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第050話 ラウンドビートアント捕獲大作戦


「移動に、意思が……ない?」


「さらに噛み砕けば、彼らは半自動的に、かつ無自覚のうちに移動を繰り返しているようです。さらに大枠の話をしてしまえば、彼らは最終的に()()()()()()()()()()()()()を目指すという大まかな方向性さえあれど、ある程度の自由度をもって動き方をコントロールしているのです。これを見てください」


 リッケさんは水滴が散りばめられた空間の中に、彼らの餌となる落ち葉や木の枝などを設置した。周囲の環境変化を読み取ったのか、器用に水滴を避けながら動き出した蟻の集合体は、決して直線的ではないものの、最終的には餌のある場所に到達し、それを捕食した。


「このように、ある種の偶然性をもって走り回ることで、そこに存在する餌を吸収し、また移動を開始する。そうして水に遭遇することのない環境下で、彼らは夜な夜な移動を繰り返し、餌を探し回っているのです」


「ほ~、それは……、凄いですね」


「そう、凄いのです、美しいのですッ! そしてそれら情報のもと、私は一つの仮説に至りました。というより、これはもう必然なのかもしれません」


 そういうと、彼女は一本の鉢植えをテーブルに置いた。そこには受粉を待つばかりとなったピルピル草が一輪、静かに佇んでいた。


「では問題です。彼らがこのピルピル草の上を通過したら……。どうなると思います?」


 俺はマーロンさんと顔を見合わせ、思わず苦笑いをこぼしてしまった。もし彼女の言うように、蟻が命を失ったものしか口にせず、しかも無作為に動き回る習性があるのだとしたら……。


「草木本体は食べず、そこに付着したものだけを口にする。ってこと?」


 マーロンさんの回答に「そう!」と指を立てたリッケさん。そして一つの結論を述べた。


「彼らは花の蜜を吸うため、いいえ、受粉を行うために動いていたのではなく、ただ移動していただけなのです。動かず、死んでしまった自らの餌となるもののみを求め、力の限り進み続けていた……。素晴らしいとは思いませんか。その行動の一つひとつが、結果的に森の営みに加担していたのです。こんな小さな蟻の、闇雲に餌を探し歩く執念が、一つの生物の受粉を手助けしていた。……面白い、生き物の働きというものは、本当に面白い!!」


 ハハハハと高らかに笑った彼女は、愛でるように蟻たちを仲間のもとへと戻しながら、「素晴らしい」と呟く。そして真っ直ぐに俺たちを見つめながら、「そして貴方がたも、また素晴らしい」と真顔で言った。



「これは大いなる発見です。確かに現時点では彼らを操ることはできない。ですがもしや彼らの生態を上手く使いこなすことができれば、この国の農耕は間違いなく変わる。そしてお二人は、この国にとって救世主となるのです。誇れ、讃えろ、そして胸を張れ! 貴方がたお二人は、それだけの発見をした!!」


 顔面が三倍に肥大化するほどの迫力で迫る彼女の圧に押され、俺たちは思わず仰け反った。いやいや、そんな大袈裟な……


「大袈裟だと、そう思っているのでしょう。しかしそれは違う。現在、我々が利用しているシンリンスアナバチが受粉を享受可能な有効パーセンテージをご存知ですか。残念なことに、ほんの二パーセント程度でしかありません。しかしこの蟻ちゃんたちを、仮に区切られた空間の中で、意図的に、かつ自由自在に動かすことができたら。どれだけの領域がカバーできるとお思いになられますか?」


 俺たち二人が揃って息を飲む。

 そんなもの、考えなくたってわかる。


「ほぼ100パーセント。地上10メートルの範囲までなら、ほぼ全ての領域で彼らは延々と動き回ります。しかも虫にとって不確定要素となり得る水という絶対的な悪路を避け、かつ超スピードで、自由自在に動き回ることができるんです。この意味が理解できますか!?」


 もはや周りの状況すら構わずテーブルに足をかけ、悪徳政治家のように叫ぶ。同僚や俺たちが向ける視線など、もはや彼女にとっては無意味なのだろう。ただ先に見えている未来の姿に思いを馳せ、喜びに打ち震えている。ホント、自分に正直な人だ。


「さぁ、ではここからが本題です。私の予測が正しければ、彼らをまとめて補足することさえできれば、様々なことを試すことができます。……さぁ、どうします? 私の想像している未来、お二人も知りたくはありませんか?」


 おうおう、リッケさんよ。

 随分と煽ってくれるじゃないの?


 そんな未来を想像させられて、黙って引き下がるわけにはいかないよ。

 俺とマーロンさんは同時に立ち上がり、顔を向き合わせ、一斉に声を上げたのだった――




『ラウンドビートアント捕獲大作戦の幕開けだー!』



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