第202話 軽い男
突飛なハンチングのような緑のキャップを被った男は、自身をキュリオス王国の商業ギルドに属する商人と語り、痛む腰を強引に伸ばしながら深々と会釈をした。
中肉中背の見た目で、齢の頃は20くらいだろうか。身なりはそれなりに整っているものの、あちこち走り回ったからなのか、服のいたるところがほつれて破れている。
さらには燃やされてしまったのか、左半分だけのヒゲがなく、珍妙な出で立ちだ。何が起こったらこんなことになるんだと無言の疑問を浮かべていると、ネイサンが勝手に語り始めた。
「私、護衛の冒険者とともに公国に商品の運搬をしておりましたところ、突然魔物に襲われてご覧の始末で。危ないところをお助けいただき本当にありがとうございました。ああ、これですか。これは魔物の吐いた火で見事に半分だけ燃えてしまいまして。お恥ずかしい!」
「は、はぁ……。何にしろ無事で良かったですね……」
「それもこれも貴方様のおかげでございます! ところでお二人様は冒険者様でいらっしゃいますか? お名前はなんと? え? はい!?」
喋るたび一歩踏み込んでくるネイサンを押し返しながら自己紹介した俺は、「普通の冒険者です」と適当に返事をする。この人、いちいち圧が凄いな……。
「しかしこのネイサン、本当にツイていると言わずにおれません。もはやこれまでかと、馬ひとり身ひとりで山脈と平原を逃げ回っておりましたら、まさかハク様のような方に助けていただけるとはッ!? これも神の思し召しです!!」
俺の両肩を掴もうとするネイサンを遠ざけつつ、「それはそれは」と誤魔化し、「ところで」と前置きして気になった点を質問してみる。
「その運搬してたという商品はどこに?」
するとネイサンはピタリと言葉を止め、自分の身体をペタペタ確認し、さらには周囲をひとしきり見回してから、「あーーー!!!」と叫んだ。俺たちがビクッと身をすくめるのも無視して膝をついた彼は、今度はシクシク泣きながら神に懺悔している。なんなんだ、この男は……。
「ま、まぁ命が助かっただけで儲けものとしてはいかがでしょうか……?」
適当な言葉をかけた俺の手を握ったネイサンは、「どうじまじょー(どうしましょう)!」と子供のように号泣している。小さなことを気にしないポンチョでもドン引きしているのだから、その姿の無様さは説明不要だろう。
「も、もしかすると、護衛の冒険者でしたっけ。その人たちが荷物を持っているかもしれませんよ」
すると彼はドヨンと死んだような顔になり、今度は土下座するような格好でワンワン泣き始めた。いい大人がいい加減にしてくれよ……。
「アイツらー! 敵の数が多いとわかった途端、主人である僕のことを置いて逃げやがったんだー! くそぅ、駆逐してやる、次会ったら駆逐してやるぅぅ(ギリギリ)」
かと思えば、今度はハンカチを噛むように酷い顔で恨み節を嘆き始めた。なんだか知らないが、コイツとはあまり関わらない方が良さそうだ。
それ以上深く聞かないことを決め、休憩の準備を終えたマーロンさんに声をかけた。しかし彼女はネイサンと関わりたくないのか、素っ気ない態度でポンチョを小脇に抱えていた。
「……マーロンさん?」
「うん、なんでもないよ。ほら、火を炊いたから早いところご飯にしよ。ポンチョもお腹すいてるみたいだし」
グゥゥゥゥとモコモコさんの腹が鳴る。
これ以上待たせると、またグズり始めるなと頷いた俺は、ポンチョのリュックから作り置きしてあった鍋を取り出して火にかけた。
「色々あるだろうがアンタもそこに座れよ。飯、食うだろ?」
一転して「ハイッ!」と返事したネイサンは、すぐにポンチョたちの隣に腰掛け、「なにかな、なにかな~」と鍋の中身に期待しているご様子。変わり身の速さも異常だな……。
「ム~、ポンチョが一番だから!」
「うん、なんだいキミは? ハクさんのペットかな~? もこもこしてて可愛らしいね~」
「ポンチョはポンチョ!」
「ポンチョか~、そうかそうか~。で、ご飯はなんなのかな~?♪」
スンと話題を変えられ、あのポンチョさんが困惑しているぞ……。この男の適当に輪をかけたような軽さは、俺たちの想像を軽く超えているのかもしれない。
俺は寝かせてあったダンジョン肉のごちゃ混ぜシチューを皿によそって差し出した。ポンチョとネイサンは、まるで盛った犬のように食事にがっついていたが、やはりどこかマーロンさんの様子がおかしい。
俺はネイサンの視線を遮るように間に腰掛け、「どうかした?」と聞いてみる。すると彼女はほんの一瞬ネイサンを一瞥したのち、「ううん、なんでもないったら」と微笑み、シチューをすすった。
なんでもないという彼女にそれ以上聞くのも気が引け、俺は仕方なく追求を諦め、自分も久方ぶりの食事にありついた。作り置きしてあった『なんちゃってデミグラスソース』をベースにした一品だ。自分で言うのもなんだが、やはり美味い!
「ウマー! この肉ウマー! ちょっとハクさん!? この黒いドロドロしたの、メチャクチャ美味いんですけどー!!? なんですかこれー、ウマー!」
ポンチョと一緒になって美味い美味い騒ぎ散らかしているネイサン。うちのモコモコも「ウマ~♪」と彼の真似をしながら上機嫌だ。どうやら悪い奴ではなさそうだが、さっきまで死にそうな顔してた癖に、ある意味凄いな。
「まだ沢山あるんで沢山食ってくれな」
「おかわり! さっきの倍!」
「ムー、ポンチョもバイー!」
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