第213話 すべきことは一つ
「高ランク……?」と呟いた俺に代わって、マーロンさんが補足するように言った。
「しかしキュリオス国内には、それに該当する高ランクダンジョンはないはずです。隣国でそれに該当する場所があるとすれば、数カ所かと?」
サワーは一本指を立て、付け加えるかのように言った。
「そう。キュリオスを含む近隣諸国で、いわゆる高ランクダンジョンに該当するものは、たったの三つ。一つは公国西側のマイルネ湾を越えた先、その海底に存在する『旧深海都市ネレイド』。お次は南国ルスカの千年樹の内部に広がっている『源初の回廊』。そして三つ目が、我が公国内砂漠地帯に広がる『ガーンビア地下迷宮』だ」
そうなんですねと頷く。
さらにサワーは続けた。
「しかし北方の国でパーティー探しをしていたところを見ると、南国のルスカを目指していたと考えるのは難しい。ならば二つに絞られるが、深海都市のネレイドは侵入経路が困難で、単騎で目標とするダンジョンとしては、あまりにも条件が厳しい」
「ということは……?」
「必然的に残っている『ガーンビア地下迷宮』を目指していたと考えるのが妥当だろう。しかも迷宮内で高ランクが必須とされるのは、地下三層よりも下の階層のみ。と、考えればどうだろうか」
「地下の階層に入ることができるパーティーを探していた、ということですか?」
御名答と頷くサワー。しかしテーブルの話では、ここのところは二層より下に潜る冒険者はほとんどいないと言っていた。今回俺たちは意図せず最下層に入ってしまったわけだが、そもそも正規の手段で挑戦していた冒険者はいなかったはず。となると……
「そう。だとすると、その人物はまだこの近辺で下層に入れるパーティーを探し続けている可能性があるということ。どうだい、耳寄りな情報だろう?」
確かにこれは有力な情報かもしれない。
闇雲に探し回ったところで可能性は限定的だが、「地下迷宮に入ろうとしている高ランクパーティーを探している冒険者」に絞ることで、或いは見つけられる確率がグッと上がる。
「ありがとうございます。ダンジョン近隣にある町で聞き込みをしてみようと思います」
さらに公国内の商業ギルドとも内々でイモの流入経路を準備できそうだと約束してくれたサワーと握手し、ひとまず俺たちは村に関わる重要案件の話を終えることができた。しかしまだここで話は終わらない。
当然、この男の件が残っている。
「それで……。貴殿はキュリオス王国から遣わされた特使の……、確かネイサン殿でしたか」
わざわざ話題を振ってくれたサワーに深々と頭を下げたネイサンは、改めて自分のことをキュリオス王国からの使者であると自己紹介した。そして先だって起こった災害における尽力について、キュリオス王からの御礼の言葉と、王から賜った書状と献上品を手渡した。
「これはかたじけない。本来であれば公爵であるランヴィルから直接礼を述べるところだが、此度はこちらの意図を汲んでいただき感謝いたす」
今度は代わってサワーが礼の言葉を述べるも、それを受けるべきネイサンの表情は硬いままだ。どうやらまだ何か理由がありそうだと頷いたサワーに促され、ネイサンに代わって俺がこれまでの成り行きを掻い摘んで説明した。
ネイサンが王国の裏切りに合い、殺されかけたこと。そもそも計画を首謀した第三王妃側が謝礼を差し出すつもりがなかったこと。ネイサンの死を理由にキュリオス側(王妃)が公国に何かを仕掛けようとしていたこと。そしてキュリオス側の刺客を既に捕らえて拘束していることを告げると、サワーは俺たちから視線を外し、遠く一点を見つめながらしばし熟考しているようだった。
「公国内でキュリオスより送られた使者を殺害された事実をでっち上げ、御礼の品ごと族に奪われたことにし我らに手打ちを求めるつもりだったか、それとも公国の非を断罪し何らかの謝罪を求めてくるつもりだったのか……。どうやら第三王妃殿の策略との話だが、まだキュリオス王のご意向がどのようなものであったのかもわからぬ。……が、どちらにしろ礼に欠ける行為であることは変わらぬか。なるほど、偶然とはいえ、また我らは村長殿に救われた形となるようだ」
そこは偶然なのでお気になさらずとはしてみたが、サワーからすると難しいところだろう。
本来、現在目の前にある献上品は、キュリオス王国(王妃)が公国へ差し出すつもりのなかったものだ。公国としては、文字どおりこれを受け取り穏便に王国との連携を模索するべきなのか、それとも何らかの手を打つべきなのか。
さらにはネイサンの処遇についても一考の余地がある。王国の一部の者たちは、ネイサンを殺すつもりでいた。しかしこのまま公国が彼を返さなければ、既に公国側がネイサンの身に起こった事態を掴んでいると勘ぐられてしまう。ネイサンが、ネイサン自身の力で賊を退けたと判断されない限りは、公国がキュリオス側の謀略を知る手立てが存在しないからだ。
「しかしそうなると、貴殿をこのままキュリオスへ帰すことになる。そうなると貴殿はどうなるだろうか?」
サワーの質問に対し、ネイサンに代わって「殺されるでしょうね」と返答する。「そんな、簡単に言わないでください!」とビクビクしているネイサンは、これから自分の身に降りかかるであろう火の粉の行先を苦難し項垂れた。
「こちらとしても、戦争だけは絶対に避けねばならぬ。そうでなくても、今は災害や隣国との関係でそれどころではない。現に今も、いつ止むともしれぬ雨が続いている。それら対応だけでギルドも手一杯なのだ」
恐らくはそんな状況すら踏まえての計画なのだろうと納得したサワーは、一考させてくれと断った。しかしネイサンの立場からすれば、『公国にも見捨てられ、本国へ戻される』可能性が高まることとなり、気が気じゃないはずだ。
「わ、私めは、どうなるのでしょうか……」
「村長殿の話によれば、本来賊が貴国へ戻るまでには、まだ数日を要するだろうということだったか。ならばそうだな……、明日までには結論を出そう。もうしばし待ってはいただけぬだろうか」
このまま戦争へと発展してしまう可能性もある。
何よりこの状況を、サワーだけで判断することはできない。
主であるランヴィル公爵の意を仰ぐことなく事態を進めることなどあってはならないからだ。
「村長殿やマーロン殿も忙しい身だろう。それまで彼の身柄はこちらで預からせていただくよ。なに、心配はいらない。我らに利をもたらしてくれた恩人のことを蔑ろにはせんよ」
うるうると涙を浮かべたネイサンが、サワーの手を取り深々と頭を下げた。俺としてはネイサンがどうなろうと知ったことではない(笑)が、村が戦争に巻き込まれる事態だけは絶対に避けなければならない。何よりせっかくキノコ栽培の可能性が見えてきたというのに、戦闘などまっぴらゴメンだ。それだけは許しちゃいけない。
「サワーさん、我ら村の民も可能な限り協力はいたします。ですからどうか、よろしくお願いします」
「任されるよ」と頷いたサワーと握手を交わし、俺とマーロンさんはネイサンを残して城を後にした。ランヴィル公爵とサワーがどのような選択をするかはわからないが、公爵は〝知略深き不敗の賢君〟と称される名君だ。滅多な行動や、軽はずみな動きをするとは考えられない。
「だとしたら、俺たちがやるべきことは特にないかな。あとは公爵様とサワーさんに任せておけば大丈夫だろう」
などと、手前勝手に呟いてみる。
どうやらマーロンさんも同意見で、ひとまずサワーさんたちの結論を待ちましょうと頷きあった。
「……とくれば。これから俺たちがすべきことは一つだね」




