第211話 安い煽り
「なるほど。それで理由は?」
「そ、それだけは……。グアッ!?」
シルシルが男の足の甲を爪先で握り潰した。
さらに俺が顔を寄せ、ニッコリと微笑んでやる。
さぁ、続きをどうぞ。
「そ、その男を、と、特使として送り出し、運悪く魔物に襲われて死んだことにせよと。さ、さらには、ネイサンには王より賜った品を盗んで逃げた大罪人として罪を被せ、商会ごと握り潰せ、と」
「なるほどね。ついでにネイサンに持たせた公国へ献上するつもりだった品も秘密裏に回収しつつ、全てを有耶無耶にするつもりだったのか。悪どいねぇ、……本当に悪どい」
男の口から真実を明かされ、ネイサンがペタンと腰砕けになった。
「どうして王妃様が……」と絶句する彼を横目で一瞥しつつ、俺は続けた。
「ネイサンをターゲットにした理由は?」
「し、知らねぇよ、そんなこと俺が――、あ、アガァァァ!」
「嘘はよくないな。黒ぉい魔力が滲んでるよ」
「は、話す、話すから待ってくれ! そ、そいつが、王国内で好き勝手な商売をしていやがったからだ!」
「好き勝手に商売、ねぇ……。それはどんな?」
「ど、奴隷の女を店に立たせたり、獣人やドワーフなんぞにも仕事を依頼していやがった。王国の民が、糞以下の存在にだぞ!?」
「……ふむ。それのどこが問題なんだ?」
「うす汚ぇ奴隷や獣人どもを王国内に連れ込んだばかりか、奴らを利用し金を稼いでいやがった。そんなもの、あの御方が許すはずないだろうが!」
男の言葉に、ネイサンは随分とショックを受けているようだ。
「そんなことを、王妃様がそんな……」と嘆いているところを見るに、どうやら彼は王妃に欺かれていたようだ。まったく、面倒なことに巻き込まれたものだ。
「ネイサンよぉッ、王妃様が本気でテメェのことを推してたと思ってんのか。めでてぇ野郎だな!?」
「そ、そんな馬鹿なことがあるものか! 王妃様は、私のことを買ってくださっていた。王妃様が私を裏切ることなどあるものか!?」
すると男は「ククッ」と嫌味に笑い、吐き捨てるように言った。
「だからテメェは馬鹿だっつーんだ。あの御方は言ってたぜ、『テメェはお払い箱。全てを被せて死んでもらいましょう』ってな!」
顔面蒼白で膝をついたネイサン。
間が抜けた奴だとは思っていたが、どうやら馬鹿がつく正直者らしい。
第三王妃にいいように使われ、捨てられたということなんだろう。
「テメェの馬鹿さ加減には心底笑えてくるぜ。最後の最後まで、魔物だ、獣人だに頼りやがって。いつか手痛いしっぺ返しをくらうだろうぜ、ハハハハ!」
俯いたまま黙ってしまったネイサンに罵声を浴びせる男。
確かにコイツは馬鹿で愚かな男かもしれない。
だけど ――
俺は男のあごを掴み、自分の方を向かせる。
男はハハハと笑みを浮かべながら、さらに叫んだ。
「キサマもだ。頭に薄汚ぇイヌコロなんぞ乗せやがって! 間抜け野郎にはお似合いの相棒だな、クソがッ!」
ゴリゴリと石が擦れるような音が周囲に響く。
「あの、お前さ――」
男の耳元に顔を寄せる。
「いつまで勝手に喋ってんだ。……本当に殺すぞ」
薄ら笑いが止まり、男のあごが砕け、血が吹き出す。
断末魔のような悲鳴が響く中、俺は三回大きく深呼吸し、「こんな煽りで心を乱してどうするよ」と頭上のモコモコの腹を撫でる。くぅくぅと寝息をたててはいるが、どうかこのまま起きないでくれと願いながら……。
「……ふぅ、それじゃネイサン、手伝ってくれるか?」
――――――――
――――――
――――
――
―
俺たちは縛り付けた賊をシルシルの背に乗せ、全ての荷物を回収し、マイルネの町へと戻った。掴まえた賊は、先の事情を知っているギルドのローリエさんとテーブル、そして公国の関係者に託し、ひとまずネイサンの件を片付けることができた。
だがそれでもまぁ、後味は悪いもので――
「村長さん。掴まえた人たちと、ネイサン様のことについては、後ほどサワー様を含めてお話することになるかと思いますが……?」
「まぁそうだろうね。俺もサワーさんには別件をお願いしてたし、コイツと一緒に話を聞かせてもらうよ。色々ありがとうね、ローリエさん」
「い~え、村長さんには感謝してるんですから。それにしても……、随分静かになっちゃいましたね」
しおらしくも話さなくなってしまったネイサンを見つめながら呟く。「それぞれ思うところはありますよ」と適当に相槌打った俺は、ネイサンの首に腕を回し、「飯でも食いにいくべ!」と笑いかける。飯という単語に反応して目を覚ましたポンチョが、「ポンチョもメシ食べるー♪」と手を挙げた。
馴染みの飯屋へと移動した俺たちは、塞ぎ込んで俯いているネイサンを向かいに座らせ、適当に食事を注文した。すぐに運ばれてきた料理に鼻を鳴らし、「ポンチョ、もう食べるー♪」とウキウキなモコモコさんと手を合わせた俺は、「いただきます」と声を合わせて言った。
「ほれ、ネイサン。お前も食え。美味いぞ」
「メシ、美味しー!」
口の回りにタレをいっぱいつけたポンチョを一瞥し、ネイサンが恨み言のように呟いた。
「……こんなときに、よく食事などできますね。私はね、王妃様に裏切られ、殺されかけたのですよ!」
「知らんし、俺には関係ない。だから食うし、気にしない。う~ん女将さん、今日も美味いっスね!」
「ありがとうね」と返してくれた店主に手を振った俺は、ネイサンの皿を取り上げ、取り分けていた鶏の脚にかぶりつく。
「お前が国でどんな立場だったか知らないが、気にするだけ無駄だぞ。なるようにしかならん」
「簡単に言わないでください! こうなった以上、私の情報は遅かれ早かれ本国へ流れてしまうでしょう。それはもう、王妃様のお耳に入ってしまうことと同義。嗚呼……、私はどうすれば!?」
暗殺を目論んだ輩は全員捕まえたものの、奴らが戻らないことで、コイツが生きていることを知られるのも時間の問題だろう。さらには本来公国側へ渡る予定のなかった友好の品が流れたことで、王妃からのネイサンに対する風当たりはますます強くなるに違いない。
「ま、頑張れ。生きてりゃどうにかなる」
「そんな無責任な!? 私はこれからどうすれば……」
「ともあれ本国に残してる商会関係者にだけは、さっさと逃げるよう連絡をしておくんだな。でないと全員殺されるかもよ?」




