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第033話 最高の夜


「アンタの未来は、ひとっつも見えやしない。連れの嬢ちゃんの背中は本当に静かで穏やかなもんだってのに、アンタの背後はさっぱりわからんときたもんだ。こんなことは85年生きてきて初めてさね」


「は、85年……?」


「なんだい、そうは見えないってかい? そりゃ嬉しいね」


「ば、ババアじゃねぇかよ……!?」


「あんだって!? もう一度言ってみな、この若造が!」


 突然超が付く若作りが明らかとなったものの、どうやら彼女の力は本物らしい。マーロンさんに何を伝えたかは秘密らしいが、バックグラウンドの見えない俺のことが気に障っているのは間違いないみたいだ。しかも……


「それに、だよ。アンタの頭の上にいるソレ。……それはもっと気味が悪いね。なんなんだい、その生き物」


 ポンチョを見つめながら彼女が聞いた。

 しかしこればかりは、俺にすらわからない部分が大きい。俺は眠そうに欠伸しているポンチョを抱えながら、「残念ながら、ちょっと訳ありでね」と答えるに留めた。


「一度に二つも変なのがやってくっから、こちとら途端に自信がなくなっちまったよ。そろそろ引退かね……」


「いや、アンタの腕は本物だと思うぜ。……俺が保証する」


「嬉しかないよ、化け物に褒められてもさ」


 ハハハと笑って誤魔化すが、どうやらハロンヌさんのご機嫌は直りそうもない。しかし用がないならここまでにと俺が話を切り上げようとすると、彼女は少しだけ真面目な顔をして言った。


「しかし……、彼女にアタシが言ったこと。あれはアンタにも通じる話さ。どうやら訳ありみたいだけど、いつまでも嘘が通じると思ったら大間違いさね。誠実に生きな、アンタにはそれが似合ってる」


 俺は少しむず痒くなり、「なるべくそうするよ」と頷いた。そして外に出ようと扉に手をかけたところ、ハロンヌさんが一言付け加えた。


「彼女、大事にしてやんなよ。不幸にしたら、きっと色々化けて出るよ、きっとね」


 思わぬ言葉に、「それはどういうことでしょうね」と苦笑いを返すしかない。扉を挟んだ外側で待っていたマーロンさんは、「話はもういいの?」といつもの顔に戻っていたが、俺はどこを見て良いのやら、明後日の方向を見つめながら「大丈夫」と答えるので精一杯だった。


「それにしても、まさか行きたい場所が呪術師さんのお店とは思わなかったな。……変なこと言われなかった?」


 しかし話をはぐらかしたマーロンさんは「次に行きましょ!」と俺の頭の上からポンチョを抱き上げて嬉しそうに駆け出した。彼女に懐いているポンチョも、キャッキャッキャッキャと楽しそうに跳ね回っている。


「ポンチョは私のこと好き?」


「ポンチョ、マーロン好きー!」


「ホント? 私もポンチョのこと大好きだよ~。モコモコで可愛いもん!」


「ポンチョ、もこもこ〜?」


「うん、モコモコだよ♪」


「マーロンも、もこもこ〜?」


「私は……、ええと、う~ん、どうだろ?」


 なぜかマーロンさんが口ごもる。


「マーロンさん、やっぱり長毛には抵抗でも……?」


「う~ん、本当は私も村のみんなと同じくらい長毛なんだけど、やっぱり動きにくいし、仕事に支障が出ちゃうしね。ポンチョは、私がもこもこの方が好きかな?」


 しかしポンチョはそもそも意味があまりわかっていないようで、質問を無視して「ポンチョ、マーロン好きー!」と答えただけだった。


「良いんじゃないですか、マーロンさんはそのままで。俺もポンチョも、そのままのマーロンさんが好きですよ」


 かぁぁと顔を赤くしたマーロンさんが、「うるさい黙れ!」と早口で会話を切り上げ、ポンチョを抱えていってしまった。こりゃまいったと頭を掻き、俺はすぐ彼女のあとを追いかけた。


