第212話 とある噂
ハッとしたネイサンが、「こうはしてられない!」と店を飛び出していく。
ふぅと息をついた俺は、ポンチョと二人、久しぶり水入らずの食事にありつくことができた。
「トーア、美味しいねぇ♪」
隣でモチュモチュと音をさせ肉を食べていたポンチョが、嬉しそうにほっぺたを握った。俺は残っていた肉をポンチョの皿に分けてやり、「ヤッター!」とご機嫌なモコモコさんの頭を撫でてやる。
「ま、人それぞれ色々あるやな。しっかし、キミはいつもお気楽さんですねぇ、ポンチョさん?」
不思議そうに俺を見つめたポンチョが、「ポンチョ、お気楽ー!」と返事をする。よく意味はわかってないんだろうが、ポンチョに関してはそれで良いんだと思う。
「今回の件で、少なくとも公国とキュリオス王国が揉める原因は回避できたんだろうけど……、少しばかり気にはなるか。だがそれは俺が考えることじゃない。俺はたかだか小さな村の村長だしな」
そうしてバタバタと夜は更けていき、備品探しの依頼は無事完結した。
いつもの宿を取り、いつしかぶりの休息をとった俺とポンチョは、いつもよりゆっくりと朝のひとときを過ごしていた。しかし――
「ちょっと、ハク様、ハク様!」
誰かが部屋の扉を激しく叩いている……
余っていたカリカリ肉のベーコンを摘んでいた俺とポンチョは、朝っぱらから喧しい誰かの顔を想像し、心底嫌そうに額にシワを寄せる。
「ポンチョ、うるさいのきらーい」
「だよな。おいバカ、朝っぱらからドアをバンバン叩くな」
嫌々扉の外を覗くと、足踏みしながら慌てたネイサンが立っていた。
忙しなく両手両足を動かすネイサンは、「ハク様、このネイサンめにお話がございます!」と叫ぶ。コイツ、マジでうるさいな……。
「まずはご報告がございます。昨晩のうちに、我が商会の者たちへ急ぎ国を発つよう指示を出しました! どうやら全員無事だったようで、どうにか秘密裏に国を脱出できそうだと!!」
「へいへい、そら良かったね。以上か? 以上だな。じゃお疲れ」
すぐ扉を閉めようとするも、強引に足を突っ込まれ阻まれた。
ネイサンは扉の隙間から顔を突っ込むなり、「まだ続きがございます!」と敬礼しながら言った。
「先程冒険者ギルドから連絡をいただき、改めてサワー様と会談する日取りが決定いたしました。つきましては、ハク様にご同席いただきたく!」
「へぇ……。で、いつなの?」
「本日の朝でありますので、20分後にございます!」
ガクッと倒れ込む。
んなアホな、だったらもっと早く言え!
「だとしたら報告が遅ぇわ! おいポンチョ、さっさと食って城へ向かうぞ。い・そ・げ!!」
大慌てで準備を整えた俺たちは、ネイサンに手を引かれるまま駆け足で城へと向かった。城門の前では既にマーロンさんが待ち構えており、どうやら事前にローリエさんから詳細を聞いていたらしく、すぐに「行きましょう」と手を取った。
「すみません、こんな急なことになってしまって」
「私は大丈夫。いいから急いでいきましょう」
ネイサンとの微妙な距離感に変化はないものの、急ぎ駆けつけた俺たちは、扉の前で衣服を正し、コツコツと扉を叩いた。するとこれまでとは反対に、「どうぞ」とサワーの声が聞こえてきた。
「失礼します」
扉を開くと中では複数の衛兵とサワーが打ち合わせの真っ最中で、俺たちを一瞥すると、サワー以外の全員が席を外し、部屋を出ていった。招かれるまま対面に腰掛けた俺たちは、小難しい表情を浮かべている彼に話を振った。
「本日はお忙しい中をお招きいただき、ありがとう存じます。こちらとしましては、伝言をいただけるだけでよろしかったのですが」
「そうはいかぬだろう。対外的に見れば、村長殿はいわば公国内の一自治区の長。いい加減な対応は、他の民たちにも同じ印象を与えてしまいかねんのでね」
そんなものですかと頷いてしまう。
規模は小さいものの、俺も村の長として、もっとしっかりしないとダメなのかもしれない……。
「悪いが時間が限られていてね、早速本題に入ろう。ええと、確かアナグマ族のことだったね」
するとサワーは一枚の紙を提示し、その一箇所を示してみせた。
「残念ながら、隣国の関係者にもアナグマ族に分類される者たちを見つけることはできなかった。マーロン殿の手前言いづらくはあるのだが、公国とは異なり、隣国では獣人の皆のことを民として認めておらぬところもある。そのため正直なところ、この結果が絶対とは言い切れぬ部分も残っている。重ねて申し訳ない」
「い、いえ、お調べいただいただけで、こちらとしては充分かと」
「ただ一点。確実とまではいえないものの、耳寄りな情報が」
サワーは紙の端部分をコツコツと爪で弾き、未確定と記された文字を指先でなぞった。
「実はここのところ、隣国に『名うての冒険者』がきていると噂がありましてな。その人物、どうやら獣人族らしいのですが、身分を隠し、単騎で行動をしているとかで」
「冒険者ですか? でもギルドではそのような人物について聞かされておりませんが……」
「それがどうやら、ギルドを通さずに仕事を請け負っている『闇冒険者』に属する者のようで。ギルドから正式な依頼を受けているパーティーと個人で直接契約を結び、飛び込みの仕事をしているらしく、なかなか表には姿を現さぬと」
「いや、だけど……。そんな怪しい人物を、わざわざ雇うものなんでしょうか?」
「実力の程が知れておれば或いは、といったところでしょうか。過去、罪人として手配された者などであれば、稀に聞く話かと」
罪人ですかと難しい顔になってしまう俺たち。
キノコについての話を、過去に難ある人物と接触してまで得るべき情報なのかと問われれば、激しく葛藤することを禁じ得ない。
「とすると、その獣人族の冒険者が近くにいる、ということなのでしょうか?」
するとサワーは両手を顔の前で合わせ、鼻と口を覆うようにしながら、とても小さな声で言った。
「最近その人物を隣国のキュリオスで見たという者がおりましてな。なんでも高ランクダンジョンに潜りたいらしく、帯同できるパーティーを探していたと」




