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第076話 桃源郷


 ウルフの鼻先に触れながら問う。

 しかし目と鼻の先にウルフの巨大な顔が迫り、気が気でないマーロンさんの顔は盛大に引きつっているぞ。いつもいつも申し訳ない!


 グルルと牙の隙間から吐息が漏れ、マーロンさんとポンチョの肌に生暖かい息がかかる。しかしこちらの意図を読み取ってくれたのか、それとも全てを諦めてしまったのか、シルバーグロウウルフはその場で伏せの姿勢を取り、そのまま完全降伏を受け入れた。


「ふぅ、脅して悪かったな。だけど安心してくれ、キミたち家族に危害は加えない。……って、ちゃんと通じてるのかな。マーロンさん、通訳してもらえる?」


 驚愕した表情でウルフと俺とを交互に見回した彼女は、ずっと我慢していた声にならない声を漏らしつつ、「ふぇぇぇぇぇ」と腰を抜かした。しかしそれとは対照的にご満悦でウルフの鼻先に触れたポンチョは、同族を感じ取った喜びなのか、すぐに気を許して飛びついた。


 しばし彼女が落ち着くのを待ってから、俺たちは(あらた)めてウルフとの対話を試みた。しかし遅れてやってきた取り巻きのウルフたちが、俺たちを取り囲み、怒りを露わにして牙を剥きジリジリと距離を詰めてくる。


「あわわ、う、ウルフがいっぱい……!?」


「さすがにそうそう上手くはいかないか。どうしたもんかね?」


 いてもたってもいられず、最初の一頭が熱り立って襲いかかってきた。「ヒャー!」と逃げ腰なマーロンさんを抱えた直後、ずっと大人しくしていたシルバーグロウウルフが仲間を首だけで跳ね飛ばして一喝した。途端に大人しくなった面々は、諦めて地面に腹をつけ、嫌々ながらこちらの言葉に耳を傾けてくれた。


「マーロンさん、お願いしていいかな?」


「は、はひ……。え、ええと、私たちはここから東にあるモリスの森に住んでいる猫族のマーロンと、こっちは私たちの村の長であるハクです。よろしくお願いします」


 睨みつけるウルフたちを制し、背後に彼らを並べたシルバーグロウウルフは、どうか自分の命と引き換えに同族の命だけは見逃してもらえないかと命乞いした。どうやら彼は自分との圧倒的な戦力差を感じ取り、全てを諦めて交渉にのってくれたのだという。……俺の意思、全然伝わってなかったじゃん!


「だ、大丈夫、私たちは皆さんに危害を加える気はないし、討伐しにきたわけでもありません。……あれ? でもだったら私たち、何しにきたんだろう?」


 自分の役目がわからなくなって混乱しているマーロンさんの肩に手を置いた俺は、ギルドで話を聞いた時点でどうにも気になっていた点を彼女に耳打ちした。


「え? それをみんなに聞けばいいの?」


「うん。お願い」


「ええとね、見たところみんなは、この平原に昔から住んでいたわけじゃないよね。みんなはどこからきたの?」


 マーロンさんと同じく困惑した様子のシルバーグロウウルフのシルシル(※仮名)は、自分たちがここよりさらに南の国の、とある森から移り住んできたことを俺たちに伝えた。しかしその直後、彼らはこちらが思いもしなかった言葉を口走った。


「え? ……桃源郷(とうげんきょう)?」


 マーロンさんが言葉の意味を読み取れず聞き直す。しかし彼らが改めて口にした言葉は、一言一句違えず同じものだった。


「みんなはこの近くにあるという、『桃源郷』を探しにやってきた、ということなのね? ねぇハク、どういうことなんだろう」


 話を聞けば、どうやら南の国周辺でも長い降雪が続いており、その影響から餌となる作物や魔物の数が激減し、飢饉が発生しているのだという。よくよく見れば、毛並みだけは体裁を整えているものの、確かに彼らの身体もどこか覇気がなく痩せている。こけた頬や脇腹あたりには肉感が乏しく、食うに苦労している様子が窺えた。上位の魔獣ですらこの状態だとすれば、その下は想像に難くない。


「なるほど、それでわざわざこんな所まで。しかし桃源郷とはね、悪いけどそんな噂は聞いたことがないなぁ」


 俺とマーロンさんの相槌に、シルシルたちウルフの顔が伏せてしまった。どうやらその情報だけを頼りに長旅をしてきたらしく、もはや焼け野原にも等しい故郷には期待できず、戻る場所すらないのだという。


「それで仕方なくたまに通りかかる冒険者を襲っていた、と。その情報を聞きつけ、お前たちは我々を討伐しにきたのではないかって? 確かにギルドでそんな話を聞いたけど……、ハクがそうじゃないって言うなら、私はそれに従うよ。なんたって、ハクは私たちの村の村長だからね」


 どこか安堵した様子のシルシルたちだったが、どちらにしろアテが外れた事実は変えられず、自分たちの行く末を想像し、悲観しているようだった。


「マーロンさん、もう一つ聞いてほしいんだけど。ちなみにその桃源郷って、どこにあるって聞いてきたのかな? 少しばかり興味があってさ。もしそんなものが本当にあるなら、俺も探してみたいし」


 しかしマーロンさんの質問に、シルシルたちは大きく首を振った。自分たちはこの周辺に動物たちの楽園があると聞き、ただその漠然とした情報だけを信じてやってきたに過ぎないのだと。


「動物たちの楽園? ……ちなみにマーロンさんや、ちと変なことを聞くけど、その噂、誰から聞いたか確認してもらえる?」


 するとシルシルは、自分たちウルフの仲間ではなく、全くの異種族から得た情報だと明かしてくれた。しかもその相手は、彼らと縄張り争いすることが多い種族だったようで、あくまでも半信半疑だったことを付け加えた。


「え゛? いや、まさかそんなはずは……。変なこと聞くようだけど、まさかそれを聞いた相手が『ボア』だった、なんてことはないよね?」


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