第314話 憧れと勇気
フライの頭、右半分を抉るほどの巨大なクロスが突き刺さり、円球だった脳天を歪に貫く。嗚咽のようなグジュグジュという耳障りな音が響き、「ヨーッシ!」というシルシルの雄々しい声が地面を滑っていく。しかし致命傷かと思ったのも束の間、内部から風船のように頭を膨らませたフライは、潰れた眼の一つひとつの形を整えながら、傷を再生させる時間を作るため、強靭な脚で一気に壁際まで距離を取った。
「勝機。逃がすな、マーロン殿!」
追撃の氷撃を撃ち込むため、シルシルが距離を詰めながらマーロンさんを呼んだ。だが攻撃の直後から追撃する様子がない彼女の行動に違和感を覚え、「どうした!?」と叫ぶ。
「う、うそ……でしょ、私の剣が」
攻撃の衝撃に耐えきれなかったのだろう。最大の一撃を放った二本の剣は根本から砕け、折れてしまっていた。状況を理解したシルシルが時間稼ぎに氷を放つも、どうやら致命傷を与えるには足りず、また距離を取られてしまう。
「ちぃっ。マーロン殿、他に武器は!?」
「これ以上の武器は……。だけど、だったら!」
グッと拳を固める彼女。
しかし俺は二人に何も声を掛けず、ポンチョのリュックから拝借した〝ある物〟をポーンと放り投げた。
「当たるも八卦、当たらぬも八卦。未熟者が使っても、そいつは不思議と力を貸してくれなくてさ。はてさて、貴女はどうかしら?」
一瞥もせず空中で受け止めるマーロンさん。
「これは……、ハクのククリ刀!?」
「貸してあげる。だけど使いこなせなければ負けちゃうかも」
意地悪く口笛を吹いた俺にムッとした表情をみせるも、折れた剣を捨てた彼女は改めてククリ刀を逆手に構えた。その間も敵の回復を止めるためギリギリのところで攻防を繰り返していたシルシルは、マーロンさんが深く身構えたタイミングを見計らい、さらに攻撃の速度を早めていく。
「ごめんなさい、遅くなった!」
「構わぬ。次こそ決めるぞ!」
氷の多重攻撃を全方向から一斉照射し、さらに大口を開け、最大級に溜めに溜めた巨大ブレスをお見舞いする。致命傷こそ負わせられないものの、大きな光りと衝撃で一瞬の隙を作ったシルシルは、マーロンさんを背負ったまま特攻するように突進し、直前で急ブレーキをかける。そして続けざま、慣性の法則で飛び出したマーロンさんの足裏に沿わしたククリ刀へ向けて、速度重視のブレスを吐き出した。ブレスの勢いに押された彼女の身体は、超スピードのままフライへと一気に迫ると、腹の底から絞り出したような怒号とともに再度刀を十字にクロスさせた。
そうはさせじと、フライは残る眼全てを前方に集中させ、さらに残った触手を伸ばして彼女と同じく多重にクロスさせ、鉄壁の防御壁を完成させる。
互いに最強の矛と盾。恐らくはこれが最後、この攻防を凌ぎきった者に勝ちが転がり込む。
「アアアアァァァ!」と野太い咆哮と同時に錐揉み回転した彼女は、先の一撃にさらに回転力を付与しながら、全ての魔力をククリ刀の刃先に込めた。
矛と盾が激突し、激しい火花と轟音がドーム状の空間の壁に反響する。分厚い触手の塊は重厚なコンクリートのように固く、渇いた音色を鳴り響かせ続けている。しかし追撃の手を緩めず、握り込んだ両の刀を押し込んだマーロンさんは、食いしばりすぎて血が吹き出す唇を振り乱しながら、「ダラァー!」と叫んだ。
その後ろ姿を見つめながら、俺はいつもの彼女の顔を思い浮かべていた。
真面目で手を抜かず、誰にも優しく、いつもひたむきに努力してきた貴女の姿を、俺はいつも憧れをもって眺めてきた。いつ何時も諦めず、自らが持つ全ての力を出し尽くして立ち向かう貴女の姿に、俺はいつも勇気をもらっている。
「そんな貴女が隣にいるから、俺はいつも俺のままでいられる。だからこそ、貴女がこんなところで負けるはずがない。だよな、俺の元相棒?」
十字にきった両手の刀をグリンと一回転させ、さらに捻り込む。しかし負けじと触手を重ねたフライが、攻撃を止めている隙を狙って左右からの反撃を画策している。そして一瞬の隙をつき、たった二本残していた触手で、左右から同時に彼女へ向けて刃を振り抜いた。
「―― 舐めてもらっては困るな。我もいることを忘れたわけではあるまい」
マーロンさんの背後から迫ったシルシルが、触手による攻撃を巨大な牙で跳ね除けた。そして「イケッ!」と叫んだシルシルの雄叫びに背中を押され、彼女はブーストをかけるように最後の魔力を刀に乗せ、シルシルの鼻面を足場にして低く低く踏み込んだ。
「 デェェヤァァァァッッ!! 」
水の魔力をまとった刀が触手の束にめり込み、美しい白と青のコントラストに揺れていた。こらえきれずフライの抉れた多数の眼から血が吹き出すも、マーロンさんは降りかかる血の雨に目もくれず、見開いた獰猛な肉食獣の瞳で目標だけを見据えて押し込んだ。
共鳴したククリ刀が超音波を放ちながら小刻みに震え、超速の振動が触手の塊を引きちぎっていく。そして電気ノコギリで引き裂かれたかのように真横に散り、パンと爆ぜた ――




