第227話 高位のウルフ
「しかし地下階層は全壊に近い形で崩れており、今回運び出した冒険者以外を探しに戻るのはもう難しいだろう。こうして帰還できたことが、既に奇跡に近い。雨がやみ、完全に水が抜けきるまでは、ダンジョンをしばらく封鎖し立ち入れぬよう指示を願う」
「承知した」とテーブルが頷いた。しかしどこか浮かない顔で隣に立っているペッツに気付き、「なんだ、まだ何か問題があるのか!?」と眉をひそめた。
「も、問題なんかねぇよ! あ、あれだよ……、せっかくでけぇ竜を狩ったってのによ、足場が沈んじまったせいで素材を全部回収できなかったんだよ。……それだけだっつーの!」
と、俺をチラチラ見ながらペッツがボヤく。
その様子にクククとほくそ笑む牙の仲間たち。
さすがはSランク冒険者パーティー様。こちらの意向を汲んでくださり感謝感謝です。
「よーし、そんじゃあ早速ダンジョンを閉じちまうぞ。手が空いてる職員は、これからそれぞれ持ち場へ戻って入口を封鎖だ。ところどころ新しい出入り口ができちまってるようだから、くまなく確認して確実に閉じるんだ、いいな!」
ギルドマスターの指示を受け、ギルド職員たちが一斉に返事をする。もうひと踏ん張りだなと腰に手を当てたテーブルは、俺と牙の面々に「お前らはこれからどうする?」と質問する。しかしその直後だった。
ゴゴゴという地響きが走り、怪しい雰囲気に集まっていた面々が身をすくめる。近くに見えていたダンジョンへと通じる窪んだ穴がスルスルと滑り始め、さらに穴を広げていくではないか。慌てて砂地の丘陵地帯へと移動した俺たちを嘲笑うかのように、地下空間が多量の砂を吸い上げていく。牙のひとりが空中に足場を作ってどうにか難を逃れたものの、俺たちがこれまで立っていた砂の足場は見事に飲み込まれ、地下全てを覆い尽くすように、周囲が巨大な窪地へと様変わりしていく。
「こいつは……。もう復旧は永遠に無理かもしれねぇな」
テーブルがポツリと呟いた。
地下へと通じる穴諸共、何もかもを飲み込んだ砂が、迷宮の全てを葬り去っていく。
未だ降り続いている雨と砂が音を立てて流れ込み、まるでそこに何もなかったかのように埋め尽くしていく様はどこか物悲しく、盛者必衰を思わせる寂しさを覚えた。だけど――
「これで完全にキノコ情報を得る術がなくなっちまったわけですか。ふぅ、どうしたもんかね」
もはや忘れているかもしれないが、本来の目的はキノコ情報とアナグマ族の情報を得ること。これで片方は完全に消えてしまったことになる。
さらにもう一つも……。
そう俺が言いかけた時だった。崩れた足場の先に見えていた丘陵地帯の方角から、微かな声が聞こえてくる。「なんだ?」と額に手を当てたアシュリーが目を凝らす。さらに数秒後、牙の面々の表情が一変する。
「どうして砂漠地帯に北方の地の魔物が。皆、どうにか対処するぞ!」
アシュリー、ペッツに続いて、牙の面々が態勢を整えた。しかし匂いを嗅ぎ取ったポンチョとマーロンさんは、駆け寄ってきた大きな影に顔を赤らめ、「おーい!」と大きく手を振った。
「おーいじゃねぇよ!? おいテメェ、あれはシルバーグロウウルフっつーヤバいランクの魔物だぞ、わざわざ呼び寄せてどうすんだ! って、ボフッ」
慌てるペッツの顔によじ登ったポンチョが「シルー!」と嬉しそうに手を振った。どうやらシルシルらウルフ一行が砂漠地帯までやってきたらしく、こちらへ一直線に駆け寄ってくる。しかし歓迎ムードといった雰囲気ではなく、どこか緊張感を帯びている気がする。どうしたんだろうか?
「大丈夫だ、あれはウチの村のウルフ族たちだ。しかし……なんだってわざわざ砂漠地帯まで。あれだけこなくていいと言っておいたのに」
俺たちが村を発つとき、今回ばかりは少数精鋭で頼むと村人たちとは約束をしていた。それを違えてやってきたとなれば問題だが、どうやら様子がおかしい。マーロンさんもすぐに気付いたのか、ペッツからポンチョを回収するなり、慌てて空中の足場を蹴って飛び出した。
「おいテメェら! 次から次に、なんなんだよ」
俺たちに気付いてシルシルが急ブレーキをかけた。しかし居ても立っても居られない様子で足踏みしている彼らは、こちらの確認も待たずに俺たちをついばみ、自身の背中へと放り投げた。
「お、おいシルシル、どうしたんだよ、そんなに焦って!?」
「緊急事態です。村長殿、急ぎます!」
しかし慌てて走り去ろうとするウルフの前に立ちはだかったのは、牙のメンバーであるペッツだった。「待て待て」とシルシルを止めた彼女は、「どさくさに紛れてそいつを連れて行くんじゃねぇよ!」と声高に騒ぎ立てた。
「どけッ、小者が!」とシルシルが一喝する。しかし一歩も引かないペッツは、「イヌコロが俺様に勝てると思ってんのか?」と充血した眼で睨みを利かせる。おいおい、どんな状況だこれは!?
「やめろペッツ。シルシルも、あまりに話が急すぎる。こっちにはこっちの事情が――」
止めに入るも、やはりシルシルの様子がおかしい。高位のウルフ族らしくなく慌てる様は異様で、「村に何かあったのか?」と聞いてしまうのも仕方のない流れだった。
「今は一分一秒を争うとき。どこの誰かは知らぬが仕方ない。貴様らも乗れ。走りながら話す!」
シルシルはペッツの服を掴んで放り投げ、仲間のウルフの背中に彼女を乗せた。
よくわからないが、どうやら相当なことが起こっているらしい。
「おい待て、我らも行く。一緒に乗せていけ」
ペッツひとりを行かせるわけにはいかないと、アシュリーら牙の面々もやってきた。舌打ちしたシルシルは、考えている時間も惜しいと仲間の背中に乗るよう了承し、一目散に駆け出した。
よくよく見てみれば、シルシルだけでなく、部下のウルフたちの様子もどこかおかしい。各自が口の端から泡を立て、焦りからか瞬きの回数も異常なほどだ。
「何があったんだ。お前ほどの男がそこまで焦るなんて……。ってまさか、またあのジジイが問題でも!?」




