表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/140

第096話 ひとつの提案


 南の国から使者が戻ったのは、その日の陽が落ちる直前のことだった。


 ウルフを飛ばしてきた間者の一人が、国政を司る役人とギルドの責任者に向かって、悲壮感漂う表情で小さく首を振った。役人はその場で膝をつき、責任者は悲嘆し天を仰ぐことしかできなかった。


 支援不可能の一報が届けられた直後、ランヴィル公爵より緊急の通達が国民全員へ向けて発布された。その内容は国からの懺悔に近い最後通告で、この冬の間、食糧の補填がなされない現実を全国民に突きつけるものだった。


 ある者は既に困窮した身の上を呪い、ある者は目の前の現実に震えた。確実に増えていくのは、ただただ延々と降り続ける白い悪魔のみ。町から逃げることも叶わず、頼みの綱もなくなり、食糧を手に入れる方法はなくなった。


 もはや万策尽きた。

 今や死を待つばかりだと嘆く町人たちは怒り悲しみ、こうなったのは誰のせいだと叫び始めた。この怒りの輪が大きくなれば、必ずや争いが起こり、国は荒れ、その流れは一瞬にして外界にまで広がっていく。

 そうなれば、もう止められない。国を跨いだ諍いは戦争へと発展し、抗うことのできない負の遺産となって国々を蝕んでいくことになるのだーー



「しかし絶対にそうはさせねぇ。俺たちがすべきはこうだ。民に不安を感じさせるな! 考えさせるな! 自覚させるな! 思い出させるな!! 一分一秒たりとも、この国の民を惑わせるな! 大丈夫、俺たちはやれる、必ず耐えられる!」


 テーブルを通じ、村からピルピル草の実800サーバス(※トン)の『購入』を決めたランヴィル公爵は、即日俺たちが開拓したルートを用いて食糧の運搬を開始した。

 テーブルを始めとするギルドの役人や公国関係者、そして国内に留まっていた高ランク冒険者の力を借り、俺たちは時間をかけて、村と町とを幾度も往復し食糧の運搬を続けた。


 事前に準備できた量は、総量の約20パーセント。しかし初動で160サーバスもの実を持ち込めた効果は絶大で、10万人弱規模となる町を存分に満たすことはできないまでも、困窮による死者が出ないレベルを保つには十分すぎるほどだった。それから俺たちは残りの80パーセントの実について下準備をしながら、死ぬ思いをして雪降りしきる地獄の一ヶ月半を走り抜いたのだった。


 そして雪が降り始めてから三ヶ月と13日後、その日はいよいよやってくるのだったーー



 ある者は、日の出と共に表へ飛び出し、神に祈りを捧げるよう膝をついて涙を流した。またある者は父と母と手を取り、喜びの唄を奏で合った。

 俺たちは、恐らくその光景を生涯忘れることはないだろう。村人全員で号泣しながら抱き合った経験なんか、アンタたちにはあったかい?


 でも本音を言えば、一番嬉しかったのは自分でも笑っちまうんだけど、本当に単純なことでさ。

 ああ、これでやっとゆっくり眠れるんだなぁ、って……。



 俺は朝日差す陽の光を全身に浴びながら、

 これまで出してきた中で一番デカい声で喜びを叫んだ。



――――――――

――――――

――――

――



 こうして俺たちの村は、コーレルブリッツ公国の危機を救ったことにより、図らずも大きく国政に関わることになってしまった。当然この事実を隠すことなどできるはずがなく、今回の顛末は良くも悪くも俺たちの村にとって大きな転換期となった。


 しかし最終的には、マイルネの町から多数の死者を出すことなく、どうにか難局を乗り切ることができた。結果的に町を救いたいという俺たちの望みは叶った。これ以上、何を望むことがあるだろうか?



「だけど本当に良かったの? 私が村の代表として爵位を受け取ってしまって」


「うん、俺はそういうの興味ないから。それに村にとってはマーロンさんが貰っておいた方が良いと思うんだよね。村最高ランクの冒険者であるマーロンさんが爵位持ちっていう事実は、対外的にも意味が大きいだろうからさ」


 それに納得しない村人はいたものの、どうにか俺が直接説明して(いさ)めてもらった。俺が受け取るべきだと言ってくれた村人たちの意見は嬉しかったけど、爵位など貰った日には自分の身を危うくするだけだ。多少の虚しさはあるけど、そこだけは(わきま)えているつもりだ。


「それにしても……。凄いことになっちゃったねぇ」


 俺たちは改めて並べられた()()()()()()()、とでも言うのだろうか。その圧倒的な輝きとド迫力に飲まれ、ゴクリと息を飲んだ。


 大金貨の束、というより、もはや山だろうか。

 見たこともないほどの金貨が、村長である俺の家に持ち込まれ、高く高く積まれていた。


 その量、占めて大金貨1.6億枚。

 円換算にして20億ほどの金が目の前に並んだ様は圧巻で、村人たちもその圧迫感に気圧されて言葉がない。ただ一人、リッケさんだけが目を『金』にして喜んでいたけど、どうにも突然舞い込んだ天文学的な数字に狼狽(うろた)えるばかりだ。


「必要経費を抜いて分配するとしても、ひとり金貨1000万くらいにはなるのかな……、しばらく遊んで暮らせるかもね」


 この国の貨幣価値は前世と比較するとわりかし高く、平時ならば食糧は1/10程度の価格しかしない。今回は有事だったことも重なり食糧価格が高騰していたが、日がたてばすぐにいつもの価格へと戻っていくことだろう。


 ただ驚いたことに、村人たちには金など必要ないと首を振られ、村にとって必要なことに用立ててほしいと返却されてしまった。マーロンさんにまでいらないと断られてしまい、俺としては「お金ってなんなんでしょうか……」と困惑するばかりだ。ただし、たった一人を除いては……



「ということで約束です。リッケさんには、ちゃんと受け取ってもらいますよ、キッチリとね!」



 このままでは、初めての外交によって得たせっかくのお金を無駄にすることになってしまう。

 しかし彼女はこちらの心配をよそに、「当然!」と前置きしてから、俺に()()()()()をしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