第101話 大事件のはじまり
鬱である……
これは少々シャレにならないレベルの鬱だ……
どんな珍プレーが起これば、世間から姿を隠したい誰かさんが、自分の名前の付いた村を作るというのだ!?
俺が目立ちたくないことをご存知のマーロンさんですら「別にいいんじゃない」と笑っているけど、本当に、心の底から良くないことだと誰もわかってない!
俺の本性が知れたが最後、村人共々全員アウトになることを知らないから、そんな無責任なことが言えちゃうんですよ!
しかし真実を打ち明けるわけにもいかず、俺はずっと一人で頭を抱えるしかない。
この状況は本格的に鬱でしかない!!
「うぃ~っす、邪魔するよぉ村長。……なんだよ、まだクヨクヨしてんのかい。男らしくないねぇ、ククク」
勝手に自宅に入ってきたリッケさんが無責任に笑っている。同じく一緒に現れたマーロンさんも、他人事だと思って誤魔化しながら顔を隠して笑っている。このヒトデナシ!
「当たり前でしょ。あれだけ俺がやめてくれって頼んだのに、結局『ハク村』なんて恥ずかしい名前を正式決定しちゃったんですから!」
「別に恥ずかしくありませんよ。ここはハクあっての村だし、私たち猫族はみんな、ハクのことを尊敬してるよ?」
言葉とは裏腹に、ニヤニヤしているマーロンさん。
なんか腹立つんですけど……!?
「で、なんの用ですか!? ノックもせず勝手に入ってきて!」
「そうピリピリしなさんな村長さん。前にも話した件で相談があってさ」
というと、リッケさんは書類の束とともにペンを俺に差し出した。
俺は無性に嫌な予感がして、それを受け取るのを断固拒否した。
「子供みたいなこと言いなさんなよ。さっさとココにサインせぇ、村長さんッ!」
二人して俺の背筋を伸ばしながら、強引にペンを持たせ、目の前に紙を並べる。そこには商会設立に関する文言がツラツラと書き連ねられており、どうやら責任者の名前を記入するだけの状態となっているらしい。
「嫌だ~、俺は代表者にはならない~!」
「子供みたいに駄々をこねるでないぞ村長。村の責任者でありながら、その村長が代表にならずして誰がなると言うのだ!?」
「そこはリッケさんのが適役でしょ!? 何より俺みたいな世間知らずよか、もっと条件を満たす人がいるはずです!」
「アタシは秘書件難癖係、猫族の族長さんは村内の統括係、アリクイ族の族長さんは農業統括係、ボアボアは農耕開発、シルシルは運搬・配達の全般と、みんな既に役職が決まっているため大忙しなのです。暇なのは村長だけですから、よろしくどうぞー!」
事務仕事はこちらでやりますからというゴリ押しで無理矢理サインをさせられてしまった俺は、こうしてハク村初の商会、『ハク商会』の代表となってしまった。そうして近日中にマイルネの中央商会と打ち合わせを実施するという第一秘書(※リッケさん)と第二秘書(※マーロンさん)の命令を承諾し、ようやく俺は苦行の連続から解放されたのであった。
「なぜだ……、どうしてこうなる……。俺は静かに暮らしたいだけなのに……」
「そんな大袈裟な。トアはもともと人の世話を焼きたがりなくせに」
忙しい忙しいと慌ただしいリッケさんが出ていくなりフランクな口調に戻ったマーロンさんは、テーブルの上で寝ていたポンチョの頭を撫でながら言った。
「前にも言ったよね、俺はあまり目立ちたくないって。なのにさ……」
「でもハクって本当の名前じゃないんでしょ? だったらきっと大丈夫だよ。それに格好いいじゃん、商会の代表なんて!」
「そういう問題じゃありません! そういういい加減な態度が、余計な諍いを生むきっかけになるのですよ、……ブツブツ」
俺の愚痴が伝わったのか、むにゃむにゃと目を覚ましたポンチョが「もうごはん~?」と呟いた。「おはよー」と挨拶したマーロンさんに甘えて抱きついたポンチョは、ぷりぷりお尻を振りながら上機嫌である。この無責任モコモコさんめ!
「そうは言っても、やっぱり村初めての商会の代表者はトアであるべきだと私も思うよ。私も手伝うからさ、ちゃんと考えてもらえないかな?」
ポンチョを抱えたマーロンさんが真面目な顔をして言う。
くぅぅ、そんな顔して言われたら、俺だって断りにくいじゃないか。
ズルいなぁ……。
「仕方ないから今回だけは引き受けるけど、本当にあまり無茶はしたくないんだ。俺だけでなく、みんなに迷惑をかけてしまうかもしれないから……」
「え、それはどういう――」
とマーロンさんが言いかけた直後、ドカンと勢いよく自宅の扉が開いた。
何事だと眉をひそめる俺とマーロンさんに、部屋へと飛び込むなりハァハァ肩で息をしている人物が叫んだ。
「そ、村長、大事件なのだ!!」
本日9/6から、4章完結まで50話毎日更新の予定です。
今日は夕方にも更新しますので、是非また読みにきてね!