表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/38

第3話 地底に眠りし光の霊獣③

 嵐が収まる気配がした。

 次第に僕たちを蝕む障害も鎮まっていく。


「――カレン、無事か」


 抱き締める彼女の安否を確かめる。


「はい、わたしは無事です」

「そうか、よかった」


 カレンの声を聞き、安堵の息をもらす。

 光も収まってきたため、うっすらと目を開ることができた。


「一体何が起こって――」


 しかし、その安堵もたちまち消え失せる。

 僕の周囲は完全な白だった。

 薄暗い場所から突然明るい場所に移った時の目の感覚、でもない。

 僕たちの居る場所は白く染まった部屋に変わっていたのだ。


 部屋の形は先程と同様にドーム状ではあるものの、広さは何倍にも膨れ上がっている。天井までの高さは既に地上にまで達しているのではないかと思えるほどだった。

 また、その外壁には見覚えのある意味不明な文字列。無数のそれらは立体映像のように浮き出て、壁に沿って気味悪く旋回する。


 それだけがこの空間にある。

 言い方を変えれば、それ以外は何もない。

 中央にあった柱も、魔石を設置した祭壇も。そして、僕たちが入ってきたはずの入口さえも。

 この怪奇な現象に動揺し、まともに思考を巡らすことができずにいると、立て続けに更なる現象が発生する。


「ネロさん、上です!」


 カレンの声を聞いたその時だ。頭上から僕たちの前方に目掛けて、輝く一筋の太い光線が音もなく降り注ぐ。

 何者かの攻撃かと思いはしたものの、そこに攻撃的な意思は一切無い。それはただの強烈な明かりのようなものだった。 

 そして、光線の内側に人形の影が映し出される。ただし、その大きさは、もはや人のそれではない。

 光線が細くなるようにして消えていく。そして、姿を現す筋肉質な巨体。それは黄金に輝く鎧を身につけている。



「――永い、永い眠りであった」



 獣の雄叫びのように発せられたその言葉は、太鼓を打つ時のように振動を伴う。

 これらはこの者が人ならざる何かであることを確信させるのに十分な情報であった。そして、光が完全に消失した時、僕は確かに見てしまう。


「――ライオン……?」


 そう。

 まさにそれはライオンとしか言い表せなかった。

 身体は確かに人間の形をしているが、頭部はライオンそのもの。この世に存在しているとは思えない空想上の生物。俗に言う獣人だ。


「我の名はレオ。我を眠りから解き放つ者がいようとはな。なんとも物好きなものよ」


 そうレオと名乗る獅子は語りかける。

 レオ、以前に誰からだっかか噂を聞いたことがある。

 至宝の在処にはそれぞれの属性の霊獣が眠っている。それらは並の魔術師では歯が立たないほどの強大な力を有し、至宝を求める者に試練を与えると。

 その内の一体がこいつ。光の霊獣、レオ。

 まさかそれが本当で、それがこの段階で現れるとは思ってもいなかった。

 腕を組みその猛々しき獅子の立ち振舞いはこの世のものとは思えないほどの波動となって僕たちを威圧する。


「目当てはこの地に眠る至宝か?」


 その問に僕はぎこちなくもはっきりとそうだと頷いた。


「よかろう。ならば、力を示せ。貴様が至宝の所有者に相応しい者であるか、我が見定めてやろう」


 ここで至宝が目当てでない、たまたまここに飛ばされたのだ、と嘘をつくべきだっただろうか。目の前に確かな意志を持って立ち塞がる霊獣を前に少しばかりの後悔が生まれる。


「それはお前と戦え、ということか」


 僕はおそるおそる最後の確認をする。


「然り」


 これがどれだけ重い一言か。

 先の僕の頷きで、この闘いを避けることも免れなくなってしまっている。

 動悸が止まらない。これは恐怖によるものか。

 確かにそれもあるだろうが、それだけではないと予感する。

 僕の体内に存在する静止状態の魔力。それがレオの現出と同時に暴走を始めたのだ。

 これも聞いた話でしかないのだが、霊獣の活動には膨大な魔力を外部から取り入れ、そして消費する。ひとたび力を振るえば辺り一面の魔力を枯渇させるほどに。

 目の前に存在しているだけでこれなのだ。もしレオが戦闘態勢に入ろうものなら、僕たちのような存在が生きたままでいられるのか、それすら怪しい。

 ある意味で、霊獣という存在は対魔術師に特化した兵器ともいえよう。この危機的状況を打開できる策は、残念ながら思いつかない。

 それでも――


