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第081話 不思議の国のポンチョさん


「国、ってそれはどういう……?」


「こんな愚痴を言ってもどうにもならんが、正直な話、相当切羽詰まってるんだよ。どれだけウチの公爵様が優秀で、外交のタネを作るのが上手くても、肝心のメシがどこにも無いんじゃ買うことすらできねぇんだからな」


「待ってください、話の流れが……」


「んだよ」と不機嫌なテーブルは、両手で周辺国の名前と場所を示してから、東と南方向に位置する国々の状況を付け加えた。


「ご存知かどうかは知らねぇが、まず前提として東と南にあたるこれら隣国は、この夏の長雨のせいで軒並み農作物をやられちまってて、そもそも食糧難に陥ってる地域が多かった。俺たちの町は運良く被害がなかったせいで知らない者もいるようだが、隣国はそりゃあ酷いもんだったと聞いてるぜ」


 東の国の飢饉と聞き、俺とマーロンさんの視線が重なる。言われてみれば、アリクイ族のマルさんたちが村へやってきた理由のひとつが、確か飢饉による食糧不足だと言っていたのを思い出したからだ。


「コーレルブリッツは夏の余裕があったからよ、それら同盟国に食料を支援してたのさ。しかしそいつも冬の収穫を予測したうえでのことだったってのに、突然梯子を外される形になっちまった。するとどうなると思う? これまで貸してた側が、途端に借りる側に変わっちまうのさ」


「でも待ってください。借りる側と言ったって、南と東はずっと食糧難だったんですよね。そんな国に食糧の融通を願い出るって、それは……」


 今のマイルネと唯一繋がっている行路は、南側の一本のみだ。他が深い雪に阻まれて成す術もないのだとすれば、南の国に全ての願いを込めるほかない。だけど……


「そうだ。唯一残されてる南のルートも、実は相当にマズい状態かもしれん。しかし今は、そんな細い細い糸でも頼るしかねぇんだよ。こればっかりは俺たち冒険者ギルドではどうにもならねぇ。俺たちは、無から有を生み出すことはできねぇんだからよ……」


 残された細い糸ですら、既に途切れかけている。そんな話を俺たちに聞かせたテーブルは、この国の台所事情がもはや火の車であることを身をもって示したかったのかもしれない。


「ウルフどもの話を聞かされたとき、とてもじゃねぇが他人事とは思えなかった。このままだと近い将来、俺たちも奴らと同じ状況になる。この町全体が、この雪空の中、路頭に迷うってことだ。考えたくもないけどな……」


 ギルドのトップが口にする言葉の意味は大きく、周囲の者たちも一斉にずぅんと空気が重くなり沈んでしまった。しかし俺たちにかけるべき言葉は見つからず、どちらにしても南の国の支援に期待しましょうとお茶を濁すしかなかった。


「飯の有無は争いの火種になる。この長雪がさらに続けば、今後は嫌でも戦争が起こってくる。俺は嫌だぜ、またこの国が戦時下に戻るなんてのは」


 先代の公爵が殺害されたことをきっかけに有事へと突入したこの国が、ほんの数年前まで争いが絶えない地域だったことは周知の事実だ。それを現公爵が見事な手腕を発揮し、ようやくここまで立て直してきたのだ。だからこそ彼らが誰よりも平和を望んでいることを、俺だけは決して忘れちゃいけない。


 その元凶を作った張本人が、他でもない俺自身なのだから――



「……そう、ですか。でも少しばかり大袈裟にしているだけじゃありません? 実際に、まだこうして食事にありつくことができているわけだし」


「今は、な……。しかし俺の予想では、もってあと()()()。いや、貧民街の者たちなどは、もって二週間、か」


「に、二週!? いや、それって……」


「金のある貴族連中や、俺らのように仕事のある者ならまだいいが、その日暮らしの奴らは既にカツカツだ。物価もこの数日で跳ね上がっていやがるし、浮浪者の中には、既に死人が出ているとも聞いてる」


「南の国に支援を申し出たとして、物資が届くのにどれくらいの時間が必要なんですか」


「少なくとも二週はかかるだろう……。だから言っただろ、今一番マズいのはこの国だって」


 望み薄なうえ、最低でも二週間。

 しかもこの雪が続く限り、他国へ救助を要請することすら難しく、そもそも救われる手立てがない。


「貴族連中が裏で動いて、食糧を買い漁ってるとも聞いてる。そのうち店に入ってくる食糧も底をつくだろう。……だからこそ、今日ここで、食っておく必要があったのさ。アンタらと一緒にな」


 最初で最後の宴会だとグラスを掲げたテーブルが、何かを覚悟したよう一気に飲み干した。


 重苦しい空気があたりを包んでいる。


 しかし……

 こんな空気のときにこそ、いつも俺の相棒は、決まってこんな停滞した空気を変えてくれる。いいや、……変えちまうんだ。


 頭の上でずっとウトウトしていたモコモコさんが急に目を覚まし、「ごは~ん」と俺の頬を叩いた。俺は余っていた薄いベーコンを一枚ポンチョの口元に運んでやる。


 気怠そうにモチュモチュ肉を噛んだモコモコさんが、「おいしくな~い」と駄々をこねた。するとお次は何をするのかと思いきや、自分のリュックをゴソゴソあさり、嬉しそうに何かを取り出した。


「それはな~に?」


 ローリエさんの質問に満面の笑みを浮かべたポンチョ。するとドドーンと胸を張りながら自慢気に言った。



「ポンチョ、おイモ、好き!!」


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