第224話 解放の代償
ゆっくりと歩み寄り、土竜の喉元に剣先を突き刺す。
そして薙ぎ払うようにそのまま真横へ振るい、刀身に付いた血を払う。
膝から崩れた土竜がその場に倒れ込み、数秒の痙攣ののち、動かなくなった。俺は弾けそうになる心臓をどうにか押さえつけるように握ったまま、深呼吸を繰り返す。それなのに――
「マズい、力を使いすぎた」
急な魔力の解放に加えて、暴走した感情に精神が追いつかない。
酸素を失った脳がオーバーヒートを起こし、呼吸することすらままならない。
目の前の景色が白み始め、身体が動かなくなっていく。
歯を食いしばって前を向こうとするも、水没しつつある砂の小島に膝を落とし、何もない中空へと手を伸ばしていた。
「こ、こんなところで死んでどうすんだ……、お、俺は、俺は……」
聞こえていた水の落ちる音すら、もはや聞こえない。
口端から泡を吹きながら、胸元を押さえて倒れ込む。
砂の上を滑っていく水の流れに頬を沈め、呼吸できず、目も見えない。
ダメだ……
マズい、 し、…… ぬ ――――
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死後の世界とは、どのようなものなのだろう ――
二度目の死を目前にしてからというもの、ひとり考える場面が増えた。
また前と同じように別の世界へ転生するのか。
それとも文字通り消え失せ、無に帰すのか。
どちらにしろ、また別の俺となって生きていくんじゃないのかな。
なんて、漠然と考えるようにしていた。
しかしこの世界の俺は、転生前と違って、あまりにも多くの人間を殺しすぎた。
運命に縛られ、抗うことすらできず、流されるまま、ただ殺し続けた。
でも本当のところは違っている。
自分がやられないため。
真実を言えば、それだけのために他人の命を奪っていた。
自分の不幸さにかこつけて、他人を巻き込んで殺し続けてきただけだ。
虫のいい話さ。
とうの昔に気付いてる。
もし次死ねば、この先の俺なんてものは、もう存在しないだろう。
地獄というものがあるのなら、間違いなく地獄堕ちだ。そうに決まってる。
何が悲しくて、もう一度転生などできるものか。
ちゃんちゃらおかしくて泣けてくる。
…………
…………
―― それでも
だとしても。もし、あとひとつだけ願いを言えるのだとしたら……
「ほんの少しだけ、あとほんの少しでいいから、ポンチョやマーロンさん、村のみんなと、一緒に過ごしたかったなぁ」
みんなみんな、俺の願望を叶えるように集まってくれた、モコモコした可愛い人たち。本当に気の良い奴らさ。
腐りきってた俺のことを優しく迎え入れてくれた人たちと、もう少しだけ一緒にいたかった。
たとえ最期は蔑まれ、排除される運命にあったとしても。
ほんの一時の、偽物の安らぎで構わないから、与えてほしかった
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「 ―――― ォイ! ――い! 」
声が聞こえる。
耳障りなほどに甲高い声だ。
冗談にも好みとは言えないが、妙なほど腹の奥に響いてくる声。
変な気分だ。
ゆりかごで揺らされているような、おかしな気持ちのよさがあるのに、頭が不快でハッキリしない。身体には力が入らず、目を開けることすら叶わない。なのに……
「―― ……ニキ! 目ぇ覚ました、おいテメェ、まだ生きてるか!?」
またあの甲高い声だ。
誰かが俺の頬を何度も叩いている。
やめろ。
何度もピシピシ叩くな。
痛ぇんだよ、やめろ!
「いいから走れペッツ。このまま沈んだら俺もお前も一巻の終わりだ。まずは黙って走れ!」
今度は男の声。
どっしりと落ち着いた声なのに、心情はどこか落ち着かない様子だ。
それにしても、わからない。
俺は死んだのか。
それともまだ夢を見ているのだろうか。
僅かに耳がハッキリしてきた。
ずっと耳元で、誰かの声がしている。
ギャアギャア騒がしいが、やはり慌てているのだろう。
聞けば、声とは別に激しい雑音も混じっている。
……というよりむしろ、雑音の方が声よりもかなり大きい。
いや。これはもう雑音なんてレベルじゃない。
鼓膜を揺らすほどの、衝撃的な轟音だ!
「アーーニーーキーー!!」
「泣き言を言ってる暇があるなら走れ! もうポータルは沈んじまった。俺たちは自力で、ここを這い出すしかないんだ。とにかくいいから走れ!」
今度はハッキリ聞こえてきた。
脳内にかかっていたモヤが晴れ、思考も定まり始めた。
「そ、……双龍、の……?」
「兄貴、コイツ、気がついた!? ちゃんと生きてる!」
「おうおう、そうか。そんじゃあ俺たちが、ちゃんと生きて帰してやらないとな!」




