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第3話 地底に眠りし光の霊獣②

 帝都テレジア学園はこの地方で規模の大きい学校のひとつ。全校生徒の内三分の一ほどは学内に建てられた寮で暮らしているらしい。

 そのため学園の正門の警備は今日のような休日の夜であっても厳しく、外壁は十数メートルの高さがあり、有刺鉄線が張り巡らされている。

 初めて目にする人にとってここは刑務所に見えてもおかしくないだろう。ただし、中は学生にとって平和な楽園だろうが。


 そんな感じで常識的に考えれば簡単には侵入できない。しかし、非常識的に考えればできなくもない。

 例えば幻の魔術で姿を消して正面から通り抜ける。風の魔術で空高く飛び上がり壁を越える、など。

 しかしどちらにしても僕たちは能力者であり魔術は使えない。そのため、それらの方法は却下。そこで僕達の行った方法はこれだ。


 カレンの戦闘補助の能力で僕の脚力を一時的に上昇させ、僕がカレンを抱えて走り高跳びのように壁を飛び越える。場所も人通りが少ない学園の裏側を選んだため、人に見つかる可能性も少ない。

 という具合に、僕たちの侵入あっさり許したテレジア学園だった。




 現在の時刻は午後八時半頃。

 空を見上げても真っ暗な闇。そこに数粒の星が見えるだけ。数えきれないほどの木々が風に揺られてざわざわと音を鳴らす。

 目の前にあるのは何年もの間放置されたかのような古びた建物。襲いかかる圧迫感。今にも魔物が飛びかってきそうな嫌な雰囲気。

 僕たちは今、テレジア学園の旧校舎、大講堂の前まで来ている。

 持参した礼装を用いて旧校舎全体に結界を張り、外に気配が漏れないようにする準備はすでに終えている。


「カレン、心の準備はできているか?」

「それはもうできてますよ。できてはいるのですけど……」


 そう辺りを気にするように見渡すカレン。


「一体何なのですか、この妖しい場所は。ここってテレジア学園の敷地内なのですよね。学生さんで溢れかえる賑やかな学校なのですよね」


 カレンも言うようにこの学園は部活動やらで賑わっていたはずだ。広いグラウンドも、テニスコートも、そして音楽室のような教室も。


「そのはずだけれど」


 とだけ答える。この学園に侵入し静まり返った学園の様子をこっそりうかがったのだが、ここに来た瞬間空気が一変した。ここだけが切り離された世界のようだった。


「何故学生さんたちは何も思わないのでしょうか。こんなに近くにこれがあるっていうのに」


 危険な匂いを漂わせるこの建物がありながら、学生たちは何食わぬ顔で生活している。カレンにとってこの現状は異常としか思えないようだった。


「もしかしたら、ここは異界化した空間なのかもしれないな」

「異界、ですか?」

「そうだ。言わば世界と切り離された別の空間のこと。この大講堂は四階建ての旧校舎に囲まれる形で存在している。しかし、ここの学生は大講堂の存在は認知できていないのだろう。


