第220話 俺ひとりで充分
周囲の空気が静止する。
降りしきる雨の中、全員の視線が彼女へと傾いていく。
しかし我に返ったテーブルがすぐに否定の言葉を口にする。
「馬鹿なことを言うな」と。しかし――
「助けを求めている人がいる。ならば私は行く。『獣傑の狩人』の名にかけ、その名に恥じぬよう突き進むのみだ」
俺は俯きながら、誰にも聞こえないように口の中で舌打ちする。
考えが甘かった。
あの時の俺は、彼らの実力や装備の有無、さらには絶対的なアイテム(※ポータル:移動用魔道具)という存在を過信してダンジョン探索を容認した。俺があの場面で明確に引き止めていれば、ここで彼らをバッサリ切り捨ててしまう手段もあった。しかしこれは想定外だ。
彼女に話を聞かせてしまったこと。
彼女がそんな事実を知ってしまえば、手を差し伸べてしまうに決まっている。
自分の力が足りているかどうかなど関係ない。『目の前にいる誰かが助けを求めている』、彼女にとって、それ以上の理由など必要ないのだから……
「止めても私は行く。テーブルさん、私の冒険者ランクはAです。ダンジョンに入るための条件は満たしているはずです」
「馬鹿なこと言うんじゃねぇ! 今はランクがどうとか、そんな次元の話じゃねぇんだよ。行かせねぇ、行かせるはずがねぇだろバカ野郎!」
道に仁王立ちして立ち塞がるも、マーロンさんはそれを押しのけて進もうとする。「獣傑の……?」と呟いたペッツは、涙を拭いながら両の拳を握った。
「どきなさい! でないと、強引にでも貴方を退ける」
「許すわけにはいかねぇな。アンタはウチにとっても大きな戦力だ。これからやってくるであろう厄災を前に、アンタまで失うわけにはいかねぇ。頭を冷やしやがれ!」
怒りによって放出される魔力がぶつかり合い、周囲の雨を弾いていた。両者の視線が交差し激しく接触する。しかしそんな二人を見つめてギリギリと奥歯を噛み締めたペッツは、断腸の思いでらしくもなく消え入りそうな笑みを浮かべ、「もう大丈夫だ」と言った。
「獣傑の、もういい、もういいんだ。初めからわかってた。アンタら巻き込むつもりなんて俺にはねぇからさ。だからさ、俺たちのことは、もう忘れてくれよ……」
笑顔の端に涙が交差し、雨粒に混じって地面に落ちた。
ペッツは力が入らない膝に手を置くと、歯を軋ませながら立ち上がり、「行ってくる」と手を振った。
「おい、許可できるわけないだろ!」
テーブルが手を伸ばす。
しかしそれよりも僅かに早く、俺の指先が彼女の手首を掴んでいた。
「な、んだよ……、アンタ……?」
「ギルマスさんよ」
ペッツの問いを無視し、俺はテーブルに質問する。
「アンタ、口は堅い方だったよな?」
額にシワを浮かべたテーブルが、「どういうつもりだ?」と聞き返す。
俺は無言で彼の目を見つめ、「俺だけでいい」と伝える。
「お、お前ひとりって、それは……」
「足手まといはいらない。邪魔なだけだ」
テーブルが一歩身を引き、「うっ」とたじろいだ。それをイエスと受け取った俺は、ほんの僅か身体を傾け、俺を睨みつけているマーロンさんに頭上のポンチョを託した。
「……どういうつもり?」
「ええとさ……、コイツのこと、預かっててくれないかな」
「馬鹿なこと言わせないで。ハクだけには行かせない。私も行く」
「悪いけどそれはダメだ。キミはここで、コイツと待っていてほしい」
「ふざけないで。どうしてハクは、……どうしていつもそうなの!?」
その問いに答えたところで、恐らく貴女は納得しないだろう。
そして今回の事態は、言ってみれば俺の怠慢が招いたようなものだ。
貴女を危険に晒すくらいなら、死ぬのは俺ひとりで充分すぎる。
「……超硬化」
「ちょっ!? う、動けな……!」
相手の動きを封じる魔法でマーロンさんを硬直させた俺は、彼女の胸元にポンチョを抱かせ、「ごめんなさい」と呟く。そしてテーブルの肩を叩き、「あとのことは任せる」と頷く。
「任せるって、お前……」
「ま、ま……っ、て、と、……あ」
寂しそうに指を咥えてこちらを見つめているポンチョに手を振り、口を開けたまま唖然としていたペットの尻をバンと叩く。そして「テメェは一緒にこい」と小脇に抱えた。
「なっ! 何すんだテメェ!?」
「黙ってろ、テメェは糞ほど迷惑かけてんだ。……黙って案内しすりゃあいい」
無事に帰ることができたら、説教はいくらでも聞くよ。
だから今回だけは、ごめん。
立ち尽くす彼らを残し、俺はペッツを抱えてダンジョンの入口へと飛び込んだ。
「おいテメェ、バカなのか!? どこの誰だがよく知らねぇが、テメェなんかじゃ――」
喧しいペッツの口を押さえ、入ってすぐの場所に設置されていたポータル(※転送用魔道具)の前に立った俺は、くるりと振り返り、視線の先にいる彼らの姿を想像しながら、「なるようにならぁ」と呟く。
術者の魔力に反応し、魔道具が光を放った。自分を中心とした半径五メートルほどに魔法陣が浮かび上がる。「このバカ、放せ!」と騒ぐペッツを担いだまま、俺たちは化物の待つ地下へと飛び立つのだった――




