第305話 もてなしの余興
何事もなかったようにスタスタと近付くルンゲに衝撃を覚えたものの、すぐに取り繕ったララバイは、どうせこれで終わりだと卑猥な笑みを浮かべた。
「黙れ悪党め、我ら勇士、タダではやられんぞ」
ルンゲの声をきっかけに、数名の仲間が彼の元へ駆け寄った。
そしてそれぞれが手にした魔道具を宙空で円形に並べ、魔力を集結させ始めた。
「な、何をしているキサマら……!?」
「ふん、やはり商人だな。お前は私たち職人というものをまるでわかっていない。……奥の手は、最後まで取っておくものなのだ!」
八つの魔道具が一箇所に寄せ集まり、魔力を集合させ、圧力を高めていく。どうやら普通の武器に見せかけて作られたそのアイテムは、一つに集めることで始めてその力を解放させるものだったらしい。
身体が不自由で動けなかったはずのルンゲ。
制圧可能な、なんでもない武器を手にした職人たち。
そんな驕りに近い油断から、彼らの接近を許してしまったことにようやく気付き、ララバイの顔色が急激に青褪めていく。
「油断したなララバイ。まさか私たちが最初から捨て身だとは気付いていなかったらしい!」
圧倒的戦力で押し潰すだけと算段を立てていたララバイに対し、玉砕覚悟の一点突破だけを狙っていたルンゲ。どうやらその目論見に気付いたララバイが慌てて逃亡を図るも、魔道具の照準を整えたルンゲは、その後姿をめがけて「撃て!」と叫んだ。
怒声とともに、激しい稲光を発生させた魔道具が、溜めに溜めた魔力を発射させる。大筒から飛び出した夥しいほどの光りが周囲を包み、全ての闇を飲み込みながら照準を捉えた。
「や、やめろ、やめろぉぉぉ!」
ララバイの悲鳴にも似た叫びが商業区を抜けていく。光の中心が振り向いたララバイの背中へと恐ろしい速度で接近し、怯え慄いた男はペタンと尻もちをついて倒れてしまう。
「終わりだ、ララバイ!」
広場ごと破壊し、自分たち諸共散ることを画策していたルンゲたちに恐れはなかった。背後に並んだ仲間たちも同様で、それぞれが悟ったようにララバイ最期の瞬間をその目に焼き付けるために直立し、強く拳を握り込んだ。でもですね ――
集結した光のスジがララバイの顔に触れる直前、急激に角度を変えた光弾が、そのまま垂直に上昇していく。そして今度はヒュルヒュルと音を立てながら、抜けるように広がった商業区の天井めがけて飛んでいく。そして……
『 た~まや~! 』
誰かの景気の良い掛け声が飛ぶ。
直後、ララバイめがけて放たれたはずの魔力の塊が空中で爆ぜ、美しい閃光を伴って爆発した。その光景は闇夜を照らす大輪の花火のようで、それはそれは美しい一瞬のきらめきとして散っていった。
「な……、なんだこれは……」
地面に腰を落としたまま空を見上げ、ララバイが呆然と口を開けている。しかしそれは攻撃した側のルンゲも同様で、目の前に広がった彩り鮮やかな炎の輪の光景に絶句するしかない。
タイミングを見計らったかのように、「それッ!」「よッ!」と掛け声がかかり、さらに四方から光のスジが上がっていく。すると今度は先程より小ぶりの閃光が空中で爆ぜ、闇に包まれていた商業区の空を明るく染めていく。「何が起こっている!?」と叫んだルンゲの言葉を掻き消すように、調子のいい手拍子や合いの手が広がった。
「なんなのだ、これは何の騒ぎだ!?」
尻もちをついたまま右往左往しているララバイに、異常事態に慌てるルンゲ。しかし闇夜に上がる花火の数は秒ごとに増していき、ついにはフロアの天井を覆い尽くすほどに咲かせた大輪の輪が広がっていく。
その光景には反乱を予期していた衛兵たちも目を奪われ、異変に気付いた民衆たちまでもが空を見上げていた。初めて顔を覗かせた子供たちが夜空を染める鮮やかな光に目を奪われ、何も知らぬまま、しばしの演目を楽しんでいるようだった。
「―― とまぁ、余興って奴はギャラリーが多いほうが楽しいですもんね。ところで皆様、楽しんでいただけましたでしょうか?」
反乱因子であるルンゲたちの前に一歩踏み出した俺たちは、シルシルの背に跨ったまま、そこで改めて一礼してやる。「誰だお前たちは!?」と慌てているララバイに対して、堂々と自身の出自を述べたマーロンさんは、「今宵の花火、楽しんでいただけましたか?」と不敵に告げた。
「は、花火だと!? な、なんだキサマ、ふざけているのか!?」
「ふざけてなどおりません。今宵は、私どもがルンゲ殿にお願いし、ご来訪なさるララバイ様をもてなすために用意させていただいた余興にございます。そう、全ては〝サプライズ〟にございます!」
ウフフと笑う小狡い笑顔に、こちらの顔までほころんでしまいます。
可愛いねぇ。
「よ、余興だと!? 言うに事欠いて、何を言っているのだキサマ!」
「何を、と申されましても。実際にご自身の目でご覧になられたではありませんか。こちらにいらっしゃる衛兵の皆様も、大空を彩る大輪の華をご覧になられたはず。そこになんの悪意などございましょうか!」
ムググと奥歯を噛み締めて拳を固めたララバイは、「屁理屈を申すな!」と反論する。しかし実際に怪我人や町への被害は皆無で、残っているものは沸き立つ民衆の歓声だけだ。
「では如何いたしましょう。もしララバイ様が今宵のことを〝反逆〟などと申すのでしたら、お連れの皆々様に、民衆を鎮圧しろと御明示ください。しかしそんなことをすれば、貴方様は理由なく民衆を貶めた逆賊ともなりかねません。なにせ、私どもが共に目撃しておるのですから」
「グッ、つ、つくづく屁理屈を。き、キサマ、調子に乗るなよ。それが謀りであることなど、そこにおるルンゲの顔が全て物語っておるわ!」
「これまたユーモラスなことを。さすがはララバイ様、お戯れがお好きですこと」
オホホと貴婦人のように微笑むマーロンさん。
その姿はまさに悪役令嬢のようです。さすがっす!
「な、舐めるな、隣国の成り上がり貴族風情が。キサマらの魂胆など知ったことではないが、コイツらが反逆を企てていたのは確実。その証拠は既に上がっているのだ!」
「証拠……? 証拠とはこれのことでしょうか」