「――やるしかない。カレン、いけるか?」


 と訊ね振り返った瞬間だった。

 うぅ、という唸り声をもらしながら後ろに倒れ、尻餅をつくカレン。

 荒い呼吸。目がどこを向いているのか分からないほど虚ろな状態。


「なっ――!」


 レオの魔力消費の影響が僕以上に受けていると見れる。

 非常にまずい状況だった。

 カレンと共に戦うならば、まだほんの少しでも勝機はあっただろう。しかし、こんな底知れない力を持つ敵を相手にカレンを庇いながら戦うなど到底不可能。

 カレンとレオを交互に見る。

 足がすくんで立つこともできなくなったカレン。

 対して、ゆっくりとこちらに迫ってくるレオ。

 どうすればいい、と悩みはするも結局僕にできることはカレンを庇いながら闘うことしかない。

 そう自分の中で答えが定まった時だった。

 その思いとは裏腹にレオは歩みを止める。そして、攻撃を仕掛けることもなく静かに眼を瞑った。


「――本来ならば、な」


 瞬間、僕たちに襲い掛かっていた威圧感が急激に収まった。

 口調もまるで別人のように穏やかなものだった。


「……闘わないのか」


 恐る恐る訊ねた僕にレオは頷く。


「もしや貴様は我を闘うことしか脳のない獣と勘違いしてはおらぬか」

「いや、そんなことは……。それよりも何故?」

「我とて無益な殺生は好まぬ。可能であれば戦闘は避けたい。我も他の生物と同じく、傷つけば傷み、そして血が流れる。それは相手の痛みが分かるということと同義。

 しかし我は戦闘に特化した霊獣。選定方法として最も簡単な方法が命のやりとりであっただけのこと」

「それを止めると言うことは、僕たちに対しては他の適した選定方法があるということか?」

「うむ」


 レオは頷くと、自分の顔を指差して続ける。


「貴様ら、その顔をよく見せてみろ」

「……?」


 力を示せと言い出せば、次は顔を見せろ。

 何の意図があっての言葉なのか検討もつかない。しかし、それで戦闘を避けることができるのであれば、それに越したことはないのも事実。

 僕は無言で顔を上げ、レオを直視する。

 すると、レオはあり得ないものを見たかのように眉間に皺をよせた。


「ふむ、まさかとは思ったがそのようなことがあるのか? ……女のほうも、顔を見せい」


 と囁くように言った。

 落ち着きを取り戻しつつあるカレンも黙って従い、顔がよく見えるように前髪をかきあげる。

 すると、レオは険しい顔つきでにこう訊いてきた。


「貴様ら、もしやジェミニと協力関係でありはしないか?」


 一瞬、僕はレオが何を言っているのかが分からなかった。


「……どういう、ことだ?」

「ジェミニは無の属性を司る至宝の霊獣。我の旧友でもある。そのジェミニと過去に契約を交わしたか、ということだ。もしそうであれば我らが闘う意味はないことになろう」


 どうやらそれはレオにとって重要な事柄であるらしい。が、僕にそんな記憶はない。だから、こう答えるしか他になかった。


「……分からない」


 そう言って首を横に振る。

 無意識の内に唇を噛んだ。

 悔しいような、哀しいような。それ以上に情けないような。そんな、なんとも言えない気持ちが胸を締め付ける。最後の希望さえも失った時はこんな気分なのだろう。

 僕は諦めかけた。

 しかし、レオはまだこの話を続ける。


「分からないだと? それこそ、どういう意味だ」


 僕は力ない言葉で事情を説明する。


「僕は昔の、一年半ほど前より以前の記憶が欠落しているんだ。だから、僕が何をしてきたのか思い出すことができない」

「偽りはないか?」

「ああ、偽りはない。カレンも僕と同じく記憶がない。だから彼女に聞いても意味がないぞ」

「そうであったか……」


 レオは腕を組み、眉間に皺をよせ「ぐるる――」と唸るように悩んだ。

 そして数秒後。組んだ腕を戻すと、再び僕たちに語りかける。


「……仕方がない。多少面倒ではあるが、貴様の記憶を修復するとしよう」


 あっさりとしたその言葉に、僕は戸惑いを隠せなくなる。


「何? そんなことができるのか?」


 失った記憶を治すだって?

 あり得ないだろ。ロゼさんですら諦めたことだぞ。

 それをまるで友人と遊ぶ約束をするような気軽さで言うなど、僕には信じられない。

 しかし、レオの言葉にもまた、偽りはないらしい。


「記憶にまつわる術はライブラの専売特許。故にあの小娘より適したものはいないのだが、我も人間の記憶を修復する術は多少なりとも心得ておる」


 ライブラ?

