第226話 どんなものよりも
聞こえる。
愛するヒトの声が。
その声は、いつもどこかで俺の名前を呼んでくれていた。
どれだけ荒んでも、狂っても、いつだって俺をこの世界に呼び戻してくれた。
曇った景色に、二つのシルエット。
立ち尽くす俺の前に立った彼女は、何も言うことなく、俺の左頬を思い切り張った。
よろめき、思わず片膝をついてしまう。
しかし今度は、隣にいる小さな手のお出ましだ。
俺の顔を何度も小突き、「バカ」「バカ」と泣きじゃくっている。
モコモコの小さな手を掴まえ、「ホントにバカだよな、俺は」と抱きしめる。
グズグズ鼻をすするポンチョの背中にリュックを戻し、ポンと軽く叩いてやる。
「……マーロンさん」
俯く彼女に話しかける。
「うるさいっ!」とそっぽをむいた彼女は、どうやら許してくれそうもない。
そりゃそうか。
あれだけ勝手なことをしたんだ。
引き留める彼女を残し、勝手に出ていった。
どうして許してもらえると思ってるんだ、俺は。
それでも……。
「本当にごめん」
こちらを向いてくれない彼女のことを、ぐっと抱き寄せる。
どれだけ勝手だとしても、俺にはもう、これしか自分を証明できる方法がないから。
「トアは……、本当に馬鹿だよ」
「うん、わかってる」
「わかってない! トアはいつも自分勝手で、全部自分ひとりで解決しようとして。……どうしてそうなの!?」
「なんでだろう。きっと……、もう誰も失いたくないから、……かな」
しかし彼女は俺の腕を振り切って、「だからそれが間違ってるって言ってるの!」と声を荒らげた。
「マーロンさん……」
「もっと頼ってよ! 私や、村のみんなだってそう。どうしてトアは、いつもひとりで。そうやって、全部をひとりで背負い込もうとするのよ。どうして……」
涙が頬を伝う。
「ごめん」と呟くので精一杯だった。
「トアはわかってない。もしトアが。もしトアが死んじゃったら、私たち、これからどうすればいいの? トアは、もうトアだけで生きてるんじゃないんだよ!」
肩を震わせる彼女の足にポンチョがギュッと抱きついた。頭を撫でながら抱き上げた彼女は、ポンチョを俺に抱かせながら、毅然とした目で言い聞かせるように言った。
「約束して。これからはもう絶対こんなことしないって。ポンチョや村のみんなを不安にさせるようなことを、もう絶対しないって!」
ぐいとさらに一歩詰め寄る。
俺は半歩身を引き、「わかりました」と頷く。
さらに顔を寄せた彼女は、「本当に!?」と一言。
「ホントーに!」とポンチョまで一緒になって。
俺はモコモコの頬におでこをぐりぐり押し付けながら、「ああ、約束する」と返事をする。
「トーア、マーロンと、ポンチョと、約束!」
ポンチョが俺とマーロンさんの顔を引っ張り、それぞれに顔を擦り寄せた。
「破ったらただじゃおかないんだから!」とウチのモコモコさんと一緒になって頬を膨らませた彼女は、最後に俺の額にデコピンを一撃。
これは今までのどんな一発よりも効いたなぁ。
……何よりも効いた。
「本当にごめん。もうこんな無茶は絶対にしないよ、約束する」
二人の頭を撫でながら約束する。
ようやく少しだけ機嫌を戻してくれた二人が揃って微笑んでいる。
……だけどね、マーロンさん。
多分俺は、これからも、何度だって無茶をすると思う。
二人や村のみんなが笑って暮らしていけるのなら、何度も、何度だって無茶をする。
みんなを守るためなら、どんなことでもしてみせる。
たとえこの身が朽ち果てたとしても――
そうこうしていると、遠くから誰かが俺たちのことを呼んだ。
手を振っていたのはローリエさんで、こちらに気付いて駆け寄るなり、思いっ切り俺に抱きついてきた。その拍子に転倒してしまった俺は、二人して砂地の地面を転がった。
「ちょっ、ローリエさん!?」
「さっすが村長さん、よーく頑張った! おかげでギルドのみんなが無事に帰ってこられたよ。ん~んッ(チュッ)♪ 私があと10若かったら、き~っと今頃村長さんと結婚してるわよ、この色男!」
俺の頬にチュッチュとキスをした彼女に対し、「ローリエさん、何してるんですか!?」とマーロンさんが割って入った。オホホホホと上機嫌なローリエさんから少し遅れてやってきたテーブルは、「おいおい」と呆れながら俺の頭に手を置き、「よくやってくれた」と端的に言った。
「ま、どうにかこうにかね。このとおりボロボロですけど」
「なんにしても、まさか無事に全員戻ってこられるとは思いもしなかった。本当に感謝している」
テーブルが頭を下げながら礼を言った。
そして俺の手を取って立ち上がらせながら、「どうか今後ともよろしく頼む」と笑みを浮かべた。
「そ、そればっかりはお手柔らかに」
ハッハッハと久しぶりの笑顔が皆から溢れた。
思い思い喜びあっていた牙の面々も集まってきて、それぞれがひとしきり手を取り合った頃、思い出したかのようにテーブルが「アッ!」と呟いた。
「いいや、ちょっと待て! 再会の喜びを分かち合ってる場合じゃなかった。おいアシュリーと村長、例の化物はどうなった!?」
取り乱した様子で俺の襟首をたくし上げるテーブル。そういえばまだ伝えてなかったと彼の手を解いた俺は、「大丈夫だから落ち着いて」と彼の肩をポンポンと叩いた。
「だ、大丈夫って、災害級の化物なんだろ!? いくら全員無事に帰還できたからって、もしそんなのが外に出てきたとしたら!」
「その点は問題ない。土竜については地下でハク……。いいや、我らが共に討伐した。奴が地上へ上がってくることはない。案ずるな」
俺を横目に見ながらアシュリーが付け加えた。驚き半分、安心半分でストンと腰を落としたテーブルは、肩の荷が下りたかのように脱力し、大きく息を吐いた。
牙の面々もそれぞれが頷いてみせる。
俺は何も付け加えることなく、ウンウンと肯定した。




