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第059話 闇夜の一幕


 別の声が聞こえたからか、彼は左目を少しだけ開けてみた。しかし残念、彼の目の前にはこれでもかと顔を近付けたバケモノの姿が!


 慌てた彼は、目の前のバケモノを引っ掻いて後退(あとずさ)った。「イッタ~イ」と泣き言を漏らすバケモノに変わって出てきたのは、また別の人物だった。


「ったくもう、そんなことするから痛い目にあうんだよ。ほらキミ、大丈夫?」


 誰かが彼に手を差し伸べた。

 しかしのっぴきならず、彼はフルフルと首を横に振った。


「だから言ったのに、あんまり脅すと怯えちゃうって。なぁポンチョ?」


 誰かがまた別のなにかに呼びかけた。すると今度は誰かの頭上で動いた影が、勢いよく彼へと飛びかかった。


 激しく暴れる彼と組み付いて離れない影。しかし影はモチモチと激しく抱きついて離れず、頬を激しく彼に擦り付けた。ヤメテと拒んでも、何度も何度も抱きつき、柔らかな頬を擦り付けた。


「ポンチョだよ~」


 ポンチョと名乗るバケモノに組み付かれ、もう彼は逃げられないことを悟ったらしい。もはや成るように成れと腹を差し出して仰向けに倒れ、全てを晒すように諦めるしかなかった――




「ハイッ、茶番はここまでです! 真実の裏にあるものは意外な事実だと人はいうけれど、まさかこんなのは想像もしてませんでした。……どっかの誰かさんが八メートルのバケモノとか言うもんだから!」


 鼻先を引っ掻かれて痛がっているリッケさんを笑いながら、俺はいよいよこの騒動の犯人を見下ろした。


 八メートルあるはずのその生き物は、どちらかといえばポンチョと同じくらいのサイズだろうか。もっといえば彼と同じくらいモコモコで、さらにいえばもっと貧弱で痩せっぽちだ。

 小さくぴょこんと乗せられた程度の可愛いらしい耳の下には、細長くて愛らしい顔。さらにはつぶらなお目々に毛むくじゃらな身体が哀愁を誘う。かといって全身黒と白のまだらな毛束かと思えば、その両手にはサイズに似合わない四本の大きな鉤爪(かぎづめ)が。中でも真ん中の一本は俺の指の何倍もありそうなほど太くて大きく、鋭く光っていた。


「なるほど、トゲトゲさんや俺の警戒に引っかからないわけだ。危険性もなさそうだし、なんなら悪意がまったくない。まさか犯人がこんな小さな泥棒さんだったとはね……」


 そこに倒れていたのは、俺の記憶が確かならば、いわゆる()()()()に属する生き物だろうか。怯えてプルプル震えているそいつは、死を覚悟し、目を瞑ったまま俺たちの会話を聞いていた。


「ねぇねぇ、ポンチョだよ~。キミは~?」


 互いにムチムチのモニュモニュな肌を寄せ合えば、そこに生まれてくるのは笑顔だけだ。俺たちは朗らかとした彼らのスキンシップに笑みを浮かべながら、モコモコ二匹の愛らしいやり取りをしばらく眺めていた。


「ふわぁぁあぁ、やめて、やめてよ~! もうひと思いにトドメをさしてよぉぉ~(ブルブル)」


 あ、喋った。

 ということで、この生物がアリクイ族の獣人であることがこの時刻をもって確定いたしました。


 俺はアリクイさんの首根っこを掴み、ポンチョごとむんずと摘み上げる。そして「目を開けなさいモコモコよ」と命じ、相手の出方を待った。しかし怖がっているのかなかなか彼は動かず、メソメソ鼻をすするばかりで埒が明かない。


「う~ん、どうしたものか。マーロンさん、コイツどうしましょう?」


「おいお前、ここで何をしていた。答えろ?」


 俺より一回り小柄なマーロンさんに対応を任せ、対話を試みる。また別の声がすると怯えているのか、アリクイは声がするたびにビクビク反応し、小動物のように震えていた。


「ハァ……。確かに八メートルの巨人とは比べても比べられない小者のようだな。しかしそうだったとしても、我らは同じの獣人の仲間だ。見捨てることなどできないよ」


「獣人?」と反応したアリクイが、そっと片目を開けてこちらを窺った。光が眩しかったのか、何度か目をチカチカさせた彼は、優しく自分を抱えあげているマーロンさんのことを下から順に見上げ、また硬直した。


「ね、猫族の獣人だ~! た、食べないで、僕を食べないで~(大泣)」


「だ、誰が食うか! もういいだろ、少し落ち着けキサマ」


 アリクイを地面に降ろし、マーロンさんが改めて目線を合わせて話しかけた。


「おい、お前は何者だ。どうしてここで盗っ人なんかをしている?」


 盗っ人という言葉にハゥッとショックを受けたアリクイは、自分のことをワキト・マルと名乗り、ここへやってきた経緯をモコモコしながら語った。


「ずっとなんも食べてなくてね、お腹が減っちゃってね、そしたらいっぱい良い匂いがしてね、それで、それで、覗いたら蟻さんいっぱいいてね、それでね、食べちゃったの」


 あっけらかんと語ったマルさん。

 どうやら悪意も悪気もなく、空腹に耐えきれずそこにいた蟻を食べてしまったということ、らしい。なんだそれ……


「四日前の夜も、ウチの蟻を食っちまったのはキサマか?」


「四日前? ……ああああああ、美味しかったなぁ、あんなにいっぱい蟻さん食べたの初めてだったの。おいら(のろ)いから蟻さんいっぱい掴まえられないから、いっぱい食べられないから(グズグズ)」


 い、田舎(いなか)の小学生か……

 しかしマーロンさんの見立てでは、既に成人済みのミナミコアリクイ族の獣人ではないかと耳打ちしてくれた。


「アンタ、仲間は?」


「ずっと東の森に。でもおいらたち、最近全然食べるものがないからね、こうして別の場所まで食べるものを探し歩いててね、それで。うぐっ、えぐっ、ごめんよ~(号泣)」


 どうやら罪悪感はあるらしく、誰かが飼っている蟻という認識は持っていたようだ。しかもよくよく聞けば、もう一度蟻の匂いがするタイミングを待っていたらしく、計画的な犯行であることが窺えた。すると……


「な~る~ほ~ど~。キサマ、計画犯だったか。この私の蟻ちゃんを食い尽くすとは、太ぇ野郎だな、えぇ!?」


 やっと口を開いた犯人(ホシ)の両肩を掴み、顔に傷あるリッケという名のバケモノが勢いよく襲いかかった。「ヒィィィ!」と怯えて悲鳴を漏らしたマルさんは、そのまま気を失って倒れてしまった。


 ハァと息を吐く俺とマーロンさん。


 東の空を見上げれば、いつの間にやら僅かに陽が差し、もう夜更けを迎えてしまったらしい。


 まったく人騒がせな獣人さんだ。

 俺は寝ぼけ眼を擦りながらボサボサの髪を掻き、「もう一眠りしましょうか」と提案した。「だな」と頷いたみんながそれぞれの寝床へと戻り、闇夜の一幕は終結したのであった。


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