第六章 砲撃
源蔵は、再びスコープを覗いた。
陳の姿はなかった。
あの男は、どこかでこちらを見ているのだろうか。
源蔵は銃を下ろした。
今は撃てない。
だから、撃てる者に頼る。
それが指揮官の仕事だった。
*
砲撃の準備が整ったという連絡が届いたのは、しばらくしてからだった。
前方観測の担当者が無線機を設置し、地図を広げた。
「敵の位置は確定していません。あの一帯に潜伏している可能性が高い、ということですね」
「そうだ」
「味方との距離は」
源蔵は地図を指で押さえた。
「ここだ。敵は、この崩れた建物の周辺にいると思う」
観測担当者は地図を見つめ、無線機に向かって座標を伝えた。
源蔵は、その横顔を見ていた。
これから始まるのは、自分が得意としてきた戦いではない。
照準を合わせ、一発で仕留める。
そういう仕事ではなかった。
目標を定め、砲弾を送り、着弾を確認し、必要なら修正する。
それでも、敵がどこにいるのかを確かめられなければ、砲撃の効果はわからない。
やがて、遠くから低い発射音が聞こえた。
続いて、空気を裂く音。
源蔵は思わず顔を上げた。
次の瞬間、敵の潜伏していると思われる建物の向こうで、土煙が噴き上がった。
遅れて、爆発音が届いた。
地面が震えた。
兵たちは伏せたまま、砲弾の落ちた方向を見つめていた。
「着弾を確認!」
観測担当者が無線機に向かって報告した。
再び、砲声が響いた。
一発。
そして、もう一発。
砲弾が建物の周囲に落ち、瓦礫を跳ね上げた。崩れかけた壁が音を立てて倒れ、土煙が街路を覆っていく。
源蔵は、陳がいた場所を見つめていた。
姿は見えない。
砲弾が落ちるたびに、あの男が潜んでいるかもしれない場所が壊れていく。
だが、それだけだった。
敵の姿は現れない。
「誤差修正します」
観測担当者が告げた。
無線機から返事が聞こえる。
また砲声。
今度は、先ほどよりも建物に近い場所で爆発が起きた。
屋根の一部が崩れ、瓦礫が道路に降り注いだ。
源蔵は目を細めた。
狙撃銃のスコープなら、敵の顔を見つけることができる。
しかし、砲撃の煙の向こうにあるものは、何も見えなかった。
ただ、砲弾が落ちる。
建物が壊れる。
煙が広がる。
それが繰り返される。
やがて、観測担当者が手を上げた。
「砲撃を止めます」
最後の爆発音が、遠くの建物に反響して消えていった。
そのあとに残ったのは、奇妙な静けさだった。
源蔵は、しばらく動かなかった。
「敵は……」
兵の一人が口を開いた。
「やったんでしょうか」
源蔵は答えなかった。
倒したという証拠はない。
だが、あの場所に留まることもできない。
「周囲を警戒しろ。負傷者と戦死者を確認する。勝手に動くな」
源蔵は三八式改狙撃銃を背負い直した。
狙撃手としては、陳に勝てなかった。
砲撃によって敵を排除できたのかどうかも、まだわからない。
それでも、これ以上、仲間を失うわけにはいかなかった。
源蔵は崩れた建物を振り返った。
瓦礫の間を、風が吹き抜けていた。
あの男が死んだのか、生きているのか。
その答えは、煙の向こうに隠されたままだった。




