第093話 みんなのために
鼻を摘んだまま、音の出どころを探ってみる。
……どうやらさらに奥、足元付近から聞こえてくるようだ。
壁沿いに進んでいくと、もはや出入口すらわからないほど物が散乱した半個室のスペースが現れた。もしかしれこれは、いわゆるトイレですか!?
ブクブク音が先程より大きくなっている。
慌てて音の出どころを探して見渡してみると、足元方向から異音が鳴っている。
ってアレッ!
誰か倒れてませんか!?
微かに水が浮いている便器部分に顔を伏せ、倒れこんでいる人物がひとり。ブクブク泡を吹きながら死にかけていたその人物こそ、この部屋の主人であり、お花を摘みに姿を消していたリッケ・トラガノーブル其の人だった。
「ダー、な、なにやってんすかリッケさん!? 死ぬ、死にますよ、死んじゃいますから!? ブクブク言っちゃってますってー!!?」
慌てて彼女を外へ連れ出し、雪の荒野へ放り投げた。すると数秒後、「寒ッ!?」と目を覚ました彼女が飛び起きて、ブルブル震え始めた。よかった、まだ生きてた!
「はっ、あれ!? あ、アタシ、どうしてこんなところに……。って村長さん、なにしてるんですか、こんなとこで?」
「なにしてるじゃないでしょう!? アンタ、お花摘みに行ったきり水場に顔突っ込んで死にかけてたんですよ!」
「あ、ああ、そういえばトイレに入って、それから……。どうしたっけ?」
アハハハと誤魔化して笑った彼女は、こうしちゃいられないと作業場へ戻ろうとする。しかし彼女の腕を掴んで止めた俺は、彼女に回復術をかけ、「少し休んでください」と忠告した。
「う~ん、まぁ確かに疲れてるけど、それはお互いさまでは?」
「でも死んじゃったらそこまでです。そんなことになったら、俺の理想も、貴女の野望も、そこで終わりです」
「んな大袈裟だよ。それに、私はそんな簡単に死なないから」
しかし彼女の顔は見るからに窶れ、疲れ切っていた。そして俺と同じように彼女のことを心配して駆けつけてくれたアリクイ族や猫族の仲間も、体力の限界が見え隠れするほど疲れ果てていた。
「皆さん、そこまで頑張らないでください。交代しながらちゃんと寝て、ちゃんと明日に備えてください。でないとできることもできなくなってしまう」
今にも倒れてしまいそうな面々に回復術かけて回るも、肝心な俺の魔力が底を尽きかけていた。「村長さんも死にそうじゃん」と半目でふらつきながら笑った彼女は、パチンと自分の頬を叩きながら、「で、なんの用だったの?」と聞いた。
「あ……、そうだ、一つリッケさんに聞きたいことがあって。これ、これなんですけど、ご存知ですか。『太古の祝福』というアイテムなんですが……」
俺のメモを手に、今にも眠ってしまいそうな目を擦りながらうつらうつら考えた彼女は、人さし指を立て「過去に読んだ文献にそんな一文が」と前置きしたものの、詳しいことはわからないと首を振った。
「そんな……。何かひとつ、ヒントになりそうなことだけでいいんです。何かありませんか!?」
「そう言われてもねぇ。私が読んだ書物の中には、それを材料にしてアイテムを生成したという記録があったにすぎないのさ。だからそれがどんなものかもわからないし、可能性を示すこともできない。ただ……」
「ただ……?」
「それを予測することはできるかもね。太古の祝福という言葉から想像するに、『太古の時代』に存在した歴史上の人物、もしくは魔物などに関連しているアイテム、もしくは品となるはずだ。わざわざ『太古の』と言い換えていることからも、対象となるアイテムは特筆すべき人物や魔物に関連するものである可能性は高いだろうね。例えば『魔王』であったり、それと相対する『勇者』などが使ったアイテムなどと想像してみると、辻褄は合う気がするね」
「実在した特筆すべき誰かの? 誰かって誰なんですか!?」
「それは私にも。そもそも我々の推論が正しいのかすらわからないんだ。当てずっぽうで断言するわけにもいかないし、これ以上の言明は勘弁してほしい。私にもわからないことはあるんだよ」
〝特筆すべき人物・魔物に関する何か〟という漠然とした情報に、さすがの俺も困惑の色を隠せずにいる。村までやってきた時間を考えれば、何か一つ、何かもう一つでも情報を得られなければ、ここまで全力で走ってくれたシルシルに申し訳が立たない!
「お願いします。なんでもいいんです、可能性がありそうなことならなんでもいい。お願いだ、絞り出してほしい!」
「無茶を言いますねぇ」と黙り込んだ彼女は、ならば一つだけと指を立てる。
「この文字は、かの御高名なエドワード・ガロウ氏のものと推察いたしますが?」
「え? は、はい、そうです! でもなぜそれを」
「なるほど、やはりそうですか……。でしたら大丈夫、必ず見つけられます。『必ず』、です」