第223話 言い残すことはあるか
さらに勢いをつけて、切っ先を土竜の首に捻り込む。
初めて皮膚を貫いた剣先の隙間から紫色の血液が吹き出し、そこから侵食するように黒の靄が土竜の肉体へと流れ込んでいく。
悲鳴のような土竜の咆哮が轟き、思わず笑みがこぼれてしまう。俺の胸の奥底に眠っていた腐りきった黒い感情が爆発する。
「ック、ククク、アッハハハハ! 痛ぇか、痛いだろうな。おかしいよな、無敵なはずのテメェの首から血が出てんじゃねぇか。クソザコのはずな俺にやられて、痛がってんじゃねぇよ、クソザコがァ!!?」
怒りを露わにした土竜が四つの頭を振り乱し、怒りの限り突進を開始する。
俺はそれをおちょくるようにひょいと躱し、手にした大剣で小刻みに装甲を削っていく。
「おいおい、遅ぇな。そんなでどうやって俺に攻撃を当てるってぇ!!?」
能力を解放したことで、感情がコントロールできなくなってきた。
野郎も俺も、腐った力に支配されたかのように自らを解放させ、醜い醜態を晒している。
「ほれほれどうしたァ!? 四つも頭があるくせに、テメェの脳ミソはスッカスカかぁ? 少しは知恵を使ってみせろ愚鈍なマヌケがよぉ!」
体内にまとめた魔力を爆発させるように、土竜が全方向に火球を吐き出した。周囲の景色が変わるほどの威力に巻き込まれ、俺も激しく地面に叩きつけられる。
「グあッ、ちっ、地下の空間ごと壊すつもりかテメェ? このチン○ス野郎がよ!」
迫りくる無数の攻撃を掻い潜り、踊るように剣技を叩き込む。
そのどれもが急所だけを抉るように斬り裂き、ただひとつとして無駄な一撃はない。
両目を真横に串刺しにして、さらにはそこから垂直に斬り上げ、まず最初の頭を切り崩す。しかしすぐに再生しようと鱗を固めた土竜も、一切攻撃の手を緩めない。全身の鱗を震わせて放つ細かな斬撃の数々は、敵の接近を決して許さない。
「ちぃ、一撃一撃が重いうえに一瞬で再生すんのか。厄介だな」
エリアボスと言ってしまえば言葉は軽いが、土竜はこのダンジョン最下層のエリアボスだ。しかもその亜種として出現したダンジョンボスとも言い換えられる。ダンジョンそのもののランクはAだとしても、Sランクの双龍の牙が全滅してしまうレベルの相手。一筋縄でいくはずはない。
「……と、テメェは思ってんだろ。そいつはちぃと、認識が間違ってんな」
無数に迫りくる攻撃を躱し、土竜の正面に立ち続ける。まるで攻撃が当たらず苛立った敵は、四つの首を前後させながら狂ったように熱線を吐き出した。しかし俺はそれをいちいち捩じ切るように両断し、全てを無に帰してやる。
「敵一体くらい、どうにでもなると思ってたんだろ? なぁ土竜よぉ。一対一なら、どんな相手でも余裕で勝てると思ってたんだろ?」
まとめて飛んでくる全攻撃を一閃し、ニヤリと笑ってやる。
残念ながら、既に勝負は決まっている。何故なら……
「俺は、一対一なら絶対に負けない。俺を殺りてぇなら、国家の衛兵大隊でも連れてくるんだな!」
こちらの煽りに対し、土竜が鼓膜を劈くほどの咆哮をあげた。「こいこい」と手先で挑発した俺は、超重量の突進を躱し、四つ首の一つの横っ面を張り倒してやる。そしてバランスを崩して片膝付いた巨体の上部へと跳び上がり、汚い嘲笑を撒き散らしながら、刀を鱗と鱗の合間に突き刺した。
紫色の血を吹き上げ、俺の頬がどどめ色に染まっていく。
それでも気にせず深く押し込みながら、俺は狂ったように笑っていた。
「おいおい、どうした!? そんなもんか、それでもテメェはダンジョンの主か!!?」
激しく身体を揺さぶった土竜は、ダメージも気にせず俺を巻き込むと、そのまま壁へと突進した。衝撃に巻き込まれて地面を転がった俺は、血反吐を吐きながらも、瞳孔の開いた眼を見開いて喚き散らす。楽しさなのか、それとも鬱屈と押し込められてきた心の有りようなのか、ずっと奥底で眠っていたナニカを吐き出すように、負の感情を撒き散らしていた。
「まだだろ、まだだよなぁ!? こちとらまだまだやれんぞ、ま~だ暖まってきたばっかりなんだよ。まだまだくたばってくれんなよぉ!?」
自分で破壊した瓦礫の束をふるい落とし、土竜が立ち上がった。俺が刺して傷付けた部位から噴水のような血飛沫が跳ね、痛みからなのか、土竜がよろめいた。
「どうしたというのだ。土竜の身体、さ、再生が追いついていない……?」
盾で周囲の衝撃を躱しながら、アシュリーが疑問を口にした。
俺はほんの一瞬視線を向けつつ、「そりゃあそうだろうよ!」と狼のように吠えた。
「なんのために、わざわざ細かぁく細かぁく刀でぶっ刺してきたと思ってる? ……毒だよ、刀には、特製かつ変異性の毒を仕込んである。再生を試みようとしたってムダムダ。再生したところから壊死して溶けてなくなっちまう。もう詰んでんだよテメェは、ヒャハハハ!」
黒く、汚く、荒みきった言葉を止められない。
俺の意思を無視するように、過去に俺が否定し続けた力が暴走している。一歩動くごとに吹き出す血を見つめては、爛々と輝く眼で睨み殺す。一刺ししては笑い、また一刺ししては笑い転げる。その様はどちらが悪魔かを判断することすら難しく、酷く無様で、あさましい姿だったに違いない。
「ほれほれほれ、どうした!? もっと抵抗してみせろ! どうした土竜、これでオシマイか!?」
勢いがあった土竜の攻撃も、いつしか絞り終えた柑橘類のように萎んでいた。四つの首は血の止まらない傷を庇うかのように右往左往し、太く重厚な脚はいつからか一歩も動けない。かろうじて立ってはいるものの、プスプスと音を立てたように魔力が漏れ出て、ドス黒く地下の水源を汚している。
「それでも本当にダンジョンを司る地竜なのかい? たかだか冒険者ひとりにやられて、情けなくはないのかい? あぁん!?」
土竜の目前へと浮かび上がった刀の切っ先が、くるりと回転する。最後の意地を振り絞るように四つの頭が一箇所に集まり、カパリと巨大な口を開ける。そしてありったけの魔力を振り絞り、これまでで最大の火球を吐き出した。
「最期に頼ったのが、たかが炎とは。無様なり、地を司る魔物の成れ果てよ」
火球を上下に分断する。
真横を通過していった爆炎が、後方で弾け飛んだ。
「何か言い残すことはあるかい? って、……テメェにそんなこと聞くのも野暮か」
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