第201話 ネイサン・マリオネット
悲鳴にも似た叫び声が平原の草原を駆け抜けていく。
明かりの先頭を走っているのは小型の馬だろうか。誰かを背に全速力で駆けてくるその後ろからは、何やら様々な形の影が右往左往。
「ねぇトア、あれって魔物よね……」
「あぁ、うん。どうしよう?」
「どうって、あのまま逃げたら、その先にあるのは町だよ……。そっちの方が大問題じゃない?」
「ですね。それじゃあいきますか」
不本意だが仕方がない。
俺とマーロンさんはそれぞれ片手に短刀を握り、こちらへ向かってくる大名行列の進行方向に並び立った。
『あああああああ! た、助け、助けてッ!』
「お前は黙ってこのまま突っ切れ。振り向くな!」
『えっ、ええっ!?』
向かってくる馬と誰かだけを素通りさせ、その背後に迫った無数の影を見据える。影の正体は言うまでもなく多数の魔物で、どうやら馬の主人が道中集められるだけの魔物を引き連れて逃げ回ってきたのだろう。ゴブリンやホーンビートル、ウェアウルフにウォージャッカルなどなど、嫌がらせのような量の魔物が、たった一人の獲物を狙って目の色を変えている。
「まったく……。このまま町に突っ込んだら、それはもう反逆者だよ」
ため息混じりに呟いたマーロンさんが、手にしたナイフを踊るように操る。すると先頭で牙を剥いたゴブリンの首がスパンッと飛んだ。「ヒュー」と煽って口笛を吹くと、「馬鹿にしてる?」と細い目で睨みつけられてしまった。ご、ごめんなさい……。
二人揃って、突っ込んでくる魔物を手分けして正面から叩き伏せる。相手のサイズに関わらず、迫ってくる魔物を阻むためだけに剣を振るい、ここから進めば命がないことを明示的に示してやる。
「グギャ、グギギギ」
先陣を切った一団を払いのけると、後方に陣取っていた高ランクの魔物たちが自然と足を止めた。しかしどうやら餌を逃すという選択肢を持ち合わせていないのか、遠距離から攻撃を仕掛けてきた。
「マーロンさん、近くの魔物は任せていいかな?」
「わかった、ハクは遠距離の魔物をお願い!」
俺はオークの肩を足場にして跳び上がると、離れた位置から炎を繰り出そうとしていた魔物たちにロックオンし、氷の刃で貫いていく。本来ならば穏便に済ませたいものだが、統制の取れない魔物を威圧や言葉で抑えるのは無理に等しい。第一陣を止めてもなお引かないのであれば、もはやそれは……
「やられても後悔しないってことだよな?」
戦闘の意志がある者から選別して撃ち抜いてやれば、おこぼれを狙うだけの烏合の衆は一目散に散って逃げていく。そいつらには目もくれず、向かってくる魔物だけを正面から捻じ伏せた。
「ふぅ、こんなもんかな」
額に手を当て、逃げていった一部の魔物を見送りながら呟く。すると同じように近場の魔物を狩り終えたマーロンさんが、最後に残っていたゴブリンを一閃し、駆け寄ってきた。
「マーロンさん、大丈夫? 怪我はない?」
「私は全然。ハクは……って、聞くまでもないか」
ハハハと笑いあったところで、背後から「はわわわ」という悲鳴混じりの震えた声が聞こえてくる。本来の目的を完全に忘れてたと振り返った俺たちは、激しく息を切らして、尻もちをついて倒れていた男に手を差し伸べた。
「大丈夫か?」
「は、ははは、た、助かったのか、私は」
「多分そうなんじゃない?」と、すっかり平穏を取り戻した平原を仰ぎながら答えてやる。腰が抜けて立ち上がれない様子の男は、それでも俺の手をすがるように握ると、「ありがとう、ありがとうございます!」と大声で礼を言った。
「ひとまず落ち着け。こんな時間だし、周囲にはまだまだ魔物もいるだろうからね」
主人を振り落とし、傍らでこちらを見守っていた馬を掴まえた俺は、どぉどぉとあやしながら「休憩しましょうか」と提案した。頷いたマーロンさんは、星空の下、平らな土の地面に薪を並べて火をつけた。
「結界の準備はこっちでしとくね。ほらポンチョ、キミも手伝いなさい」
「はーい」と返事したモコモコさんが俺の頭上からポーンと飛び降りるのを見届け、俺は立てなくなっていた男に手を貸し、大きめの岩に座らせてやる。しばらくすると彼は少しばかり落ち着いたのか、ふぅふぅ深呼吸をしながら目を瞑った。
「もう15秒だけください、その間に落ち着きますので」
「15秒と言わず、しばらく休んでな。どのみち、ここで少し休憩するつもりだからな」
彼は大袈裟なほど両手を開いてさらに四度深呼吸してから、また勝手に俺の手を握って「ありがとうございました!」と礼を言った。顔を寄せて迫る様はどこか圧があり、俺は思わず身を引いてしまった。
「わ、私、ネイサン・マリオネットと申します。北はキュリオス王国の商人で、コーレルブリッツ公国へ向かう途中、魔物の群れと遭遇してしまい、にっちもさっちもいかず逃げ回っておりました!」