 異界は魔術師や能力者にしか察知することができないからな。当然、この圧迫感を感じることもできない」


「では、もしも魔術師でも能力者でもない人がここに来たらどうなるのですか」

「その時はたぶん、その人たちにとっては圧迫感を感じ取ることができないからこそ、何の害もないただの廃墟にしか見えないんじゃないのかな。あくまでも予測の範疇だけど」

「所長の予測ですか?」

「僕の予測だ」

「へぇー」

「信用できないか」

「いえ、そんなことはありません」


 そう言い合ってから、僕は大講堂の扉に向かって歩いていく。数段のコンクリートの階段を上り扉にたどり着くと、取手をつかんでカレンに言う。


「では、開けるぞ」


 扉はギギギと嫌な金属音を響かせる。錆びてはいたものの限界まで扉は開かれた。その奥は薄暗く、暗闇が視界を妨害する。

 しかし、そんなことは気にも留めず中へと踏み入った。カレンも何も言わずに僕の後に付いてくる。

 埃っぽく、鼻につく厭な臭い。妖しい雰囲気が漂うのは言わずもがな。

 事前に用意したランプに火を灯し、奥の舞台まで一直線に歩く。舞台上に上がり、そこの角に見つけた小さな隙間。


「……あそこだ」


 と指をさす。


「何ですか、あれ?」


 カレンは首を傾げる。


「舞台裏への入口。おそらくあの奥に至宝が眠っている」


 とは言ったものの、これはロゼさんに言われたことであり、僕の知っていることではない。だから、信じていないわけじゃないが、本当に至宝がある確証はどこにもない。

 キシキシと床が軋む音を立てながら入口を潜る。

 勿論そこも薄暗く、ランプで照らしている範囲以外はよく見えない。それでも僕は何か手がかりはないかと歩き続ける。


「本当にここであってるのですか? 至宝の在処は」

「さあな。それよりどこかに紋章のようなものが描かれてないか? ロゼさんの話だとそれが目印になっているらしいのだが」

「紋章ですか」


 言うと、カレンはキョロキョロと辺りを探る。そして数秒もしないうちに答えが返ってきた。


「その紋章ってあれのことでしょうか?」


 一際大きな二つの柱に挟まれた壁を見上げ、ある一点を目指して指をさす。

 僕はそれにつられてその場所を見上げた。


「あれは……」


 そこにあったものは、そこに描かれていた紋章は、まるで金色に輝く獅子のようだった。



          ◇



 僕は今、ロゼさんから受け渡された魔石を金色で描かれた紋章にかざしている。光属性の魔力を高密度に圧縮して精製された金色に輝く魔石だ。

 至宝にはそれごとに対応した属性があり、この土地の至宝は光の属性を有している。さらに、至宝を起動する鍵となる礼装もあったらしい。

 現在それは失われているようだが、鍵の代用品をロゼさんが作り上げた。

 それがこの魔石であり、至宝がまだ機能しているのであれば何らかの反応を見せてくれるだろう、というのがロゼさんの見解だ。

 僕は黙ってそれに従うのみ。今のところは言われたことのみを遂行すればよい。


 数秒待つと魔石に反応したのか獅子の紋章が光を放ち始める。ずっと暗闇の中にいたからか、その微弱な輝きでさえ地上を照らす太陽の光のように眩く感じた。

 ただ、太陽の光とは違い温かさは微塵もない。そこにあるのはただの冷たさだ。誰の記憶からも消え去り存在自体が消滅していく。そんな死の間際に放つ最後の灯火のような。


「ネロさん、見てください」


 と、見上げたままの僕を呼ぶ声がする。


「前を見てください」

「――ん?」


 カレンの声に促されるように僕は紋章から目を離して正面を向く。


「――! どういうことだ、これは」


 気がつけば、先程まで壁であったはずのところに、人ひとりが通れるくらいのサイズの四角い穴が空いていた。

 その奥から姿を現したものは地下へとつながる階段。

 そして、微弱であるが、禍々しい魔力の流れ。

 間違いない。この先にある。

 僕たちの手に負えないほどの危険な代物が。


「――カレン」


 と、隣にただずむ少女の名を呼ぶ。


「なんでしょうか」


 聞き返す彼女に一つだけ問う。


「この先どんなことが起きても、僕についてきてくれるか?」


 カレンは悩みもせずに即答した。


「ついていきますよ。そんな分かりきっていることを訊かないでください」


 その言葉を聞いて僕は微笑する。


「ありがとう。安心したよ」



          ◇



 地下深くに至るための階段。それは螺旋状に連なっている。そう確信したのは下り始めて数分後のことだった。

 ランプの光がトンネルのように続く階段の出口をしめす。しかし、そこが終わりではない。足元にはまだ階段が続いているのだから。

 それでも先ほどまでの狭い空間にいるような圧迫感はない。

 辺りを見渡す。

 いや、見渡すまでもない。

 一言で表すならば遺跡。

 広い円柱状の空間。

