第077話 私たちがすべきこと
すると俺の質問に驚いたシルシルが、「どうしてそのことを!?」と声を荒げている。いや、……まさかとは思ったんだけど、これはよもや、嫌な予感がプンプンしてきたぞ……。
「マーロンさん。ウチって、少し前に外の地域のボアも何頭か受け入れたって言ってなかった?」
「うん。確かボアボアが、私たちの村よりずっと東の森からやってきたっていうはぐれボアや、南から逃げてきた群れのボアを何頭か引き入れたって聞いてるよ。彼らも日に日に仕事が増えてるし、同族の仲間ならどれだけいても嬉しいからね。それがどうしたの?」
「南から逃げてきたボア……。ちなみにシルシルさんや、その桃源郷の話を聞いたってのは、何らかの諍いが原因で南から逃げてったボアの家族じゃない?」
マーロンさんが翻訳すると、驚いた彼が激しく頷いた。どうやら彼らはその家族の子ボアと会話をする機会があったらしく、偶然桃源郷の噂を知ったのだという。しかしこれは、もはや確定というか、面倒というか……
「マーロンさん、多分それ、ウチの村だ」
「え、何が?」
「彼らが言ってる桃源郷って、多分ウチの村のことを言ってるんだと思う。でもまさか、魔物たちの間でそんな噂が流れてるなんて……。迂闊だった」
「えー!?」と仰け反る彼女に驚いたシルシルは、一体何の騒ぎだと困惑している様子だ。彼女がその事実をシルシルたちに伝えるとすぐに、彼らはキラキラ目を輝かせながら、「本当ですか!?」と俺の腕に鼻面を擦り付けてきた。
「ねぇハク、シルシルがもし良ければ自分たちもそこに住まわせてくれないかって言ってるけど……。どうしたらいいと思う?」
やっぱりこうなるよなぁと俺は頭を抱える。
日々生きていくための食料や、帰る場所すらないという彼らをみすみす見捨てることなど俺にはできない。しかしだからといって村人の同意もなく簡単に彼らを受け入れることなどできないし、何より古来よりウルフはボアたちと仲が悪いとされている。彼らとの間で諍いが勃発すれば、村内の不協和音の原因にすらなりかねない。
「申し訳ないけど、俺の一存でキミらの移住を決めることはできないんだ、ごめん」
俺の言葉に、彼らの肩が一斉に落ちるのがわかった。しかしそれと間髪入れず言葉を付け足したのはマーロンさんだった。
「だったらこうしようよ。みんな、一度ウチの村にきてみない? そこでみんなに聞いてみるの、私たちも村に住んで良いかなって!」
俺はまさか彼女が助け舟を出すとは思っておらず、「本当にいいの?」と確認した。すると意外にも驚いた彼女は、「困っている人がいたら、手を差し伸べるのは当然でしょ?」と当たり前のように言った。相手が魔物であれ、マーロンさんは彼らを自分たち種族と同じように見ているのだろう。それはボアボアたちボアに対する態度と同様で、俺は思わず自分の器の小ささ具合に笑ってしまった。
「確かに、そこに人と魔物を分ける理由はないかもね。……わかった、じゃあ一度彼らにウチの村を見てもらおうか。それで双方が納得できたなら、シルシルたちにも村に住んでもらおう」
俺の意思を伝えるなり、今度はそれぞれが遠吠えを上げながら喜びを表現した。俺はそのあまりの声量に耳を塞いで、「うるさい! 雪崩が起きちゃうでしょ!?」と慌てて黙らせ、今後二度と同じことをしないように釘を刺した。まったくもう……。
「どちらにしても、まずは目の前の課題を一つずつクリアしていかなきゃならないよ。ということでマーロンさん、これから俺たちがしなきゃならないこと、……わかりますね?」
頷いた彼女は、すっかり馴染んでウルフと遊んでいるポンチョを肩車すると、モコモコさんの手を借りて、シルシルの鼻先にそっと触れながら言った。
「ねぇシルシル。お願い、私たちと一緒にきてほしいの。絶対、悪いようにはしないから」