 それも霊獣の一体だったか。

 属性は幻だった気がする。

 確かに幻属性は生物の認識を操ることができるが、記憶の復元までできたのか。

 と、まあ感心するもそれ以上に気になることがある。


「ちょっと待て。おまえは何故僕の記憶を治そうとする。おまえに得など一つも――」


 そこまで言ってから気がつく。

 レオも僕の表情を見て悟ったのだろう。小さな頷きを見せる。


「ジェミニとかいう霊獣のこと。そいつのことを教えることが、おまえに戦闘で勝利することと同等の価値があるのか」

「それ以上だ。理由は言えぬがな」

「そうか」


 ぐっと拳を強く握る。


「お願いだ。俺の中に眠る記憶を呼び覚ますことができるなら、今すぐにでもやってくれ」


 想定外ではあったが、僕の望みの一つががやっと叶う。顔には出さないようにしたが、内心は嬉しさでいっぱいだった。

 そこに、割って入ってくるカレンの声。


「待って、ネロさん。もう少し考えたほうが――」


 カレンは心配そうに僕を見る。

 早まるな、騙されるな、とでも言いたいような目をしている。でも、それがどうした。


「何を言っているんだ。僕はずっと、このもやもやを、胸の苦しさをどうにかしたいと思っていた。自分ではどうしようもなかった。それが、この霊獣はできるという。

 なら、やってもらわずにどうするって言うんだ。カレンも僕のように記憶がないのなら、この気持ちが分かるはずだ」

「確かに、そうではありますが……」

「お願いだ。分かってくれ」


 今度はレオがカレンに説得を始める。


「……娘よ、安心するがいい。我はこれ以上の対価を求めたりはせぬ。我にとって貴様たちの存在そのものが、至宝譲渡の対価となり得るのだ。

 貴様らから馴染みのある気配を感じた。記憶を修復し、かつての友の情報を得ることができるのなら、それだけで我は満足だ。

 ジェミニが貴様らを認めたことが事実であれば、我も貴様らを認め、至宝を手にする資格をやろう」


 そして、レオは僕に向かって大きな手を差し伸べる。


「さあ、小僧よ。我の下に来るがよい」


 僕は無言で頷き、レオの下に歩きだした。

 もう、カレンの声は聞こえなかった。僕の脳が自然にカレンの声を認識しないようにしたのか。それとも、ただカレンが一言も声を出さなかっただけなのか。

 もう、この儀式を止める者はこの場には誰一人としていない。

 レオは僕の頭上に手のひらを添える。

 すると、僕の身体は淡く優しい光に包まれた。

 たとえどのような記憶であっても受け入れる。過去の記憶。それは僕が目覚めてから一番欲していたモノなのだから。


 頭の中にノイズが走る。

 次第にそこからある風景を写し出す。

 一人の少女と共に教室でご飯を食べ、笑いながら会話をしている。

 しかし、その少女の顔には靄がかかり、声には雑音が混じって聞き取れない。

 一人の少年と共に建物の屋上で海を見ながら語り合っている。

 しかし、その少年の顔にも靄がかかり、声には雑音が混じって聞き取れない。


 それでも――

 それでも、確実に戻っていることが実感できる。

 後もう少しだ。

 後数秒ではっきりとしそうなんだ。

 僕が能力者として生きる以前の僕が何をしていたのか。

 どのようなことを想い、そしてどのような日々を生きてきたのか。

 もしかすると、レオの言うジェミニのことも思い出せるかもしれない。


 学校の放課後の帰り道。

 夕陽に染められた朱色の空。

 ある二人の友人らしき男女に後ろから呼び掛けられ、三人で歩く。

 鮮明に、ではないが会話の内容が微かに頭の中を過っていく。

 一人の少女と一人の少年。どちらも僕にとって大切な人だったのだろう。

 この調子だ。これで僕の最大の悩みの一つが解消される。


 そして、血のような赤い光に満たされかけた時、まるで電池が切れたかのように映像は途絶え、突然、僕の視界は元の白い部屋に戻った。


「――!?」


 ――全てはこのまま誰にも邪魔されずにことが終わればの話だったのだ。



「戯れ合いはここまでにしてもらおうか!」



 バキッとガラスが割れる音が発っせられ、この空間のある一点を中心にひびが走る。

 同時にがりがりとドリルが金属を削る時のような金属音が鳴り響く。

 その音を聞き取った直後、僕の調度後ろ側からだろう、稲妻の如き閃光と爆音を伴う何かがレオに向かって放たれた。

 それを認識したときには既にレオは輝く何かに貫かれ、遠く離れた壁まで押し飛ばされる。

 うごごごご、とレオの痛々しい咆哮。

 黄金の鎧は砕かれ、胸の傷口からは滝のように赤黒い血が流れ落ちる。

 そこに突き刺さる一本の棒。それを中心にして肉が渦状に引き裂かれていた。

 目を凝らして見れば、レオを貫いたものは全長二メートルはあろう漆黒の魔力を纏わせた長槍だった。


「まさか――」


 黒い閃光と化した魔槍が空間に穴を空け、レオを貫くまで瞬く間すら与えない。

 絶対に避けることの出来ない必殺の一撃。

 僕はこれを知っている。

 この技の所有者を知っている。

 振り向き、そして見上げる。

 ひびの中心にできた大穴から姿を現す男。

 鮮血のように真っ赤に染め上げられた長髪。

 そしてすべてを否定するかのような冷徹な双眸は、一度見れば忘れるはずもない。


「――ルーク・シュバルツ、なのか」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