。何を言うかと思えば。あんた、とうとう頭がおかしくなったんじゃないのか?」


 と、思ったことをそのまま口にしてしまう。

 虐げられてきたという部分が不明であるが、どうあったところで魔術の世界にあだなすということ。それはすなわち、全ての魔術師を敵にまわすということになる。

 いや、それ以上にロゼさんを、僕たちの主を敵にまわすということだ。

 それがどのようなことを意味しているのかこの男は理解しているのか?


「言うようになったな、おまえは。俺は本気だよ」


 そしてルークさんは再びレオの下に歩を進めながら話を続ける。


「至宝を用いた星座の魔術は確かに強力な秘術だ。様々な魔術に応用し、一個人の人生を、国の在り方すらをも変えることが可能になるだろう。

 しかしその魔術は発動にとてつもない手間と労力がかかる。さらには正規に魔術の行使をするためには十二の霊獣を従えるだけの器が必要だ。

 それならば俺たちのように目的がただの破壊行為なら、至宝を守護する霊獣の膨大な魔力を利用すればいいだけのこと」


 言い終えたところでレオに穿たれた血色の槍を掴み、力任せに引き抜いた。その時のレオの咆哮は目を反らしたくなるくらい痛々しいものだったが、ルークさんはそれに動じることはない。

 レオはぐったりと倒れこんだままで、反撃の様子もみられなかった。

 ルークさんは僕たちの方に踵を返し、また歩を進めながら言う。


「――わざわざ手間をかけて星座の魔術を正規の手順で発動させる必要はどこにもない」

「ルークさん、あんたはそんな下らないことのために行方をくらませたのか。ロゼさんを、自分の家族を裏切ったのか」


 次第に込み上げる怒り。しかし、その気持ちがあることを理解する一方で、僕は落ち着いていた。いつになく冷静で、感情の高ぶりすらありはしない。

 この感覚は仕事先でたまに覚えるあの感覚に似ていた。


「正直に言って、あんたが何をしようとかまわないと思っている」


 魔術の世界を壊すと言ったところで、たとえルークさんであってもそれを成就することなど不可能に近い。いいや、不可能だ。

 だから、わざわざ僕がこの手で止めなくとも、他の誰かが、誰でなくともこの世界そのものがルークさんの野望を止めることだろう。

 ――だが、


「だが、それが僕たちの行く手を阻むものならば話は別だ」


 僕に課せられたこの地での使命はただ一つ。

 ロゼさんから請け負った仕事を果たすこと。

 星座の魔術を起動すること。


「一つだけ確認だ。もし霊獣がこの場から居なくなれば、星座の魔術は発動できなくなる。間違いないな」


 ルークさんは僕たちの近くまで歩いてきたところで足を止め、静かに口を開いた。


「その通りだ。例外として至宝に対応した霊獣を従える者や力を分け与えられた者には可能性はあるがな。つまり、おまえたちは――」


 そして、僕に向かって指差して言う。


「星座の魔術を起動することはできない」


 この台詞を聞いた瞬間、僕にとってのルークという存在の意味が変わった。


「なるほどな。分かったよ」


 そして、拳を構える。


「ロゼさんからの命令だ。僕はあんたを始末する」


 そう。

 ルークはもう、僕の知り合いでも何でもない。

 排除するべき『敵』だ。

 戦闘準備に入るため、しまっていた黒の革手袋を両手に嵌める。


「カレン。おまえはレオの治療を頼む。ここは僕一人で大丈夫だ」

「ですが、そうなればネロさんの補助は……」

「生半可な力でどうにかなる相手でないのは十分承知している。でも、もし僕がルークに勝ったとしても、その間にレオに死なれたらどうする。結局、目的を果たせないことになるんだぞ」


「――は、はい」


 自信のなさげな声で返事をして、僕の背中に優しく手を触れる。


「お力添えできなく申し訳ありません。ですが忘れないでください。どうあってもあなたは決して一人で戦うわけではありません」


 カレンの能力が僕の身体を流れていくのが分かる。そう思うと同時に僕の拳は橙色の薄い膜に覆われていった。


「刃物程度であれば受け止めることが可能です。あの方の槍はどうかわかりませんので、あくまで保険と考えてください」

「すまないな」

「ええ。それでは、お気をつけて」


 小さく囁いたカレンは、振り向くことなくレオの下へ駆け寄った。

 ルークは僕の行為を見てか、両手を挙げて呆れたようにため息を漏らす。


「全ては主のために、か。まるで飼い慣らされた犬のようだな」

「それでもいいさ。それで、あいつを守れる力を持ち続けることができるのなら」

「この様子じゃ、見逃してくれそうにはないか」


 言うと、ルークも槍を構える。


「ならば、思う存分殺り合おう。まだ時間に余裕はある。この際だ、俺とおまえの決定的な力の差を示してやろう」


 対峙する黒の拳と紅の魔槍。

 治療に専念しながらも、固唾を呑んで見守る一人の少女と倒れ伏す霊獣。

 今ここに、二人の能力者による闘いの幕が切って落とされた。

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