 壁には無数の文字が書かれているが、それがどこの言葉なのか、何を表しているのか全くの不明だ。

 さらにその文字は黄色く不気味に発光し、この空間を薄く照らす。もはや用意していたランプは不要になったため、火を消しカレンのバッグにしまった。

 他にこの遺跡の特徴を示すなら、中央に地上から天井まで続く柱があることだろう。柱はネジのような形で側面に階段があり、それにより螺旋階段のようになっていたのだ。

 つまり、今僕たちのいる場所が柱の頂上というわけだ。

 その高さはおそらく五十メートル近くはあるだろう。まだ続くのか、という気持ちがありもするが、終わりが見えたことで僕たちにとっての活力にもなった。


「どうかしました? 早く降りましょうよ」


 とカレンに言われて気がつく。

 僕はどうやら遺跡のような空間に出た瞬間からその場で立ち止まっていたのだ。


「あ、ああ。そうだな」


 何故、僕はこんなにもこの遺跡に見とれていたのだろう。別段、僕の好みのデザインでもなければ懐かしい場所でもない。

 それでもここが僕にとって特別な場所だと言いうかのように頭の中がざわつく。

 こんな感覚が、こんな感情が、厭な予感とでも言うのだろうか。

 その緊張感からか僕は無意識のうちに生唾を飲んだ。

 僕たちはさらに階段を降る。

 やがて階段の終わりに差し掛かった時だ。


「見てみろ。何なんだろうな、あれ?」


 と言って指をさす。

 その先にはどこかに続くであろう通路がある。


「ん? あれって、トンネルの入口みたいな穴のことですよね」


 と確認をしてから続ける。


「その奥に至宝っていうものが保管されているのではないのでしょうか?」


 ああ、そうか。

 よく考えてみればカレンの言うように、その奥に至宝があるということは大いにありえるだろう。


「その可能性もあるかもな。行って確認しよう」


 そうして僕たちは少し駆け足になり、より深部へと続くであろう通路の入口に到着した。

 降りる最中には分からなかったが、その入口の高さは人二人分の高さをゆうに越えていた。

 その穴に圧倒されながらも、奥に何があるのか確認しようとする。トンネルの長さはおよそ数十メートルほど。その先に別の空間が見える。


「ネロさん、見てください。この通路の外壁、ここに来るまでと違って岩が剥き出しです。それに変な文字もありません」

「それにしては明るいな。この明かりはどこからくるんだろう? 光源らしきものも見当たらないし」

「本当に不気味なところです」

「それじゃあ、おまえだけでも帰るか?」

「まさか、そんなこと言いませんよ」

「なら、行こうか」

「行きましょう」


 この言葉を合図に、僕たちは同時に足を踏み出した。何も話をせずに、警戒しながら奥へと進む。

 この何が起こるか分からないという状況。たった数十メートルという長さも、このとき限りは何倍もの長さに感じる。余計に体力、そして精神力をすり削られた。

 次第にトンネルの出口は視覚的に大きくなり、最終的に入り口と同じ大きさまでになる。何事もなく別の空間に到着したということに、ほっと安堵の息を漏らした。


「ここが最奥部か?」

「そう思いたいですね。もう疲れました」

「疲れるの早いな」


 この空間は先程の円柱状とは違いドームのような形になっている。さらに、トンネルと同じく壁に文字はなく岩が剥き出しだった。

 部屋の中央には大樹のような柱があり、それは天井まで続いている。ただし、天井までの高さはそこまでなく、高くても十メートルかそこらといったところだ。

 大樹の前には祭壇があり、何かを置くような小さな台座も設置されていた。


「近付いてみます? すっごく怪しいんですけど」

「近付く以外に何がある? すっごく怪しくてもな」

「ですよね」


 そう疲れきったような声で言うカレン。


「では、ネロさんが先に行ってください」

「もしかして怖いのか?」

「怖くありません!」


 明らかに無理して言っているのが分かる。


「図星か。そうなんだな」

「うぅ……」


 と唸るカレン。

 これ以上続けても、この場を和ますどころかストレスを溜める結果になるだろう。


「……分かったよ。僕が先にいく」


 周りに聴こえないくらい小さな嘆息をして歩を進める。


「あぁ、待ってください」


 そう言うとカレンは僕の横につく。


「何だか気を遣われるのも嫌なので、一緒に行きましょう」

「……素直じゃないな、おまえ」

「どういう意味です?」

「そのままの意味だ」


 こう会話をしている間も歩く足は止めることはない。数秒のうちに祭壇にたどり着き、その状態を確認する。


「この祭壇にも何か意味があるんだろうな」


 台座には円柱状の部屋にあるような文字が彫られている。しかし、僕たちはそれを読むことはできない。


「……さて、どうします? マスターから何か聞いてませんか?」


 その問いに僕は肯定の意味で頷く。


