第302話 ルスカという国
口を開けたまま一瞬立ち止まったニコルが、「え?」と聞き返す。
そして改めて、同じ質問をルンゲにした。
「本当に申し訳ない。ですが、私は皆とは行けんのです」
「どうしてよ!? ここまでしてもらっておいて自分は力を貸せないなんて、そんな情けない話があるっていうの!?」
「あのぉ、こちらとしては強要してるわけじゃないので構いませんけど……」
「そうはいかないわ! ね、ねぇルンゲ、どうしてなの。理由を聞かせなさいよ。でないと納得できないわ!」
すると彼は俯きがちに背を向け、「皆様には関係のないことです」と閉鎖的に言った。
「関係なくないわよ。アンタとアタシの関係でしょ!? それとも何、アタシが勝手に出てったことをまだ根に持ってるってわけ!?」
「いや、そうではない。……むしろこうなってしまったことで、それが必然となってしまった」
妙な言い回しをしたルンゲは、身体の動きを確かめながら殺風景な室内の炉の前に立ち止まり、徐に中を覗き込んだ。そして隙間から腕を入れて壁を操作すると、どこかでガコンと音が鳴った。
「なによそれ、なんだって言うのよ!?」
どうやらニコルすら聞かされていなかったのだろう。
突然反対側の壁が揺れ、扉のようなものが現れた。招かれるまま中に入った俺たちは、そこに並べられた物の姿に目を奪われた。
「こ、これは……?」
「……できることなら知らせたくはなかった。だがこうなってしまった以上、黙っていることはできなくなってしまった」
隠し部屋に並んでいたもの。それはルンゲ自身が生み出した武器の数々だった。わなわなと体を震わせたニコルは、そこに並んだものの存在を疑うように首を振りながら、「はぁ?」と疑問を口にした。
「な、なんなのよこれ。アンタ、これはどういうつもり!?」
彼女を一瞥だけして俯いたルンゲは、これまで俺たちへ向けていたものとはまるで種類の違う、決意のようなものを感じさせながら言った。
「皆様に成すべき事柄があるように、私にも避けては通れぬ道があるのです。たとえそれが神のご指示だとしても、私にも違えぬ約束はございます」
違えぬ約束、ときたもんだ。
昨晩、不落の四壁から聞いたルンゲの話。
そこから想像するに、恐らくはこの武器たちも、彼がしようとしている何かと関係があるのだろう。
「……貴族に、喧嘩でも売る気ですか?」
どうやら俺の言葉に驚いたのだろう。
目を見開いた彼は、「どうしてそのことを」としばし絶句する。
しかし知っているなら仕方ありませんと首を振り、淡々と話し始めた。
「この国は今、死につつあります」
「国が死ぬ……?」
「いいえ、厳密に言えば我ら一庶民のことを言えばいいのでしょうか。しかしそれも大袈裟ではないのですよ。我ら普通の民が消えれば、文化は消え、国も潰えます。……彼らにはそれがまるでわかっていないのです」
「それは貴方が争っているという〝ララバイ〟って奴のことですね?」
「まさか、もうそこまで……。さすがは我らが神です。なんでもご存知なのですね」
「神じゃないですけど」と否定するこちらの言葉を無視して背を向けたルンゲは、積まれていた魔道具を手に取り、感慨深く見つめた。そしてくるりと向き直り、決心の表情で言った。
「今ここで動かなければ、我らはもう保ちません。商業は死に、民は飢え、肥えるのは貴族たちだけ。我らは十分な食料すら得る術もなく、こうして飼い殺しにされるのを待つのみ。もはや限界なのです」
なるほどなと納得してしまう。
よくよく見ればルンゲ自身も痩せ細っており、誰がどう見ても栄養状態が悪く、不健康の限りといった風体だ。四壁のメンバーたち外の冒険者だけでなく、貴族以下のこの国の民たちは、随分と酷い扱いを受けてきたのだろう。そうでなければこれほど厳重に武器を隠す理由もなく、町にも活気が溢れるというものだ。
「あの長雪からというもの、貴族どもはさらに食料の供給を出し渋り、ついには倍の年貢をふっかけてくる始末。これではもう我らに死ねと言っているようなもの。ならばもう、打って出るほかありません」
どうやら状況は急を要する。その証拠に並べられた武器の数々は、すぐにでも持ち出せるように準備が整えられており、使われるその瞬間を待ち侘びているかのようだった。
「なら国を出ればいいのでは? なんなら隣の公国を頼ってみるのも手だと思いますよ」
「それが可能ならば既にやっています。今から約半年ほど前のこと、奴ら貴族は、我ら国の民をこの町から出さぬように包囲網を敷き、冒険者以外の民の通行を厳しく制限してしまった。もしも外へ出たいのであれば、回廊を抜けて出ていけばいいという無理難題を押し付ける形でね」
なるほど、それで俺たちのような外の人間が通常ルートで入国するのにも時間がかかるんだなと納得する。どうやら俺たちの窺い知れぬところで、ルスカは随分と歪な状況に陥っていたらしい。しかし……
「たったこれだけの武器で、どう戦うつもりなんですか。たとえ身体が万全になったとしても、所詮は衰えた身です。こんなものを持ち出して戦いを挑んだところで先は見えている」
四壁の話では、商業区の上層には巨大な農業区があると聞いている。同時にこの国の貴族がそれだけの農場を管理できるだけの財力と人員を確保しているのであれば、こんな反乱など立ちどころに鎮圧されてしまうに違いない。無謀極まりない話だ。
「たとえ敗れるとわかっていても、話し合いの先頭に立ってきた私が退くわけにはいかないのです。これまでは身体の不調により足踏みしてきたが、私自身が動けるようになった今、立たないわけにはいかぬのです!」
武器を握った腕を僅かに震わせるルンゲは、「すぐに準備をしなければ」と俺たちを部屋から追い出した。そして「無茶は承知のうえです」と頷き、すぐにアジトを出ていってしまった。
おいおい、急展開すぎないか!?




