第090話 エドワード・ガロウ氏
「お疲れっす……?」
どうして親方が俺に対してそんな挨拶を、と振り返るけど、当然そこには誰の姿もない。いるのは俺とポンチョ、そして浮浪者風のヒゲ男だけだ。
「あの……、エンボス親方、そんな緊張して挨拶までしちゃってどうしたんですか。さっきまでダラダラしてたのに」
妙な緊張感を帯びて直立している親方は、誰とも目を合わさず敬礼したまま黙っている。俺とマーロンさんが首を傾げていると、冒険者たちの点呼を終えたテーブルが戻ってきた。
「おいおい、さっさとこっちも手伝ってくれよって。…………は? はぁぁッ!?」
急に仰け反って変な声を出したテーブル。
いやもう、なんなんだよ……。
「何を驚いてるか知らないけど、こっちも早く仕事に戻りたいんですよ。どーでもいいので、この人のこと、あとはそっちでお願いすればいいですかね?」
「いや、いいですかねってお前な……。その坊主と手ぇ繋いでるそのお方、アンタそのお方がどなたか知ってて言ってんのかい……?」
俺はポンチョと手を繋いでいる浮浪者風のヒゲ男をもう一度しっかり見てみた。うん、知らん。
「知らん、誰だこのおっさん」
「馬鹿野郎! この人はな、世界にも数名しかいないと言われる魔道具界最大の『権威』、エドワード・ガロウ氏其の人だぞ!? って、どうしてこの人が自国の工房以外の場所に出張ってきてんだよ。てかどうしてここに!? 火山の噴火か、それとも異常気象……、そうか、この長雪はこの人が原因か!!?」
珍しくテーブルが錯乱している。
それにしても、エドワード・ガロウ?
はて?
その名前、どこかで聞いた覚えが。
「なぁおっさん、アンタ有名なの?」
「知らん。ワシは仕事しにきただけ。早く仕事よこせ」
「ポンチョも一緒にお仕事する~♪」
呆然としているギルド職員と、困惑している俺たちと、心底どうでもよさそうな当人。なんだよ、この三竦みは。
などと思っていたら、俺はテーブルとローリエさんに手を引かれ、ギルドの奥に引っ張られた。そして「どんな状況だ!?」と充血した両者の目に挟まれ、ガン詰めを受けている。こちらこそ、これはどんな状況ですか?
「親方に言われた場所を訪ねてみたんですがね、誰もいなくて不在だったんですよ。そしたら近くであのおっさんが肉を焼いてて、ちょっとした手違いでウチのがそれを食っちまったんです。代わりにイモをやったんだけど、もっとくれもっとくれと言うもんですから、働くならイモをやるぞという約束で連れてきたんです。マズかったですか?」
「な、なに!? ガロウ氏が仕事をすると言ったのか? それは本当なんだな!!?」
「ん? ああ、言ってたな。なぁ~ポンチョ?」
「うん! ポンチョもお仕事する~♪」
ローリエさんとテーブルは互いに目を見合わせ、「こうしちゃいられない!」とローリエさんがどこかへ行ってしまった。妙に慌てたギルド職員の様子に状況が読めない俺は、「どうなってんの?」と聞いてみた。
「馬鹿野郎! 確かに今は緊急時だ。緊急時ではあるが、これもまた別の意味で緊急事態なんだよ。あのガロウ氏が、自ら働くっつったんだぞ。こんなチャンスがそうそうあると思うなよ馬鹿野郎!」
「バカバカ言わないでくださいよ。俺だって少しは傷つくんですから」
「黙ってろ、今はまず状況の整理が必要だ。こっちの仕事はマーロン氏に任せるとしてだ、こっちはこっちで溜まりに溜まってる魔道具絡みの仕事を……ブツブツ」
テーブルが頭を掻き毟りながら考えていると、「おい」と誰かが話に入ってきた。止める親方を無視してやってきたのはヒゲ男で、俺の頭上にいるポンチョと手を繋ぐなり、「早く仕事よこせ」と言った。
「が、ガロウ氏、少々お待ちください、すぐに準備を……」
「ポンチョ、トーアと一緒に箱つくるのー! ジイジも一緒につくる?」
「箱? なんじゃ箱とは」
「あぁ、魔導コンテナっていう、食べ物や物資を大量に入れられる箱を作りたいんだ。でも材料と作り方がわからなくてさ、ずっと困ってるんだよ。こんなのなんだけどな」
手に持っていたリッケさんの説明書をチラッと見せた瞬間、奪い取ったヒゲ男が食い入るようにそれを読み上げた。そして手元の紙と俺の顔、そして指を咥えているポンチョの顔とを順に見回してから、「いらん!」と紙を放り投げた。
「お、おい! 勝手に奪っといて捨てるなよ。まったくなんなんだよアンタ」
すると身体を上下に揺らしながら歯をカチカチ鳴らし始めるヒゲ男。ポンチョも一緒になってカチカチ口で言いながら踊っているが、もはや俺にはカオスすぎて意味がわからん。この状況、どうしたらいいんだ!?
「できたー! おいできた! すぐもってこい、すぐだすぐ!」
急にできたと騒ぎ始めたヒゲ男。
いや、ちょっと待て。
残念ながら俺は頭の整理ができてない!
「ちっ、先を越された。ローリエちゃんや、さっさと紙とペン持ってきて、早く!」
慌てたテーブルに促され、ローリエさんがヒゲ男に紙とペンを渡した。すると恐ろしい速度で筆を躍らせた男は、ものの数分で何やら設計図らしきものを書き上げてみせた。
「戻る、戻るぞ! 火だ、火を起こせ! 火だ火だ火だー!」
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多分ポンチョも喜びます!