「聞いてるよ。もし祭壇のようなものがあれば、そこでも鍵を模して造った魔石を使えばいい、と」

「使い回し可能なものでしたか」

「悪いような言い方をするなよ」

「環境に優しいという意味にも捉えれますよ」

「この場合、環境に関係するのか?」

「さて、どうですかね。とりあえず置いてみましょうよ」

「そうだな」


 ここで考えても仕方がない。こういう時こそ行動に起こしてみるのが手っ取り早いのだ。

 まずは台座に鍵として使用した魔石を置いてみる。

 そこから数秒間待ってみたが、特に変化はない。

 続けて柱まで移動して手を触れてみるも、特に変化もなければ、変わった気配も感じない。


「……何か変わったか?」

「いえ、何も」

「どうすればいいんだよ、これ」


 腕を組んで悩む僕。

 すると、カレンはとんでもないことを口走った。


「ネロさん。この柱、壊してください」

「――え?」


 僕の言葉を待たず、彼女は僕の腕に触れる。


「大丈夫です。わたしの能力でしっかりと強化してあげますので」


 すると、ほわっと淡い橙色の光に腕が包まれる。


「おい! 僕はそんなことしないぞ」

「もしかして怖いのですか?」

「怖いよ、正直に言って!」

「まずは行動あるのみです。わたしがついていますから安心して下さい」

「自分がやらないからって調子のいいこと言うな」

「それでしたらわたしがやりましょうか? 精一杯力を込めて殴ります」

「殴りますってなんだよ。冗談でもやめ……」


 ここで僕は言葉をとめる。

 僕は見てしまったのだ。

 魔石がひとりでに輝いている不思議な光景を。


「カレン、見てみろ」


 言って魔石を指差す。


「……ネロさん、何かしました?」

「僕は何もしてない」


 魔石を確認するためにカレンの能力の発動をやめさせた。


「とりあえず、祭壇を確認してみよう」

「はい」


 そう言い合い駆けつけてみれば、魔石はまだ光を放ち続けている。

 僕はここで思考を巡らせる。

 魔石が光だした原因が魔石や祭壇自体にあるとする。そうなれば、僕たちはこの状況について対処することは不可能だ。一度地上まで戻ってロゼさんに連絡をとるほかに方法はない。

 そのため、ここでは魔石が光だした原因が僕たちの行動にあるとしよう。そう考えれば原因となりうる要因は限られる。

 僕たちが行ったこと言えば三つしかない。

 魔石を祭壇に設置したこと。

 柱に手を当てたこと。

 そして、能力を発動したこと。

 おそらく先の二つの可能性は低い。何故ならこれらをした瞬間は全く反応を示さなかったからだ。

 ならば、試すは残りの一つだ。


「――カレン、もう一度能力を発動しろ。できる限り全力でだ」

「え? ですが、殴るのはよくないんじゃ」

「大丈夫だ。殴りはしない。ただ異能の力を放つだけだ。僕も能力を発動するから、今からおまえもやってくれ」


 ロゼさんが自分で行わず、僕たちに至宝の起動を頼んだのは、すなわち僕たちのみでそれをすることが可能であることを示唆しているはず。

 僕たちは魔石に手を当てて能力を発動する。カレンは強化の異能。僕は自己保持の異能。

 すると、次第に魔石の光は強くなり、目を開けていられなくなる。


「ネロさん、これって大丈夫なのですか?」

「さあな。今は何も言わずに続けるんだ」 


 この状態を続けると、ごごご、と地響きが鳴り響き始めた。

 地震が起きた?

 いや、違う。

 この空間自体が震動しているんだ。

 光により視覚を遮られただけでなく、震動音により聴覚すらも奪われる。

 祭壇の奥にある岩だったはずの大樹の柱は、瞬く間に黄金色に塗り替えられ、魔石と同じ輝きを放つ。


 ――おいおい、なんてことだ。

 薄く開いた目から僅かに見えたそれに、言葉には出さず頭のなかで叫んだ。

 もう、この空間の変化が止まることはない。

 部屋の中央の大樹が輝きだしたと思えば、その周りに意味不明な文字を立体の映像のように浮かび上がらせる。

 さらにそれだけに止まらず衝撃波が襲いかかる。一瞬たりとも気を抜けば吹き飛ばされそうなくらいのものだった。

 至宝が完全に起動したのだ。間違いなく何かが起きる。


「――カレン、もういい。能力を止めるんだ!」


 力の限り叫び、カレンの方に向かって腕を伸ばす。


「ネロさん!」


 カレンは僕の腕を掴むと、流れるような作業で僕の身体にしがみつく。

 僕はカレンを外敵から守るかのように強く抱き締めた。


「カレン、絶対に離れるなよ」


 そうして僕達は周りが全く見えなくなるくらいの黄金の光に呑み込まれる。

 身体が浮くような、上下が分からなくなるような。まるで巨大な渦潮に引きずり込まれた感覚に襲われる。

 胃の中にあるもの全てを吐き出しそうになる苦しさに耐えながら、僕たちはこの現象が収まるのを待つことしかできなかった。

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