第303話 無用の長物
地下の部屋に残されてしまった俺たちは、これからどうすべきかを決めあぐねていた。言ってみれば、これはルスカの国政に関わると言っても差し支えはない。他国の冒険者である俺たちがルンゲに加担するということは、この国の貴族を敵に回すということだ。それはわざわざルスカという隣国に、自ら手を出すことを意味している。
「だからってルンゲさんをみすみす死なせるわけには……。どうすりゃいいんだよ」
反面、迷いがある俺と異なり、やはりマーロンさんの考え方はシンプルだ。目の前に困っている人がいれば、彼女は必ず手を差し伸べる。しかも目の前に貴族による圧政があるのならば、自動的に走り出してしまうのも当然だ。だからこそ俺はまず彼女の腕を掴み、「一度冷静に考えよう」と提案する。
「どうして! 考えてる時間なんてないよ!?」
「大丈夫、まだ時間はある。四壁の言葉を思い出してみてよ」
シーリカは確かに言っていた。
貴族側の急先鋒であるララバイは、今夜商業区へと降りてくると。裏を返せばそれは、まだ僅かに猶予が残っているということだ。
「だからって、すぐに動き出すかもしれないよ!?」
「多分それはないよ。わざわざ敵の本拠地へ出向いて事を起こすなんて、死にに行くようなものだもん。もし俺がルンゲさんなら、まずどうにかララバイを押さえにいくかな。奴らの一瞬の隙を狙ってね」
確実に現れるとわかっている相手の隙を突くのは常套手段だ。しかも貴族の窓口として動いているララバイを出し抜けたなら、その後の動きも取りやすくなるに違いない。
「まずは彼らの動きを探ってみよう。……不服だけど、四壁にも手伝ってもらうしかないかもね」
そうと決まれば、こうしてはいられない。
すぐにでも地下室を出て、四壁から話を聞く必要がありそうだ。
俺の考えを先読みし、シルシルがいち早く部屋を飛び出していった。居ても立っても居られず、それを追いかけていくニコル。
「トア、私たちも急がないと!」
「……と、あわてんぼうさんは、すぐ走り出してしまいがちなんですが」
部屋の壁を一瞥し、ふぅと息を吐く。
「何もかも上手くいくことなんて稀なわけで。ま、やるだけやってみましょうか」
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺たちが成すべきことはシンプルだ。
手っ取り早くルンゲを救出し、すぐにランゲ捜索に戻ること。
これしかない。
しかし達成条件はそれほど簡単ではない。可能な限り敵を作らず、無闇に関わらず、それでいて確実に事を済ませる。多くを望みすぎだと言われればそれまでだけど、この生き方を貫くと決めた時点で、妥協はしないと決めている。
約束の時刻よりずっと早く町外れの空き地を訪れた俺たちに対して、四壁のメンバーで唯一待ち合わせ場所で待機していたシーリカは、まさか俺たちが現れると思っていなかったのか、咥えていてタバコをポロリと地面に落とした。
「あ、アンタら、どうして……?」
「なんだろうね。気の迷いってやつかな」とわざとらしく笑ってみる。しかし俺の態度と真逆なマーロンさんの心情を読み取ったのか、シーリカは地面に落ちたタバコをすり潰しながら言った。
「なんだか理由がありそうだけどさ。ララバイの野郎を倒してくれるってことなのかい?」
彼女の問いに答えようとした俺を止め、マーロンさんが一歩踏み出した。そして深々と頭を下げながら、自分たちにルンゲとララバイのことを教えてほしいと願い出た。
「……訳ありってことかい。つまんねぇな、アタシは奴らをひっくり返してくれりゃ、それだけでいいってのにさ」
不貞腐れて積まれた木材に腰掛けたシーリカは、「約束は約束だ」と渋々語り始めた。
「アタシらがこの国にやってくるよりも、ずっと前の話だ。もともとルンゲとララバイの野郎は仕事仲間だったらしい。ルンゲは魔道具職人で、ララバイはそれを他国へ卸す商人だったそうだ。しかしララバイの野郎は野心家でさ。ある時を境にして、野郎は金をチラつかせて貴族側に擦り寄り、自らも金で貴族としての立場を買ったのさ。その頃からだってな、この国が歪な構造に変わっていったのは」
舌打ちした彼女は、木の枝で地面に時系列を書き記した。ちょうどニコルが国を出たあたりから少しずつ変化していったルスカは、さらにこの数年で急激に内政を転換させていた。
「その最たるものが、あの長雪さ。ルスカ自身も類に漏れず、雪のせいで酷い目にあってね。上層の農業区も壊滅的な被害を受けたと聞いてるよ。食べものはなくなり、貴族と下層の庶民との間で分断は加速していった。もともと仲違いしていた庶民と貴族の溝は決定的になり、ついには貴族の奴ら、農業区から無関係な庶民を排除しやがったんだ」
「そんなことが許されるの? この国の王は一体何を……」
マーロンさんの質問を笑い捨てたシーリカは、「それこそ思い違いだ」と呆れてみせる。すると彼女は、この国を形作る階層のさらに上層に丸を打ってみせた。
「この上には農業区があるって言ったろ? そしてさらに上には、王族が住んでる王城区があんのさ。昔がどうだったかは知らねぇけど、少なくともここ数年、奴らは下々のことには全く関わらず、全てを貴族連中に丸投げしてる。なんならその貴族連中も、へーこら勝手に動いてくれるララバイの野郎に上手く丸め込まれて、都合のいいように使われちまってる始末だ。……既にあってないようなもんなんだよ、ルールなんてさ」




