第048話 マッドサイエンティスト
「ファッッッ!? △$♪×!!?」
急な超スピードに声も出ないリッケさんと、もはや慣れっこのマーロンさん。そして動じることすらなく頭上でぐぅぐぅ眠り続けるポンチョさん。三者三様の反応を楽しみながらトゲトゲさんの尻尾の前に出た俺は、そのままさらに加速して空中へと飛び上がる。そして高い位置から高速移動している丸の虫束を探し出し、一気に距離を詰めていく。
「いたっ、あれだ!」
地上の腐敗土を食い尽くしながら高速移動している蟻たちの影を追いかけて、音もなく並走する。すると速度の恐怖よりも興味が勝っているのか、リッケさんは風に揺れる頬の肉すら気にすることなく、円球となって走り回る蟻玉をギンギンの凄い眼で観察し始めたじゃないの。うわっ、顔怖ッ!!
「しゅごい、これがラウンドビートアントの『超過食移動』。本物を初めて見ました!」
彼女の声に反応したのか、蟻玉がこちらと距離を取り始めた。しかしそうはさせじと、俺は今度こそ逃げられないように魔力ペイントを付着させ、執拗に玉の行方を追いかけていく。
「凄い凄いすごーい! 見てください、超連携と呼ばれる彼らアント種族特有の倍速歩行術を使った移動方法の完成形ですよ! これだからフィールドワークはやめられないのですッ!」
「驚いてるとこ悪いんですけど、どうにか蟻たちとコンタクトを取る方法を考えていただけませんかね。こうして追っている間にも、逃げられてしまうかもしれないので!」
「え〜? そんなこと言われましても、彼らとコンタクトを取る方法なんて私にはわかりませんよ。当然じゃありませんか!」
「ハ?」と俺とマーロンさんの目が点になる。蟻に会わせろと言っておきながら、この人、この先のこと何も考えてなかったのかー!?
「な、ならどうするんですか、これから先はー!?」
「そんなものは、なるようにしかなりません。何よりまだですッ、まだ追い続けてください! わたくしめに考えがございましてよッ!!」
何やら肩上でゴソゴソ動き出したリッケさんは、荷物の中から小さなコップのようなものを取り出し、徐ろに手を伸ばした。すると今度は並走している蟻玉の中に、コップごと手を突っ込むじゃないの!
「ちょ、ちょっと、何やってるんですか!?」
「見たらわかるでしょ。検体を採取しているのですッ!!」
フンヌッとコップを引き抜き、すぐにフタをした彼女は、ふふふふと気味悪く笑みを浮かべながらマッドサイエンティストの空気を漂わせている。
しかしそんなことよりも、彼女の行動はヤバすぎる。躊躇なくあんなことするなんて普通じゃないってこの人!?
「さっき自分で過食移動とかなんとか言ってましたよね!? 手なんか突っ込んで、腕ごと食べられたらどうするつもりなんですか!」
「ふん、そんなこと知ったことですか。起こった現象は起こったまでのこと。ひとつの結果として受け入れるだけです。何よりこうして私の腕はまだ存在している。そして先程の現象から、幾つかわかったこともございます」
などと話していた隙をつかれ、急ハンドルをきった蟻玉が勢いよく地面に突き刺さった。土を跳ね上げ地中を逃げられてしまうと、どうしてもそれ以上追いかけるのは難しい。俺は舌打ちして頭を掻きながら、「追跡はここまでですね」と呟いた。
「とぉっ!」と俺の肩から飛び降りたリッケさんは、ガクガク震える膝を叩きながら、丸いメガネをクイクイ上下させた。そして何もない空虚な闇の中を見つめながら、「待ってなさい、私の愛しき蟻ちゃんたちー!」と声高らかに叫んだ。
そんな彼女のことを見つめながら、これまでずっと黙っていたマーロンさんがボソリと呟いた。
嗚呼、面倒クセェ……、と――
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