第312話 討伐開始!
俺がアレと呼称したもの。
それはもともと冒険者だった誰かの亡骸で、この先の細道を通せんぼするかのように項垂れたまま突っ立っていた。実際は既に息絶え、肉体は腐食し、酷い臭いを放っている。なのにその肉体からは異様な光が漏れ出ており、何者も寄せ付けない異常さを放っている。
「エメラルドドラゴンフライは、その習性として、自らの縄張りを知らしめるために、自分の巣の入口に外敵の死骸を飾ると言われているの。中でも大型の個体になればなるほど、巣穴の入口は小さく細いものになるって。……あそこ、どう見ても人が一人入れる程度のサイズよね」
「要するに、その先にいるトンボは、通常よりデカい可能性が高いってことか」
肯定も否定もしないニコルは、「どちらにしても引き返しましょう」と首を振る。しかし残念なことに、俺たちはまだ目的のアイテムを手に入れていない。それにどうやら目的のブツは、トンボの巣穴を抜けた先にしか存在しない。ここで足踏みしていては、手に入る物も入らない。
「だったら進むしかないだろ。なぁシルシル?」
俺の問いに微妙に頷いたシルシル。
さすがのシルシルも、その先にいる存在に圧倒されたのか、多少の気後れが感じられる。
無理もないか。
「わざわざ災悪に触れる必要なんてないわ。遠回りになるかもしれないけど、ここは諦めて別の道を探しましょう」
くるりとニコルが振り返る。
しかし俺は彼女の腕を引っ張り、くるりとこちらを向かせた。
「な、何よ……?」
「なんもかんも、行くしかないよな。ねぇ、マーロンさん?」
難しい顔をしながら、苦渋の選択で頷く彼女。
それでこそアタクシの伴侶。我が心の支えでございます!
「ば、バカ言わないで。アンタたち正気なの!? この先にいるのは、今までの魔物とはレベルが違うの。確実に殺されるわよ!」
でもニコルの言葉に、シルシルとマーロンさんは複雑そうな表情だ。
確かによくわかりますよ。
でしたら折角ですし、その理由を彼らに教えてあげてください。
「ええとね……、ニコルさん。その……、もう一度、三獄卒? だっけ。名前を教えてもらえるかな」
「だから、エメラルドドラゴンフライと、テンペストビートル、それにブラックデモンズフォーグよ!」
「あの……、最後のをもう一度いいかしら」
「だーかーら、ブラックデモンズフォーグよ、それがどーしたっていうのよ!?」
シルシルとマーロンさんの顔が渋る。
そうです。言わずもがな、ブラックデモンズフォーグといえば、我が村の守り神こと、トゲトゲさん一族の総称でございます。トゲトゲさんは、彼ら一族の中でもエリート中のエリートで、既に親である父トゲトゲさんすらとうに超え、一族最強の名をほしいままにしている元気印の可愛い可愛いお子様にございます。またシルシルに至りましては、夜毎一緒に村の見回りをしている、いわゆる〝お友達〟です。よって彼の力量も、実力の程も心得ているということです。それはまぁ複雑なことでしょう。
「あのね、そのブラックデモンズフォーグの子がね、随分前から村の守衛を担当してくれてるの。要するに、……いいえ、これ以上言うのはやめておくわ」
俺の顔を一瞥して言葉を止めるマーロンさん。
そうですね、正しい判断だと思います。
「は……? ブラックデモンズフォーグが村を……? ハァ!?」
驚きすぎて顔がひん曲がっているニコル。
さらに驚きすら超越して微動だにしない四バカ。
ときますれば、私が言いたいことは、もうおわかりですね?
「マーロンさん、それにシルシルさん」
ギクリと二人の肩が揺れる。
どうやら俺が言いたいことを理解してくれたみたいだね。
「ね、ねぇハク? そ、その先は言わないでくれると嬉しいかな……?」
「そ、そうですぞ村長殿。そこから先は容易く口にせぬ方が……」
ドギマギ止めようとしている二人を押しのけ、俺はドーンと胸を張って宣言する。
「よし、じゃあ二人でエメラルドドラゴンフライを倒してみようか」
このときばかりは、俺とポンチョ以外全員の顔が引きつっていた。
ある者は死を覚悟して膝をつき、ある者はこれから先に襲いくる魔物の姿を想像して青褪めた。
ですけどねぇ……。
「二人は考えたことない? 本当のところ、自分はどれくらいやれるんだろうって」
マーロンさんとシルシルが指を立てた俺の顔をマジマジと見つめる。
「どれくらいって……?」
「じゃあ聞くけど、今の二人なら、村にきたばかりの頃のトゲトゲさんと戦ったとして、勝てると思う?」
「村長殿、質問の意図が……」
「なら聞き方を変えるね。この先にいる魔物は、当時のトゲトゲさんと同じ、……いいや、少し劣るくらいかな。……どうだろう、少しはやる気になってきた?」
二人が同時に目を見開き、互いの顔を見合わせた。
そしてそれぞれ数秒間考えを巡らせ、全く同じタイミングで頷いた。
「わかった、やろう!」
二人の言葉に、四バカとニコルの顔色が激しく曇る。
しかし残念。意志ってものは、固まった瞬間こそ即刻打つべきなんだよね!
「さぁ心は決まった。……準備はいいね?」
頷く二人の肩に手を置き、「行くよ」と呟く。
そして足踏みしている全員を魔力の縄で捕縛し、一斉にスタートを切る。
「エメラルドドラゴンフライ、討伐開始だー!!」