 いつしか陽は陰り、夜になっていた。俺は帰ろうとする彼女を引き止め、「食事でもどうです?」と誘ってみる。ポンチョを抱えて了承してくれた彼女を連れ、俺は事前にローリエさんから教えてもらっていた店に招待した。


「この町一番のお店だそうですし、楽しみですね。ポンチョも美味しいご飯楽しみだろ?」


「ポンチョ、ご飯好きー!」


「フフフ、ポンチョは本当にご飯が好きだね。でも本当に良いの? 悠長に食事などしていて」


「大丈夫大丈夫。焦ったところで状況は変わりませんし、何より悪いことしてるわけじゃないですから」


「それはそうだけど。しかしまだボア対策など課題は山積みだよ。すぐにでも対応策を考えなくちゃいけないのに」


「う~ん、本当はそうなんだけど。実はひとつ考えてることがあってさ」


「え?」


「それは明後日にでも話すよ。それよりも今夜は食事を楽しもうよ。ポンチョもそうだよな?」


 ふにふにと戯けた踊りを披露するポンチョの可愛さにやられ、観念したように頷いた彼女とともに、俺たちはゆっくりと食事を楽しんだ。そうして愉快な夜の宴は一瞬にして過ぎていった。


 帰り際、いつもの宿をとった俺とマーロンさんは、お腹がいっぱいになって眠ってしまったポンチョを頭に乗せながら、夜の街道を散歩した。少し口にした酒のせいか、いつもより僅かに砕けた口調のマーロンさんは、俺がきてから毎日がスリリングで楽しいと初めて笑いながら語ってくれた。


「俺も楽しいですよ。マーロンさんや村の皆さんもよくしてくれますし、何よりコイツがいつも楽しそうで」


 頭の上のポンチョを撫でる。

 本当に可愛いですよねと同じように撫でてくれた彼女の笑顔に、俺はこの世界に転生してから、初めて心の底から笑っていたのかもしれない。


「……あのさ、ハク」


 ほんの一瞬会話が途切れたところで、彼女が不意に話しかけた。妙に真剣な彼女の表情に俺はどうにも身構えてしまい、「なんでしょう」と堅苦しく返事をした。


「ハハハ、そんなに身構えないでよ。……実はさ、ずっと聞かなきゃって思ってたことがあって」


「聞かなきゃいけないこと?」


「その……、ハクってさ。ちょっと訳あり? っていうのかな。なんだか自分を隠してたり、そんなところ、あるでしょ」


「ああ、……そう、かもね」


「前から少し気になってたんだ。ポンチョがね、たまにハクのことを『トーア』って呼ぶでしょ。もしかすると、それってさ……」


 俺は口を少しばかり結び、「そうですね」と言葉を止めた。これまではポンチョと俺の間だけで通じるアダ名と言って周りを騙してきたけど、何も俺だって嘘をつきたいわけじゃない。トアはこの世界でほとんど使ってこなかった名前で、その名の真実を知る者もポンチョを除けばほぼ存在しない。しかし俺が生きているという証になってしまうかもしれないその名前を、俺たち以外の第三者に語ることはリスクが大きすぎる。それでも……


「……そう、カミノ・トア。それが俺の本名です。今や誰も知らない俺の名前を呼んでくれるのはコイツだけさ。ごめんね、ずっと嘘をついてた」


「やっぱり。……でも良かった、本当のことを話してくれて。……じゃあさ、私も呼んでいいかな。二人と一緒のときだけは、ハクのことを『トア』って?」


「え、ええと、それは……」


「いいでしょ、ねぇ、……トア?」


 彼女の顔がゆっくりと近付き、唇が触れる。


 しかし寝返りをうったポンチョの手が俺たち二人の頬に触れ、思わずプッと吹き出してしまう。


「帰ろっか♪」


 夜風に吹かれ、毛がなびいている。

 恐らく俺は、この夜のことを生涯忘れないだろう。


 これから運命の代償ってやつがどれだけ重くのしかかってきたとしても、俺は自分の人生が良いものだったと胸を張って言える気がする。



 それほどに、最高の夜だった――


「面白い!」「続きが読みたい!」と感じましたら、

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